負けるもんか
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「今夜、泊めてくれる?」
 電波の向こうで、息を飲む声が聞こえた。
 声には出さないその小さな拒否が、サンジの胸を瞬時に、けれど効果的に痛めつける。
「誰かいるのかな」
 上擦りそうになった声をどうにか上手く抑えて、サンジは胸を撫で下ろす。こんなことでゾロに余計な警戒心を起こさ
せたくなかった。
「居ねえよ」
 瞬時に返る声にほっとする。こんなところでヘタな言い訳など持ち出す男ではないことは知っていたが、もしそんな小
細工を使ってでも自分を避けようとしたらどうしよう、などとサンジはいつも気弱に考えてしまうのだ。
 けれども後悔の色は隠せない。本当ならば、ゾロはここでサンジを回避したかったに違いない。正直な性分が災いし
て、こんな稚拙な嘘もつけないゾロを愛しいと思う。

 愛しい。

 正しくサンジがゾロに向ける感情は、名づければまさにその一言に尽きる。
 どう言い訳しようとこれはゾロからすれば驚くべき感情であり、目を背けられることも、あるいは拳で答えが返っても仕
方がない類の感情だ。だからサンジも果たしてこれを伝えてよいものかどうか躊躇し、会う度に増していく自分の気持ち
を隠すのにも到底生も根も尽き果てた矢先のことだった。

 中途半端は好きではない。行動に理由があるのなら、それは正しく目の前に広げるべきなのだ。

 多分ゾロは大層酔っていた。しかしその言葉には隠さず本心が溢れていたように思う。
 サンジはその時、その言葉からゾロの何かを掴めはしないかと躍起になり、最後には訳も分からず殴り合いになって
いた。
 その事があった以前から、ゾロに会うだけでも相当に気を使うことが多くなっていた。
 ゾロに会いたいが為に姑息で周到な偶然の数々を思いつく限り持ち出しては端から使い切り、サンジはどうにかゾロ
の傍に居るように勤めた。けれどもある日を境に突然、ぱたりとその類の言い訳が通用しなくなったのだ。
 理由は分からない。けれども今まで上手く隠しおおせたその細部まで、ゾロは元々持ちえていた本能でもって優雅に
避けて通り、果てにはこちらから堂々と会いに行かなくては、あるいは何者かのなせる本来の意味での偶然でしか会う
ことが出来なくなっていた。
 それだからゾロが、サンジのここのところの行動を、不審に思っていたとて不思議はない。別段会う理由などサンジと
ゾロの間には存在しない。共有する友人たちは、誰も彼もが自分勝手に動くので、彼らを介してゾロと会うのは偶然を
待つ以上に儚い望みだった。
 サンジは何度かゾロを呼び出し、飯を作っては供し、その度に口をつきそうになる使い慣れた言い訳をどうにか噛み
砕いて飲み込んだ。

 ゾロの目の前で、小ざかしい嘘を並べ立てる自信がなかった。

 そんなことをすればゾロは瞬時にそれを見抜き、呆れて怒ってきっと帰ってしまうだろう。そういった想像が容易に出
来て、言い訳と一緒に飲み込んでしまった言いたいはずの言葉はずっと腹の底に座ったままだ。

 例えば
 本当はもっと会いたいとか
 例えば
 本当はお前の方から会いたいと言って欲しいとか
 例えば
 いつも一緒に居るオレンジの髪をした女の子は誰なのかとか
 例えば
 俺の事をどう思っているのかとか
 例えば
 ・・・好きになっていても、いいか、とか。

「じゃあ、いいだろ?今から行くから。着替えでも探しててよ」
 何も言わないゾロとこれ以上架空の対面をしている度胸がサンジにはなくて、次にはもうはっきりと拒絶の言葉を言
われるのではないかと、受話器を持つ手がカタカタと震えてそれなのに発する声は気味が悪いほど甘ったるい。それだ
けでもうゾロに感づかれるのではないかと気が気ではなかった。
「もう、コインないから、切るよ」
 まるで逃げるように言い置いて、サンジは焦って電話を切った。そのためにわざわざ公衆電話からかけたというの
に、何故だか切ってしまってからもう少しゾロの声を聞いていたかったのだと気が付いて、振り回される感情にずるずる
とその場にしゃがみこんだ。

 酔いに任せたこの暴挙を、ゾロはどう思っただろう。

 今までゾロの無言が請うまま、サンジはゾロの内側に土足で踏み込む様な事はしなかった。
 ただ単に、そうする事によって決定的にゾロの傍から遠ざけられることを恐れただけとも言えたが、それ以上にひた
むきな頑なさでそれを許さないゾロを、自分の勝手な感情でかき乱したりはしたくはなかったのだ。

 サンジはそういうゾロだからこそ、愛しいと思うのだ。

 膝の間に埋め込んだ顔を上げ、薄ら寒いガラスに後頭部を押しつけながら、それではこれから自分がしようとしてる
ことはなんなのだと思って溜息が漏れた。
 思わせぶりな態度を取って、ゾロが気付いてくれるのを今か今かと待っている。
 こちらから踏み込めないのなら、そこからゾロを引きずり出すしか方法はないのだ。
 今まで培った手練手管で絆しても、ゾロが気付くはずもない。 
 ならばいっそゾロの望むまま、目も逸らせないほどとあからさまに態度で示して見せればいい。
 そこで初めて、ゾロはサンジの本当の思惑に思い至るのではないかと酔った頭は真面目な振りで考えた。
 そして最後の頼みとどうにか搾り出した言い訳を連なって、有無を言わせずゾロへの切符をもぎ取った。
「なあ、あんたは俺をどう思ってる?」
 小さく呟いたとて、受話器はきちんと置かれている。
 ゾロに聞こえるはずもない。
 それでもそれは、サンジの中に新たなる決心のようなものを際立たせ、たとえゾロがこの身を避けようとも、滅多なこ
とでは引くまいと、負けるもんかと呟いた。






















end


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サンジ編終了。