円還の歌





















  噴水の端に腰掛け、辺りを見回した。
 時は夕暮れ。広場には帰途を急ぐサラリーマンや買い物帰りの女性、鞄を抱えた子供の姿が時折見える。
 それをぼやりと眺めながら何度も目を瞬いた。
 まるで街全体がオレンジ一色に塗り込められたように目に眩い。
 かざした自分の手の甲さえも虹彩を貫いた。
 見上げて先の水の束も、倣えて夕日に輝く。
 吹き付けた風が舞い落ちる水飛沫を巻き上げ、頬から首筋を濡らしたがそれも気にならない。
 水浴びには少し早いが、久しぶりに触れた涼やかな感触が肌に心地よかった。

「あんたがこんなところに居るなんて、珍しいこともある」

「お前ほどじゃぁないさ」

 隣から掛けられたからかいを含んだ声は、穏やかな夕暮れの様に柔らかく、光の様に貫いた。
 風のようなささやかな吐息の連なりが、暖かく胸を満たす。

「お互い、柄じゃないな」

「全くだ」

 思わず笑ってしまう。
 柄じゃない。
 本当ならこんな風にからかわれているのが分かっていながら、笑ってしまうのも。
 自分でも分かっているから、もちろん相手にもそれは素直に伝わった。
 こちらを見る目は、不思議そうに眇められ、けれど寸分違わぬ鳶色の綺麗な目をしていた。
 気軽い仕種で隣に腰掛け、習って水を浴びながら、それでもそれを避けようとは思わない。
 いつもは良く動く口元は和んで、それでも閉じられたままだった。

「随分経った」

「ああ」

 街の様子は相変わらず目まぐるしい。
 時代の変成にしたがって、絶え間ない進化と還元を繰り返しながら。
 いつしか谷川を転がり流れる研磨された一つの岩の様に、その輪郭を研ぎ澄ませながら。

 いつかこの街も、穏やかな丸みを帯びた姿に変わることが出来るのだろうか?

 隣を振り返ると、斜めからの逆光が目を焼いた。それを払うように忙しなく瞬いては目を凝らす。
 しかしどうにか確認できるのは、顔の輪郭や覚えのある肩から腕のラインばかりで、上手く表情までは分からなかっ
た。

「お前は変わらないな」

 言ってからどうしてそんなことを言ってしまったのかと思った。
 変わったと、変わらないと、何を根拠にそう言うのか。
 けれでもそれに返ったのは穏やかな微笑の気配と、少しだけ傾げられた首の仕種だけだった。

「・・・変わらずに、待っているよ。何時までも。・・・気長にな」

 暫くして、そう言った。
 穏やかな声に変わりはない。
 何かに突付かれる様にたくさんの言葉を話すのに、その声はいつも穏やかだった。

「ああ・・・待ていろよ」

 何時までも。
 俺が、お前の所まで届くまで。
 俺が、お前の所まで還るまで。

 














 終













お盆企画。(ええ?!)
金魚屋さんとパイプ屋さんの話。・・・のはず。
元トラックの運ちゃん&江戸弁使いさんと迷いましたが。
今ちょっと、藤木さんブーム到来中。