仕事場はタブー

















「これはどうかな?」
「うーん」
「これは?」
「そうですね・・・」
 そのジュエリー売り場の女性店員達が落ち着かないのには、訳があった。
 その原因たる二人連れは、そんな周りの様子など一向に気にすることもなく、至極真剣な面持ちでじっとショーケース
の中を覗き込んでいた。
 平日の開店間もない百貨店の午前中といえば、まだ目覚めきらない店員の寝ぼけ眼や、全くの冷やかしで訪れた客
以外、これといった見ものもなく、その中でも専門店街となれば余計に客足は疎らだ。
 その中でその二人連れは一種異様な雰囲気を醸し出していた。
 一人はがっしりとした体をダークブルーのスーツで包み、真夏の暑さなど露とも感じさせぬ風情だ。きっちりと収めら
れたネクタイはゆるまることなど知らぬように見える。
 そしてもう一人は背丈は同じ位に見えるが、連れに比べて随分と細身の体を真っ白なシャツと黒のスラックスで包ん
だ若い青年だった。
 もちろん、普段であれば不釣合いな二人だが、奇異というわけでもない。
 しかし女子店員達が色めき立つ理由。それはもちろん、二人の容姿と醸し出す雰囲気、そして二人の会話にあった。












「これは?肌の色に映えるんじゃないか?」
 そう言って秋山はプラチナのチョーカーを下村の首元に掲げて見せる。下村は自分の手でそれを押さえつつ鏡を覗き
込み、少し考えるように首を傾けてから、秋山を振り返った。
「そうですね・・・金よりも銀とか、プラチナのほうが合うかも」
 でもこのデザインはイメージじゃないですね。そう言ってショーケースから出してもらったチョーカーを店員に戻した。そ
れを受け取った店員の手が、密かに震えていることには気付くはずもなかった。
「そうか・・・じゃあ、これは?」
「ああ、それはよさそうですね」
 今度は細いプラチナの鎖にトップに小さなダイアが入ったネックレスを指差した秋山に、下村が頷く。店員は言われも
しないのに嬉々としてそれを取り出した。
「ありがとう」
 にっこりと微笑む下村に、店員が愛想笑とは思えない華やかな笑顔を返す。しかしもちろんその真意に気づく二人で
はなかった。






「悪かったな、今日は付き合わせて。折角の休みなのに」
「いえ、どうせすることもないですから。それに買い物、嫌いじゃないんで」
「そうか?でも助かったよ。やっぱり驚かせてこそのプレゼントだからな」
「そうですね。それにしてもやっぱりアクセサリーは選ぶの難しいですね」
「肌の色で随分印象が変わるからな。その為に今回は無理を言って悪かった」
「はは。お役に立てて光栄です。日焼けしないのも考え物だと思ってましたけど、こんなところで役に立って」
「日焼けし難いのは元々?」
「ええ。子供の頃から赤くはなるんですけど、そのまま元の色に戻っちゃうんですよ」
「なるほど。安見は日には焼けるが、それほど黒くはならないらしい」
「女の子の肌ほど透明感がなくて申し訳ないですが」
「いやいや、丁度同じ位の肌の白さで俺は助かったがね。お礼に食事でも奢ろう」
 そう言って笑った秋山の顔が、小さな頃に見たまだ逞しかった頃の父親の顔と重なり、下村はなんだかむずがゆいよ
うな、嬉しいような、ちょっと切ないようなそわそわとした気分を味わいながら、また一つ大きくなるレディの幸せを祈っ
た。













「ちょっと、見た?!今日の二人連れ!」
「見た見た!すごくカッコよかったわよねー」
「私は若い子のほうがすっごい好み〜」
「えー?私はスーツのおじ様がよかったなあ」
「あの人、海沿いのホテルのオーナーでしょ?」
「知ってる知ってる!・・・でも、確か奥さんと子供が居るんじゃなかった?」
「だよねー。それなのにこんなところで買い物なんて!大胆ー!」
「それにしても、本当に居るのねー。男同士のカップルって」
「それも揃って顔がいいなんて!勿体無い〜。でもちょっとある意味羨ましいわよね」
「ええ?なんで?」
「だって!周りの目も気にせず、プレゼントを一緒に選んでくれるって、ちょっとスゴクない?」
「まあ、確かに。唯の不倫カップルでも、そこまでしないわよね・・・」
「で、しょー?」










 平日の開店間もない百貨店の午前中といえば、まだ目覚めきらない店員の寝ぼけ眼や、全くの冷やかしで訪れた客
以外、これといった見ものもなく、その中でも専門店街となれば余計に客足は疎らだ。
 その中にあって余す所なく好奇心を満足させつつ、ついでに数日間の噂話のネタまで提供をしていたことなど、二人
は知る由もなかった。






























4444ヒッター ボブ様。

リクエスト「秋山さんと下村さん」でした。