眩く視界を遮る光線の伸びやかさに、ああそうか、もう秋なのだと思って空を見上げた。 鼻先を擽る冷ややかな空気の爽やかさに、夏の匂いはもう皆無だ。 どこへ行っても人の流れは何時の間に秋めいて、気が付けば暦は早10月。秋などとぼんやりしていれば、あっという 間に冬に追い越されてしまう時期だ。 そうか、そういえば、もう夏をとうに過ぎてしまったのだ。 思えば夏は一年の中で一番足の速い季節だと思う。 余りの光の眩さに目を瞑れば、瞬く間に夏は過ぎてゆく。 気が付けば辺りはもう、柔らかな色に包まれていた。 微かに色づき始めた葉や、少し気の早い衣装に身を包む女性達の服装に改めて感じる秋を、坂井は目を細めて見 やった。 もう直ぐ下村がこの街に来てから、一年になろうとしていた。 本格的な寒さの訪れる季節には、何故か物思いに耽る時間が多くなる。 公園のベンチに座って、コンビニで買ってきた暖かい缶コーヒーを両手で包んでぼんやりと過ごす。 向こうから上がる太陽が綺麗で、少しの間見惚れて、そうしてまた周りを急いで過ぎてゆく人々を眺めては何度も繰り 返して同じ事を思った。 どんなに幾人もの人達が目の前を通り過ぎても、坂井に目を向ける人は皆無だ。 ラッシュ前の公園を駅に向かって突っ切る人々にそんな余裕はない。 それに少しほっとし、同時に少し寂しく思う。別に振り返って見て欲しい訳でもなく、存在を認めて欲しい訳でもなく。 ただ。 スーツを着込んだ男性が、目の前を足早に通り過ぎる。駅に向かって一直線に伸びる視線に、坂井の姿もベンチの 影も、優しく注ぐ秋の光も気にはならないようだった。 下村もほんの少し前までは、こうして自分の前を足早に通り過ぎていく存在に過ぎなかったのだな。 そう思うと、少し寂しくなった。 こんな風にベンチに座ってぼんやりとしている自分は、一体どんな風にその目には映るのだろうか。 今までまともな会社勤めなどしたことのない坂井には、朝の通勤ラッシュも、接待ゴルフも、上司へのおべっかも、何 もかもが知らない世界の未知の出来事に過ぎない。 けれど下村は今迄その自分の知らない世界で生きてきたし、本来ならずっとその世界に居る人間だった。 それが不思議な偶然と成り行きで、今では同じ店で働き、行動を共にし、その上所謂・・・恋人の様な付き合いをして いる。 なんとも言えない、奇妙な感じだ。 本来なら、すれ違いさえもしない。そんな自分達であるはずなのに。 そう思うにつけ、坂井は誰とも知れない、自分でない誰かに対して思わずに居られないのだ。 出会わせてくれてありがとう。 自分達を隔てるこの壁を、乗り越えさせてくれてありがとう。 互いに知るはずもなく、あるいは出会うことなく終わることさえ日常であるこの一生に、この偶然を降らせてくれた事 に、心から感謝したいと思う。 胸を突く愛しさや、通じ合う喜びや、すれ違う切なさに、出会わなければ永遠にもたらされることはなかった様々な感 情の漣に、これほどまでに翻弄される嵐の小船のような自分だけれど。 それでも出会わなければ良かったなどと思わない。 何もかも、いいところも悪いところも、許せるところも許せないところも、なんだってくれればいい。 嬉しい気持ちも哀しい心も、分かり合えない寂しささえも。全てが一つで、自分達なのだ。 いつだって、そう思うよ。 手の中のコーヒーは何時の間にか冷めて、冷たいアルミの感触だけが手に残り、慌ててそれを飲み干した。 きっと一人で下村は待っている。 何もかもを内包し、嬉しいくらいにちっぽけな、下村の待っているあの部屋へ、何故だか走って帰りたい気持ちだっ た。 終 相手が目の前に居なくても、相手の事を思ってる。 そういうのって、素敵ですよね。 |