そっと、教えて










「よお」
「・・・こんばんは」
 待ちかねた顔でそんなことを言うから、それ以上何も言えなくなってしまう。どうしたって甘くなるのはお互い様だが、
それで腹が立たないと言うわけもない。
「風邪、引きますよ」
「そうかな」
 桜内はドアに寄りかかり、通路にのびのびと足を投げ出して今にも眠り込みそうな勢いで返事を返す。
 下村は溜息一つで折り合いを付け、とにかくこれを退かさないことには話にならない。
 座り込んだままの桜内の腕を取り、立ち上がるように促した。
「立つのか?」
「あなたがね」
 どうやら相当に酔っている様子の桜内に、下村はもう一度溜息で返して両腕でもって体重を支えようとするのだが、ど
うしたって立意思のない物を動かすのは容易ではない。
 まあ意思云々以前に、足が本人の言うことをきかない可能性も大きかったが。
「立てませんか?」
「・・・他のところなら、たつんだが」
「たまには野宿もステキですね」
「・・・ごめんなさい」
 観念して項垂れたところで、足が動くわけもない。仕方なく下村は腕力に任せて桜内を横抱きに抱き上げ、ドアに鍵を
差した。
「すまんね」
「本当に」
「きついなぁ」
「それなりに」
 幾分乱暴な仕種で玄関に桜内を投げ出し、下村は靴を脱ぎ捨てさっさと奥へ入った。
 後ろからは桜内のうなり声が追いかけてきたが、最早それはどうでもよかった。
 とにかく室内に入れておけば、凍死する様な時期ではない。
 仕事後のけだるさも手伝って、大分いい加減な気分になっているのは否めなかった。
「疲れ気味か?」
 いつの間にかリビングの入り口まで這い入って来ていた桜内が、ぎりぎり人間の言語で呟いた。それをチラリと眺め
ながら、下村は首からネクタイを乱雑に引き抜いた。
「セックス過多で」
「そりゃぁ、俺だろ」
「そうでしたっけ?」
 しれっと言う下村に苦笑して、どうにも今夜は辛らつなプレイかと言う顔つきだった。
「・・・膝枕でもしてやろうか?」
「ついでに頭も撫でて下さいよ」
「それはまた、別料金で?」
「ご随意に」
 桜内はよいしょ、と立ち上がりどうやら本当に膝枕をするつもりなのか、ソファに腰掛けるとぽんっと膝を叩いて見せ
た。
「ほら、おいで」
「・・・」
 どうやら本気で言っている桜内の目は笑っていない。
 相変わらず鼻がいい。下村は本日何度目かの溜息を付きながら、それでも結局は逆らえずに苦笑した。






end