ついたため息の大きさに動揺して、どうしてこんなにも自分一人が揺さぶられているのかと、なんだか不当な扱いを受 けているような気がしてならなかった。しかしだからと言って目の前の人物のせいであるかというとそう言う訳もなく、どう 取り違えたところで自分が今発した言葉のほうが数倍の威力で持って、目の前で少し困ったように目を伏せた男を不 当に扱ったのは明白だった。 その日はいつものように二人で薄暗い屋台で食事を済ませ、珍しく幾分酔った様子のこの男を家まで送り届けた。そ こまでは本当によくある日常で、自分としてもまた、いつものように玄関先に男を放り込んで一仕事を終えるはずだっ た。しかしどんなに酔った様子でも存外しっかりと鍵をかけるはずの男はグッタリと上がり框に腰掛けたままノブに手を かける様子もなく、それに少し苛立ちながら早く戸締りをしろといっても一向に反応する様子もない。その時、自分もや はり酔ってはいたのだと思う。いつもなら見過ごして、許してしまえるそんな自堕落な様子も、そのときばかりは鼻につ いてどうにも許せなかった。 その時、本当に自分達は大層酔っていた。 どうにか正気に返らせようとして掴んだ腕は力なく、立たせようとした足にも何の意思も込められてはいなかった。そ れをどうにか引きずって、今まで一度も入ったことのなかった男の部屋へと足を踏み入れた。初めて見た男の部屋は 思いの外整頓されており、ちらりと覗いたキッチンも、乱れた様子もなかった。もしかしたら誰かがそうしているのかと思 わなくもなかったが、自分が知る限り女の影はなく、多分本人の性格なのだろうと一人で勝手に納得していた。そうして 無理やり体を抱え込んで連れ込んだ寝室に男を放り投げ、上から薄い上掛けだけを申し訳程度にかけてやりながら、 それでも大サービスだと呟いた。 結局そのままつぶれてしまった男を放って、その日は帰途についた。 鍵は勝手に持ち出し、施錠してからポストに放り込んだ。 それだけだった。 それだけのはずだった。 「冗談じゃねぇよ、お前」 言及する呼吸は苦しくて、今にも心臓が胸から零れ落ちそうに感じて、あわてて胸元を手で握り締めた。 目の前の男はやはり目を伏せたまま、こちらを見ようともしない。それを確認して、それでも口を止められない自分に 呆れながら、息をついた。 「ずっと気づくわけねぇと思ってたんだろう、お前。俺が鈍感だから、放っておいてもいいって、そうやっておまえ」 自分でもずいぶんとまとまりのない話し方だという自覚は十分にあったけれど、ついて出る言葉はどうにも止められな かった。 「フザケンナ、お前。いったい俺を何だと思ってんだよ」 犬か?俺はそこらにいる猫かよ。 言い募っても、会話は成立せずにそのまま途切れてしまった。返答のない会話は、会話とは言えない。 それでも息をついては言葉を綴った。 自分でもどうしようもない馬鹿だという自覚はあった。はっきり言って、救いようもない。 もしもあの時、勢いだけであの部屋に上がったりしなければ、多分一生、こういうことにはならなかっただろう。 自分の感情に気づいたりは。 その時、本当に自分達は大層酔っていた。 寝室に運ぶために抱え込んだ下村の体は思っていたよりもずっと軽くて、少し驚いた。骨格のしっかりとした肩が、寒 さのせいで微かに震えていて、それが気になって仕方がなかった。肩に腕を回すと酔いのせいで暖かく湿った下村の 吐息が首筋をくすぐって、どうしようもなく浮き立つのを止められなかった。 そうしてベットの上に下村を放り出し、動かなくなったその肩を捕まえて、まるで当然の報酬の様に眠り込んだ下村に 口吻けた。 だから本当に、気づいたりしなければよかった。 終 恋の葛藤って、書きたいものの一つです。 最近イチャし過ぎ。かな? |