柔らかく髪を何度も何度も梳くので、くすぐったくて首を竦めて見え透いた素振りでその手を掃う。しかし坂井は手を止 めず行過ぎた手は耳元を撫で、顎を辿り首元までを一通り楽しんではまた指先に髪を遊ばせる。そうして一向に止め ようとしない坂井にとうとう諦めてされるままに放っておく。すると坂井は嬉しそうに頬や目元を辿るので、本当にもう辟 易として溜息を漏らした。 「楽しいか?」 「ああ」 事も無げに答えられては言葉もない。 浜辺では海鳥が小さく鳴いては羽ばたいて、お前たちは邪魔だ邪魔だと追い立てるのに、坂井は一向に気にしない のだ。 秋口に入った砂浜は、水面を滑った冷たい空気が入り込み、天気が良くても外に居るには肌寒い。それなのに坂井 は楽しそうで、そんな風にされてはやぶさかではない。 海へ行こうという坂井に逆らえず、何の気なしについてきてしまった。 座り込んで体を投げ出し、頭の後ろで手を組んだ。背中の下でジワリと砂が身じろいで心地よい。砂が入り込むのも 構わず寝転がると、黙って坂井も隣に座り込んだ。 そうして目を閉じていると、程なくして坂井の手が額に触れた。 坂井はグラスを撫でる優しい手を持っている。 それが心地よくて、されるままにしていた。しかしそれが段々とエスカレートしてくるので、人目のあるここではと流石に たじろいだが、決してその手が嫌いなわけではなかった。坂井にもそれが知れているのか、上辺だけの拒否に動じる 様子も無い。 これ以上何を言い募ったところで、面倒なだけだ。 開き直ってチラリと坂井を盗み見てから、再び目を閉じた。 優しい手。何時も思う。 坂井の手はいつも優しい。こんな無骨な男相手でも、その手は何時でもこんなに穏やかだ。 こんな誰に見られるとも知れない浜辺であっても、どうしたってその手には逆らえない。 何度も繰り返す暖かな感触に、本当は何時までだって触れ居たいのだと思った。 何時だって、こんな風に。 下村を誘って、たまに浜辺へ散歩に出かける。 余り積極でなくとも、誘えば結局は付いてきてくれるのに気をよくて誘い出す。 今日も下村は黙って付いてきた。 着くなりごろりと寝転んで、頭の後ろで手を組んで目を閉じている。 その心地よさそうな素振りに自然と見つめる目が穏やかになるのが分かった。けれど段々と見ているだけでは満足で きなくなるのはいつものことだ。 初めて気持ちを伝えた時も、初めて朝を迎えた時も。結局はただ眺めることが出来なくなった自分が、堪えきれずに 手を出した。 下村は、それに抵抗しなかった。 そうして今も、下村は触れたところで何も言わない。 そっとこめかみの辺りに触れ、眼窩を辿り、額を覆って頬を滑らせる。 まるで形を確かめているようだと、自分でもちょっと可笑しくなった。 そこに居るのが、本当に下村なのか、何時だって不安なのだ。 こうして触れることを、何故容易に許すのか。 何度も何度も繰り返し髪を撫でていると、流石に辟易としたのか下村が緩い仕種で手を払ってきた。しかしそれはあ まり嫌な感じでなかったので、奢って手は止めなかった。そのまま耳元を撫で、首筋を少しだけ辿りもう一度髪をしつこ いくらいに撫でまくった。 どうやら諦めた下村はそれ以上に何も言わず、段々と嬉しくなってあちこちに触れてみる。 それでもやはり下村は抵抗しない。 一瞬だけチラリと開かれた目には、明らかに諦めの色があった。 「楽しいか?」 「ああ」 案の定呆れた声は、溜息混じりに漏らされた。 それに即答する。 楽しいよ。何時だって楽しいんだ。 お前が傍に居る事。 お前が確かにそこに居る事。 間違えなくお前が生きている事を、こんなにも確かに感じられるのが、本当に楽しくて仕方がないのだ。 何時だって、俺は。 何時だって、こんな風に。 終 言ってるそばから、またいちゃこらさせてます。てへ。 永遠のバカップルでいてください。 |