手を繋いで何処かへ行きたいと言った。 お前は何処へも行けないと答えた。 何時だってすれ違いばかりで、思いつく言葉はお互いの胸を深く突き刺し、それは跳ね返って正確に己の胸をも貫い た。 そんな関係である。 優しいいたわりや、真昼の和やかさ、睦みあう囁きとは全く無縁な、一種捕らえた獲物を離さない執拗さでお互いを束 縛した。 けれども結局はそんな不恰好な行為でしか確認できないものを求め、そうすることによって確かに得られた漠然とし た感情を今でも大切に思う。 「そういう関係だ」 指先に積もった煙草の灰を吹いて落とし、けだるげな仕種で視界を遮る髪を払った。 「それだけで」 終わり。パンッと破裂を装うゼスチャーと、笑った桜内の顔は酷く不釣合いだ。頷けず答えられず、押し黙ったままで はいけないと思うのだが、それしか仕様がない。 桜内はそんな瑣末な反応など、どうでもよいといった風情で溜息でもう一度灰を払った。 「それとも、お前が代わってくれるかい?」 どうせ頷きもしないくせに。 語外の声は正確に耳朶へ変換される。それでは知らぬ振りもできぬと目を野蛮に眇めた。 「恐い顔すんなよ。・・・またスルよ?」 間近まで迫らせた吐息の色が欲情に歪んでいる。あからさまな欲望の訴えだけが、唯一この人の中で正直な部分で あると内心感心した。 まるで命そのもののように、暖かさに満ちている。 触れているだけでこちらまで生かされているような錯覚を覚え、それだからこの人の元へ来てしまうのだろうかと思っ て唇を噛んだ。 「切れるぜ」 呟きは次の瞬間、口腔で受け止めた。喉元までせり上がった感情の渦が瞬間喉を詰まらせたが、それをなんなく受 け流せるくらいにはなったのだと思い、良くないことだと知っていながらホッとした。 あまり感情的なやり取りをしたくない。 ずっとどこかで思っていたことが、しっかりと言葉となって頭に浮かぶのはごく稀だ。 それが今か。 息苦しいほどの営みの根源を、果たしてこの人が知り得ているのかという疑問は瞬時に薙ぎ払われる。下肢に伸ば される指先は容赦がな かった。 「もし、もしお前が」 切れ切れに上がる息が鼓動を早めて踊るように震える髪を光に透かした。それをまるで美しいものの影を追うように 見ていると、桜内は酔ったような目を細めて赤く上気した頬を笑いに歪めて喉元へくちづけた。 強く吸われた感触で跡が残ったことは分かったが、余裕も理性も保てない限界で、それを言及するのは野暮のような 気がしてただ堪える ために唇を噛んだ。 「このまま・・・っ」 強く背中を抱きしめられて、桜内が息を詰まらせる。 明らかに言葉を遮るその仕種に、桜内は今にも泣きそうな表情を一瞬見せ、けれども瞬時に取り払われた憂いは、 底意地の悪い鼻先の笑いに取って代わっていた。 「・・・お前、お前。どうして、どうしてお前はそうやって」 いい加減余裕を切らした桜内の息は荒い。打ち付けるような言葉を幾度も紡ごうとするのだが、しかし息に遮られて それもはかない。先を続けたいのか何度も焦れるように大きく呼吸を繰り返した。 「・・・それでもお前じゃないと、ダメなんだなっ・・・きっと」 どうにかそれだけ言い終えると満足したのか桜内が呼吸を深く詰めた。それと同時に動きが早まる。 くるおしいまでの閃きを脳裏に感じて目を閉じると、程なくしてぐったりと桜内も体の力を抜いた。 「・・・あいつじゃないとダメなのは、俺の方です」 整った呼吸の合間の声に、ベットサイドに腰掛け煙草をふかしていた桜内が振り返った。闇に満ちたせいで、表情は 互いに分からない。 だが声で幾ばくかの何かを読み取ることは出来た。 「俺の方です・・・」 くぐもった声は、枕に吸い込まれて半端に消えた。それでも桜内は俯くように頷くと、煙草を消してもう一度ベットに乗 り上げた。 そうして屈んで首筋にくちづけて、まるで慰めるように肩を抱いた。 「だから俺は」 そんな風なお前だから、だからお前が欲しいのだ。 叶えられない願いを一つ、胸の中で呟いた。 「下村」 投げ出された左腕を取り、先のない手首にくちづける。くちびるにそれは冷たく触れた。 「せめてこの手を繋いで居てくれ」 ここにあるお前のすべてがあいつのものならば、ここにない、この手だけでも。せめて。 「ずっと、このまま繋いで居てくれ」 閉じて、息を止める。 ほんの一時、このすべて自分のものであると錯覚するために。 終 叶ドク・坂下前提のドク下。 桜内は下村以外には受だよね。(え?違う) |