dance with me again . ⅰ
 



 広場からの帰り道、繋いだ手もそのままに、道を囲った街頭の下を何も言わずに二人で帰った。
 五年ぶりに並べた肩はなんだかとても気恥ずかしくて、走り出したいような気持ちでいっぱいになった。



「ゾロー!!!!」
 大絶叫しながら物凄い勢いで突進してきたルフィと、懐かしい仲間達の号泣に近い再会の挨拶で宴は幕を上げた。
 その夜はもう、上や下への大騒ぎだった。
 年を経るごとに増え続けた船員の数は最早ゾロの予想を遥かに超え、その上よくもまあこれだけの変わり者ばかりを集めたものだと呆れ返って
感心した。
 麦わらの船に乗る資格を得るのは簡単だ。
 胸に抱えた信念を、恥ずかしげもなく曝せること。
 そう思えば案外簡単で、しかし普通であれば難しい条件ではあったけれど、現に一つの酒場を貸しきっても足りないくらいの人数にはなってい
る。
 ここまでよく養ったものだと感嘆し、しかしよくよく見れば世話を焼いているのか焼かれているのかは微妙なところだ。
 現に目の前で酔いつぶれたウソップが、見習いの船員に担がれて運ばれいていく。
 ルフィなどはこれでもかというくらいにゾロに纏わりついたあげく、同じペースで酒を空けて早々に酔って潰れて役にも立たない樽と同じ扱いだ。
自分が見知っているメンバーも酔いつぶれず残ってはいたが、今夜は野暮な詮索などする気はいっこうにないようで、再会を服がヨレヨレになるま
でめちゃくちゃに喜んだ後はめいめい好き勝手やっている。
 しかしこういう場では素早く女性陣の傍に飛んでいくはずのサンジだけが、予想と違って目の前に座り黙って酒を飲んでいた。
「騒がしくなりやがったな」
 既に混沌の坩堝と化した酒場の中で、上座があればの話しではあるが、今二人が腰掛けているのはカウンターに一番近い上座のテーブルだっ
た。カウンター内は既に無人で、この店の主の姿は既にない。料理を作るだけ作らせ、酒をあるだけ出させた後、ナミが早々に引き上げさせた。そ
の際この店を丸々買い取っても釣りが来るくらいの金銭も忘れずに渡していた。
 金にはうるさいはずのナミが手際よく大金を手渡す様は、ゾロの目には奇異に映ったが、昔ほどナミが金に拘らなくなったのだとゾロの心中を察
したウソップが横からそっと耳打ちした。多分金に対するトラウマが、本人も知らぬうちに癒されてきたのだろう。皆気づいていたが言わなかった。
ウソップはそう言って笑った。随分と男らしくなった顔に浮かんだ笑顔は懐かしく、ああそういえばこの男の己を顧みない勇敢さと、見返りを求めな
いその優しさを自分は随分好いていたのだと今更ながらに思い出し、無言でぎゅうっと抱き締めた。
 するとウソップは何すんだ!と嫌がって、けれどもその手は優しくゾロの背中を撫でてくれた。
 そうやって互いを別っていた長い時間を埋め合わせるように、その目を見合いながら確かめながら、何度でもこれが本当に現実なのだと思って少
し気恥ずかしいような気分で二人はその後大笑いした。そのままルフィが合間に飛び込んできて、再びウソップ曰「喜びの抱擁合戦」が再燃して服
は余計にヨレヨレになった。
「人数だけは一人前だぜ」
 正面から皮肉るように言いながら、船員たちを見守るサンジの目は優しい。
 昔はそんな風な目を安易に見せるような男ではなかったと思う。
 やはり離れていた時間は長く、互いの中に知らない何かを育てるには十分な空白であったのだと納得しないわけにはいかなかった。
 そう思えばやはり寂しいと思わないわけがなく、しかしそれがそもそも自分の責任であると思えば悪戯に時間を恨むわけにはいかなかった。
「ま、騒がしいのは昔からだ」
 ゆっくりと煙草をくゆらせ、煙の昇る先を眺めながらサンジが呟いた。天井近くに溜まった温度の層に揺られて、煙が右に左に流れて消える。下
層の騒ぎに関わらず穏やかなその動きにサンジは溜息をついた。
 知らない表情を見せるサンジにゾロはその隔たりを感じ、それと同時に今まで感じたことの無い懐かしい郷愁を思うのだった。

 知っている男の、知らない顔。

 この何年かを一人で旅し、一人で過ごした。
 夜の闇の中で騒がしい仲間たちの顔を思い浮かべ、それを端から目蓋の裏に打ち消した。
 仲間たちと会う前までは、考えられなかったその様々な空に描いた感傷に、不安を覚えないでもなかったが、それ以上にそうである自分を嫌いで
はないのだと思った。
 頼っているわけではない。再び一人になったことでそれは十分に分かった。自分は相変わらず一人で生きて行ける人間だった。一人で生きてい
く事に、何の支障も気がかりも無い。けれどもきっと、そうやって生きていくために必要でないものをあえて求めようとすることが、自分には足りない
ものだったのだろうと今ならはっきりと分かった。
 必要ないと分かっている。けれどもそれでもあればいいと思う。

 仲間たちの笑顔が。

 そうして漸く長い航海を終え、ゾロは一通の手紙を書いた。短い手紙だ。
 こちらから行けばまた迷う。それくらいのことは長い間に自分の中で折り合いをつけた。
 だから呼ぶ。迎えに来いと。
 そうして指定した幾つかの日付のうち、思わぬ速さで一番最初の日に迎えは現れた。
 変わらない、あの黒いスーツの姿をして。


「そうだな」
 目を閉じて、ゾロは小さく笑った。
 一人で居ればこんな気分を味わうことなどなかっただろう。
 自分ではない誰かの中に、自分を探す作業など。
「ゾロ」
 名前を呼ばれ、顔を上げた。
 向こうを向いて酒を飲んでいたサンジは、何時の間にかこちらをじっと窺っていた。目と目が出会う。探り合うような機微に、ゾロは思わず目を眇め
た。
 深い海の底のような、深く深く澄んだ青。
 ああ、これも知らない顔だ、とゾロは思った。
 ただしくは、自分の知らない感情だ。
「なんだ」
 グラスを置き、斜に構えていた体をきちんとした姿勢に戻した。
 きっとこういうところが変わったのだろう。
 穏やかな仕種で、口に銜えた煙草を指で挟んで弄ぶ。その間もサンジはゾロから目を離さなかった。口は閉じたままだ。それなのにゾロには、サ
ンジが何かを懸命に訴えているのだと思わずにおれなかった。
 ゾロの知るサンジは余分なほど饒舌な男だった。
 他の船員も大概口数の減らない連中だったが、中でもサンジは止めなければ延々と話を続けるような男で、それを初めは鬱陶しいと思ったもの
だが、いざ二人きりになってサンジに黙られてしまうと、きまってゾロはどうしていいのか分からなくなった。
 ふと、ゾロは思った。
 もしかしたら、ずっと。
「ちょっと、出ようぜ」
 くいっ、と親指を立てて外を指す。ゾロは黙って頷いた。


 黙ってしまうとどうしていいのか分からなかったのは、サンジの方だったのだろうかと。

















2003/04/02
























「dance with me」の一応続きです。
ぶ、文法の事は言わないで!