thank you darling



















 ふんわりとした形の雲が、遥か頭上を右から左へと流れて行く。それをまんじりともせず眺めている姿を見下ろしなが
ら、手すりに肘をついて頬杖をついた。
 昨日から海は謀らず穏やかだ。いつもは何かと荒れ気味になる波も、吹き付ける風も今は凪いで頬に空気が心地よ
い。これでは確かに横になれば眠らずにいるのは至難の業だと納得しつつも、こうして離れた場所でまったりとされると
面白くない。どうせなら必ず自分がいるキッチンへでも来てくれればと思うのだが、どうやったってそれは無理な話だっ
た。
 始めの頃に比べれば格段に自分に対するゾロの態度は柔和になったと言わざるを得ない。いや、その言い方は正し
く受け止めかねるところがあったが、確かに何らかの変化があの小さなまりもの中であったことは確かで、寄ると触ると
諍いになっていたことを思えばやはり格段に軟化を示したのは明らかだ。
 しかしだからといってそれが果たしてサンジの望む状態であるかといえば…ほど遠いとしか言いようが無い。
 だがサンジの望む状態と言えば、船員同士の間といっても特殊としかそれこそいいようが無く、大人しくゾロがそれに
従うかといえばまずありえないと即答することは容易にできる。
 つまり、サンジはゾロと
 指のすぐ先まで迫った煙草を捻じ切る様にアルミの皿に押しつけ念入りに火を消してから、サンジは足を踏み出し
た。








 近寄っても目覚めない。許されているのではと誤解する。しかし相手を選ばずゾロは結局そうするので、落胆この上
なかったが、しかしながらそうして寝顔を眺められる機会は大分貴重だ。 
 ふらふらと近づきながら、常にない慎重さで傍へ寄る。それでも本当は目覚めて欲しいような気がして覚えず靴先が
木の床を叩いたが、ゾロは相変わらず一向に目覚める気配さえない。どちらかと言えば馬鹿にされているのかと思う
が、それは多分に被害妄想のような気もした。
 しゃがみこみ、伸び上がって覗き込む。サンジの頭で日が翳ったせいか途端に瞑ったゾロの目元が和らいだ。目蓋を
通してさえ貫通する海上の日差しがこの男に与える影響は皆無かと思っていたが、存外そうでもなかったらしい。
 安らかな顔にサンジはほっとした。

 ゾロが目覚めていれば、こうはいかない。

 なんやかやと結局は争いになってしまい、こんな顔をゆっくり眺める暇など与えられはしないのだ。
 サンジはそれが悔しいものだから、余計に意固地になってゾロなど素知らぬ振りをする。
 それをゾロがどう思っているのかは知らないが、どうせ大して気にしていないだろう。
 気付いてさえいないかもしれない。
 そう思えば自然とサンジの頭はうだつの上がらぬ様で項垂れ、今にもそのまま甲板に突っ伏してしまいそうになるが、
こんな真昼間から不審な素振りなど見せられるわけもなく、そうなれば余計に気が重くなって視線は組まれたゾロの膝
の辺りを彷徨った。
 こんな風に自分の中の物思いだけで、いっぱいになっていることを情けなく思う。
 しかしその反面、この気持ちをはっきりと形や言葉にしてしまえば、それこそ取り返しなどつかないのだという切羽詰
った気持ちが勝って、結局今の有様だ。
 全くいつも通りの堂々巡りに、サンジはゾロの正面からは動かないまま遠くの整った青空を見やった。
 美しい航海士の言う通り、航海は順調だった。
 今宵催される宴も天候を気にせず、さぞ盛り上がるに違いない。
 しかしこんな気分のまま、この目の前の男の為だけに生誕の祝い料理を作らなければならないのかと思うと、少しだ
け哀しいような気分になるのは否めなかった。
 きっと自分は一生懸命、この男の為に料理を作る。
 この男の為だけに。  
 だがこの男にその気持ちは通じない。
 サンジが料理にだけは何があっても手を抜かない事を知っているだけに、いつも通りのプライドで、祝いの席を盛り上
げているのだと信じて疑わないだろう。
 行動だけが伴わない、こんな自分の気持ちなどきっと気付きはしないのだ。
「いいんかな、悪いんかな。それってさ」
 呟く言葉は抱え込んだ膝の中に埋め込んだ。
 恰好悪いのは承知の上でこんな事。それでも少しでも傍に居たいと思うのだ。
「テメーの為に作るのに、テメーだけが気付かねえ」
 きっとナミもウソップも、チョッパーもロビンも、あのルフィさえもサンジがゾロの好物ばかりをテーブルに並べ立てるの
に気付きながらも、それを笑って許してくれるだろう。
 その中でゾロだけがそんなことの意味さえ気付かず、平素の素振りで酒ばかり呑むに違いない。
 そう思うと哀しく、それでも結局はその行為でしか気持ちを伝える術を持たないことに余計にサンジは気が滅入った。

「ちゃんと分かってる」

 俯いた顔は、途端に跳ね上げられた。
 正面ではゾロが、やっぱり平素の素振りでこちらを見ていた。
「お前、目、覚めて・・・」
「ありがとう」
 そう言って、あるか無きかのなけなしの笑顔をゾロは浮かべた。

 それで初めて気が付いた。

 どうやっても素直に気持ちを伝えられないとサンジが言うのなら、ゾロもきっとそうなのだと。
 いつだって本当は気が付いていても、自分と同じ、形や言葉に出来なかっただけなのだ。
 それが例えばサンジと同じような気持ちでなくっても、そこに込められた気持ちの意味をゾロはきちんと汲み取ってい
てくれた。
「・・・うん」
 嬉しい気持ちは今にも溢れて零れそうで、サンジは急いで俯いて、そんな風にしか答えられなかった。





 ありがとう。

 気付いてくれてありがとう。

 生まれてきてくれて、本当にありがとう。





 誕生日おめでとう、ゾロ。
























end


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本当に、本当に生まれてきてくれて、ありがとう。
そして、尾田先生、こんな素敵な作品を生み出してくれて、ありがとうございます。
これからもずっと、ゾロを見ていけたら嬉しいです。