その先が思いつかないのに心ばかりが悲壮になる。 まったく無様だと思うのに結局はそんな形でしか表せない事に苛立って、今日も無闇な口論は続くばかりだ。 目の淵から転げ落ちた涙の大粒を、坂井はきっと無造作に指先で拭い去って、すぐに赤くなる頬や目元はあっという 間に擦り切れているだろう。 それを安寧ではない気分で思いながら、それでもそうさせたのは他でもない自分であることは明白だった。 そうさせたかったわけではない。いや、出来るならばそういった一切の苦悩や苦しみや、胸を潰す不安を取り除いて やりたいとさえ思う。けれども思いは真っ直ぐには伝わらず、曲折した感情は出口の方向性を失って、最終的には相手 を傷つける事にその力を費やした。 しっかりと水気の染み込んだ靴を脱ぎ捨て、上がり框に放り出す。そのままその場で服を脱ぎ、風呂場へ直行した。 どうしたって普通ではない。 いずれ必ず、直接的ではないにしろ、坂井を傷つけることは目に見えていた。 それならばいっそ、心など通わなくとも構わない。 あの柔らかな、優しい心を守れるならば。 いつだって強がる姿勢が精一杯のポーズであることなど、とっくの昔に知れていた。 きっとたくさんの傷を抱えて、それでもそうして一人で立つ姿を、傍で見ていたいと、ただそう思った。 そして出来ることならば、その背中にこれ以上の傷を負わせずに済むのなら。 思い切りよく噴出した生暖かなシャワーに目を眇め、その流れに緩く体を曝しながら、口元は自嘲の色を刷いてい た。 自分には、冷たい雨も暖かなシャワーも大差ない。どちらも、どうでもいいものだ。 しかしきっと坂井は違う。 そのひとつひとつの細部まで、坂井は見逃すことなどできはしないのだ。それだからこそ、信じられないほど暗い目を して、何もなかったような顔で笑うことが出来るのだ。 本当の暗がりを知っているからこそ、暖かな陽の明るさの尊さを知るように。 自分では到底感じえない、このひとつひとつの水の粒の愛しさを、坂井は胸にしまって忘れない。 余りにも自分と違うその心の柔らかさに、惹かれている自覚は十分ある。 だからこそ。 まるで手のひらで包むように、愛することも或いは出来るかも知れない。 すべてを奪う、激しさで愛することも。 しかしそれらのすべてを、壊滅的に打ち砕くのは、自分である予感は裏切れない。 そうやって引き上げて、改めて打ちのめすなど出来るはずがなかった。 両手を広げて降りかかる細かな水粒の、そのひとつひとつを見つめながら、いっそ雨粒になって、降り注いでは空へ 帰り、また降り注ぐことが出来るならばと、下村はせん無き自分の無常さを悔いた。 終 |