淡い春





















 ちょっと困ったな、という顔が新鮮で可愛いと思った。
 そんな自分にゲッと思い、とうとうそこまで来たのかとうんざりする。
 それでもやはりその顔を見れば、何度でも同じ事を思ってしまうのだった。






「だからさ、黙って持っていくなって言ってるだけだろう」
 そう言うとゾロは黙って手に持っていた酒瓶をテーブルに置いた。乱暴な所作ではない。どちらかといえばこわごわと
いった風だ。
「別に飲むなって言ってるわけじゃなくてさ」
 溜息を煙草の煙に混ぜ込んで息を吐く。ゾロの肩がぴくりと震えた。
「持っていく時は一言、言っておけっつってんの」
 別に叱っているわけではない。ましては声を荒げているわけでも。それなのにゾロは何故か困った顔を崩さず、両手
をポケットに仕舞いこんでしまった。それが叱られて困り果てた子供の様で妙に幼い。
 サンジは思わず漏れそうになった感嘆を、慌てて煙草で押さえ込んだ。
「・・・ゾロ?」
 たまりかねて声を掛ければ、やはりゾロは肩を震わせるばかりだ。
 サンジは本当にこちらこそ困っているのだという風に眉を下げた。
「なあ、なんでそんな顔してんの?」
 テーブルの端に置かれた灰皿に煙草を投げ入れる。水を張った皿の中で、じゅっと火のつぶれる音がした。
「なあ?」
 テーブル越しでの会話ではらちがあかない。サンジは大股でテーブルとドアの中間地点に立つゾロに近づいた。ゾロ
は動かない。テーブルに腰掛けて、下から見上げるようにゾロを見た。
 しかしゾロはやはり何も言わず、表情も変えず目を逸らしてしまった。
 本当に滅多にしないこういう顔を惜しげもなく見せられてしまうと、サンジは何度でも思い知らずには居られないのだ。
 ゾロが好きだ、ということを。
「ゾーロ?」
 ぎゅうっと握りこまれたゾロの右手をそっと取る。硬く結んだ手のひらは、きっと白くなっているだろう。そう思えば自然
と顔が緩んで、サンジはそのまま手の甲にくちづけた。
 わざとらしくちゅっと音をたててくちづける。ゾロはこういったスキンシップをあまり好まないので、普段であれば途端に
手を振り払われるところであるのに、やはりゾロは目を背けたままで動きもしない。微かに呼吸とともに動く口元は、頑
なに閉ざされたままだった。
 悪かったと、少しでも思っているのだろうか。だからゾロは何も言えず、こんな黙ったままなのだろうか。
 別に咎めているわけでなく、ただ一言声を掛けて欲しいと言っているだけなのに。
 居るのに何も言わずに後ろを素通りされれば、サンジだっていい気はしない。やっぱりそんな仕打ちは寂しいと思って
しまうのだ。
 だからせめて、なんでもいいから言って欲しかっただけなのだ。
「何でもいいから、なんか言ってよ」
 まるで一人で居るような気分になって、サンジは覚えず情けないような声でそう囁いた。
 ゾロの目が、漸くこちらに戻って来る。合わせた目の深さに、胸は勝手にざわめいた。
「・・・酒って言うと、お前」
「うん」
 ようよう言葉を思い出したゾロの顔をやさしく見る。ゾロは幾分言い辛そうに、けれども一生懸命考えるようにして言葉
を紡いだ。
「つまみとか、作るって言って、こっち見るだろ」
「うん?」
 意図がつかめず、困惑する。ゾロは繋いだ手の辺りを見て、俯いた。
「・・・振り返るからさ、お前。・・・お前の背中、嫌いじゃねえから・・・その・・・」
 それきり言葉をつかみかねて、ゾロは口を閉ざした。
 胸の辺りのざわめきが、ざわざわと喉を通って頭に達っする。サンジは信じられないものでも見たような気分でゾロを
見た。
「・・・俺の背中、好き?」
 こくん、とゾロが頷く。いつの間にか首の辺りまで真っ赤になっている。拳は余計に握られて本当に真っ白だ。
「・・・俺はお前のこと、大好きだよ」
 思い切り手を引くと、ゾロはそのままサンジの腕の中に倒れこんだ。その背をしっかり抱え込み、少し高い位置にある
ゾロの目を覗き込んだ。
「大好き」
 そう言って下から救い上げるようにくちづける。
 ゾロは一瞬、迷ったように手を何度かテーブルに擦らせ、それでも最後には諦めた様にサンジの背中に腕を回した。
「・・・俺も」
 小さい小さいゾロの声は、大層サンジを喜ばせ、またサンジの口の中に淡く消えた。
 






















end


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今年のテーマは「恋」!