負けるもんか




















「今晩、泊めてくれる?」
 サンジはそんな風に平気で言うので、動揺を飲み込むのに苦労した。その寸暇を惜しんでサンジは独りよがりで自虐
的な誤解をするので、余計にゾロは焦るのだった。
「誰かいるのかな?」
「居ねえよ」
 そんな事ばかりは言葉が早い。上手く嘘をつけたかも知れない機会を見事に逃し、罵り言葉を寸でのところでかみ殺
した。
「じゃあ、いいだろ?今から行くから。着替えでも探しててよ」
 電話の向こうからでも、サンジからは酒気が匂ってくる勢いだ。一体どれくらいの量を飲んでいるのか予想が付かな
い。電話口の声は案外きちんとしているが、これ見よがしに甘える声は明らかに素面の状態ではなかった。
「もう、コインないから、切るよ」
 そう言って、許可も取らずにサンジは電話をガチンと切った。不通の音ばかりがゾロの耳を満たして考えが上手く纏
まらない。
 サンジが来る。この部屋に泊まる為に。
 今までなんの用があろうと、サンジをこの部屋に踏み込ませたことはなかった。
 それがゾロにとっての最後のけじめであり、防壁であり・・・戒めでもあった。
 サンジは聡い男だ。ゾロの考える浅はかな抵抗など、とっく
の昔に気付いていて、だからサンジは無理に上がりこんだりはしなかった。
 それなのに、サンジはこの部屋へ泊まらせろと言う。
 吐息交じりの呟きは、媚を含んで耳朶を噛んだ。
 時計は一時を回って、もう二時の方が近いくらいだ。もちろん終電はない。それを言い訳にサンジは気軽い調子でゾ
ロに電話をかけてきたのだが、本心からそうだとは到底思えなかった。
 携帯電話を持っているはずの男が、わざわざ公衆電話など使って。
 ゾロは握ったままだった受話器をそっと元に戻し、その手の平を暫くぼんやりと眺めてから息をついた。
 恐らくはコインが無いからと、電話を切る言い訳の為だけに。
 そうやっていくつもの言い訳を器用に使いこなして、サンジはごく自然な様子でゾロの傍へ近づいた。
 ゾロは初め、そういった巧妙なサンジの手腕に一切気付かず、なんとも偶然の重なる男だと思ったものだ。
 それが全て偶然などではなく、苦心の末に生まれた数々の言い訳の為の更なる言い訳だと気が付いたのは、つい最
近だ。
 サンジの目が、ゾロを追っている事に気付いた時から。
 それからゾロは、サンジに言い訳を与えないよう、用心深く注意した。
 合わせてごく親しい女友達からのアドバイスも功を奏し、サンジは本当の偶然か、あからさまな必然なくしてはゾロを
捕まえられなくなり、悪いような気もしたが、それ以上にあの目で見られ続ける事にゾロははっきりと疲弊していた。
 ゾロはそれでいい、と思った。
 中途半端は好きではない。行動に理由があるのなら、それは正しく目の前に広げるべきなのだ。
 そういった酷く独善的な意見を、酔った勢いでサンジに言った。誰かの送別会か、誰かの結婚祝いか、誰かの葬式
か、誰かの何かの席だった。周りの人間は全て酒に浸かって思考など正常ではなく、ゾロの言葉に反応する者など居
なかった。しかしサンジ一人がさっと顔色を急に変え、ゾロの隣に座っていたウソップを押しのけてその先を聞こうと躍
起になった。
 ゾロはそれが余りにも必死に見えて、少し可哀想に思い、サンジの頭を何度か撫でてやった。
 あの時は自分も大層酔っていたのだ。
 サンジはその時、どんな顔をしていただろうか?
 それがこの前あった時のゾロが覚えているサンジの全てだ。
 それが何を突然、こんな展開かとゾロは自分の迂闊さをまたつぶさに呪い、そう感じさせるサンジに嫌気が差した。
 一体お前は、俺に何を言いたいんだ。 
 何度も聞こうとした口はサンジの視線に戸惑って塞がれ、その後に残る酷い罪悪感にゾロは何度か苦しんだ。
 俺が悪いのか。何故。
 サンジがゾロを責めているわけではない。事実責められる謂れは一切なかった。
 なのにこんな風に自己嫌悪の辛酸を感じるのは、サンジのあの目がいけないのだと思った。
 ゾロが一つづつ丁寧にサンジの言い訳を潰していく度に、必ず浮かんだあの表情が。
 あれを憐れと言い換えるのは簡単だ。でも違う。サンジはそれ以上に何か深い意味合いでもってゾロを見た。
 いい加減気付いてくれという様に。
 しかしゾロは何時だってそれを綺麗に無視し、内心では振り返りたい気持ちを抑えるのに苦心した。
 何時だって本当は、お前と居たいと俺は思う。でもそれが果たしてお前と同じであるのか俺には分からないから、だか
ら俺は。
 ゾロは意図せずに自然とサンジの為に細かな用意をしようとした自分に驚き、慌てて引き出しから抜いた着替えをば
さりと畳みに投げ捨てた。
 こんな言い訳を盾に、自分を納得させようなどと、これでは遠ざけたサンジと同じではないか。
 お前のそんな見え透いた誘惑に、安易に乗りそうになった自分が恥ずかしい。
 中途半端は好きではない。はっきりとしないまま、なし崩しになってたまるものか。
 お前の手管に、簡単に負けるものか。



















end


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サンジ編に続く