一昼夜経ってようやく雲の隙間から覗いた太陽がキラキラと雨水に反射し、そこかしこを飾り立てたように輝かせた。 窓から見える景色は何処までも潤い、深く滲みこんだ雨水が人の心を癒している。 サンジはしっとりと潤った涼やかな風の入り込む窓を開け放ち、薄いレースのカーテンが揺れるのを眺めながらゆっ たりと何度か瞬いた。 体中に巻かれた包帯は動くのには邪魔だったが、それ以上にあちこちの骨が痛んで深く軋んだ。 目覚めた順に部屋を出て行ってしまった仲間達は、今やベッドに眠る二人を残して他に人影もない。 一人は盛大ないびきをかいてよく眠り、もう一人は穏やかな呼吸で静かに深く眠り込んでいる。 対照的な二人の間に座り、寝巻きのままの足を組んでサンジはいつものくせで胸元を探ったが、当然煙草があるは ずもなく諦めてベッドサイドにもたれかかった。そのまま手を伸ばし、静かに眠るゾロにそっと触れた。 この砂漠の国へ上陸してからこっち、こんなにも水を含んだ空気を感じていなかったせいか、触れた肌がしっとりと吸 い付くようで心地よい。 枕に半分顔を埋めて眠るその顔に触れ、サンジはぼんやりと何度かその頬を撫でた。 じっと眺めれば幾つもの細かな傷があちらこちらに刻まれている。 今では大分マシになったとはいえ、全身からの出血は瞬く間に顔色を奪い、肌の艶を曇らせる。 頭の上にまでぐるぐると巻かれた真っ白な包帯をそっとなぞり、改めてそのゾロの傷の深さをサンジは知った。 皆満身創痍に違いないが、チョッパーの施す治療の合間に盗み見た、今でも昏々と眠るこの二人の傷は特に深く残 酷だった。 「ゾロ・・・」 小さく名を呼ぶ。届くはずのない声だ。 分かっていてもサンジは呟く。 「ゾロ・・・ゾロ、ゾロ・・・」 ベッドからはみ出した手を取り、頬を寄せる。冷たく冷えた体は棒の様に動かない。その指先に何度かくちづけ、暖め るように両手で包んだ。 「・・・・・・・・・だ」 驚いて目を上げる。いつの間にか開いたゾロの目が、じっとサンジを見つめていた。 「ゾロ・・・」 枕から頭を上げる動作は緩慢だ。急に動けば貧血を起す。サンジは留めようと手を差し伸べた。しかしゾロはその手 を取って、サンジを真似る様にその指先にくちびるを寄せた。 「・・・お前・・・なんて顔・・・してる・・・」 瞬けばサンジの頬からはポタリと雫がシーツに落ちた。 太陽の匂いを含んだ真っ白な表面に、幾つか小さなシミが広がる。 ゾロはまだ焦点の定まらぬ目を何度か瞬き、ぎゅうっと最後に一度強く瞑ってから、口元をそっと微笑みに模った。 「こんな風に・・・・・・あん時もお前、見上げて・・・・・・」 途切れ途切れのささやきは、風が揺らすカーテンのやわらかな音にさえ、負けてしまいそうに小さく儚い。 サンジはそっと顔を寄せ、祈るように両肘をベッドについた。 「ナミの村・・・だったかな・・・」 ゾロの目は、未だに夢を見ているかのようにぼんやりとしている。あるいはまだ覚醒していないのではないかと思う。 しかしそれはまるで心が直接語る言葉のように、サンジの胸にシンと滲みこんだ。 ゾロは薄っすらと目を開き、ふうっと息をついた。 「何でお前は・・・・・・そんな顔、二度も・・・」 呟きはそこで途絶えた。サンジの手を握っていたゾロの手が、すとんとシーツに散る。 サンジは唇を噛みしめ、その手を取った。 思えば死んだような毎日だった。 自分なりに考えて選んだはずの生き方は、しかし自分を含め、誰にとっても良い結果を導きはしなかった。 あのままもし、あの場所を動かず「いつか」をよすがに留まる事を選んでいたら、いつかあの人を恨む時がきたので はないだろうか。自分勝手な戒めで、自分自身の首を絞め、果てはあんたのためだと責任転嫁も甚だしく、卑しい人間 に成り下がっていたのではないだろうか。 救われた。俺はお前に救われた。 黒く胸を塗りつぶした俺を、お前が救ったんだ。 その体を糧にして。 ゴシ、と肩口で頬を拭うがそれでも後から後から頬は濡れていく。 最後には諦めてシーツに突っ伏した。 そんな風にお前は、まったくなんでもない振りをして、いつでも本当の意味で相手を救う。 こうしてまた、ビビちゃんを。この国を。 無言で俺に示した様に、その背中でお前は何てことない風で全身全霊をかけるのだ。 俺はそれが、本当に誇らしくてたまらない。愛しくてたまらない。 あんたは俺の太陽みたいだ。 両手で包んだ指先の、血の気の引いた肌は冷たく、何度触れても温まらない。 それでもあんたは俺の太陽だ。 (03/07/25) 終 |