泣きはらした目元は強く擦ったせいで余計に赤くなり酷く痛々しい。 ゾロはそればかりが気になり、強く抱きついてくるサンジの手を邪険には出来なかった。 空の上の方で風がひゅんっと鳴った。群雲は散らされて相変わらず月は甲板を強く照っている。光を浴びたサンジの 金髪は余計に透けてまるで銀色だ。 サンジに伸し掛かられているせいで体はいっこうに動かせない。ゾロの力を持ってすればもちろん強引に退かす事は 可能だったが、あえてそうまでする必要は感じなかった。 ゾロの肩の辺りに押し付けられたサンジの息が暖かい。シャツ越しに感じる呼気が先ほどの引き攣ったようなものか ら穏やかなリズムに変わりつつある事に安堵しながら、しかしこの状態をどうしたものかとゾロは思案した。 強引に事を終わらせる気にはならない。さりとてずっとこうしているわけにも行かないのだ。 仕方なくゾロは目の前で風に遊ばれるサンジの髪をそっと梳いた。 実際触れてみるとサンジの頭は酷く小さくて、ゾロの手ならば一掴みに出来そうだ。サンジはまるで眠ってしまったか のように大人しい。このまま眠ってしまうのなら、いっそその方がいいのかもしれないと思いゾロはまんじりともせず、重 ね合わせたままのお互いの体で暖を取った。 「ゾロ」 ようやく発したサンジの声が、案外しっかりとしたもので、ゾロは途端に咎められたような気になり、ぱっと頭の上から 手を除けた。それと同時にのっそりとサンジが顔を上げる。離れたゾロの手を不満そうに横目で見た。 「俺はお前が好きなだけなんだ」 すん、と鼻を鳴らしてサンジが目元を拭った。それなのに涙はまたポロリと零れて頬を伝う。 「好きなだけ、なんだよ」 そう言って、また静かに涙を一つ落とした。 嬉しい、とサンジは言うのにそんな風に涙を流すのだ。それがゾロには合点がいかず、しかし詰め寄る事も出来ずに 途方に暮れる。強く出ればまたサンジが酷く泣き出すのではないかと、恐れて居る自分にゾロは気づいているが知らぬ 振りをした。 何をふざけた事を。男ではないか。男同士で何をバカな事を。 心中での罵りは、しかし功を奏さずゾロの胸を痛ませる。 先ほどではないにしろ、サンジが辛そうなのはやはりゾロとて辛いのだ。 それなのに泣きそうだ、等と言われれば困惑せぬわけがないだろうが。 時折サンジは酷く辛そうにしている事がある。しかしゾロにはその理由など分かりはしないのだ。 あまりにもゾロとサンジとでは違いすぎる。 全て分かり合う事など到底無理である事には、とうの昔に気づいていた。 しかしそれでも、なお傍に居たいと思うのならば、それでいいのではないかとゾロは思うのだ。 しかしサンジはゾロの機微などトンと疎い様子で、そんな事を簡単に言うのだ。 『だって、泣きそうなんだよ』 それがどんなにかゾロの胸を痛ませるのか、知ろうともせずに。 じっとこちらを見るサンジの目元を、そっと拭った。動作に合わせて眇めたサンジの目は、ようやく収まり始めた涙で キラキラと濡れている。いっそ痛ましいその様に、ゾロはゆっくりとくちづけた。 「もう、泣くな」 ちゅ、と目元にくちづけ涙を吸い取る。そのまま頬へ唇を滑らせた。 「ゾロ…」 顔を赤く染めた殊勝なサンジの顔を見ていられたのはほんの一時だ。すぐにサンジは手を伸ばすと、ゾロの顔を両側 から包んで動かぬようにしてから戯れに頬を滑るゾロの唇を忽ち塞いだ。そのまま深く強く舌を差し込み、ただじっとさ れるがままにしているゾロの着衣を乱した。 「サン、サンジッ」 息苦しさに咄嗟にサンジの肩を押す。無意識の抵抗はサンジを向こうへ追いやった。しかしまたあの泣きはらしたサ ンジの目を見た途端、ヘナリとゾロの力が抜ける。サンジはそれに少し驚いて、しかしすぐに嬉しそうに微笑んだ。 本当にずるい男だ。嫌なやつだ。 そんな顔をされては、抵抗など出来る訳がないではないか。 ゾロは頬の辺りがかあっと熱くなり、途端混乱した心中をどうにか誤魔化そうとするのに、サンジがまたなんとも言え ない、嬉しそうな顔で口元をうずうずとさせるので、ゾロはいい加減観念し、やわらかくゾロの頬に触れる指先をそっと 取上げくちづけた。 「ばっ、あ、煽るなよ」 余裕なんて、俺、ねぇんだから。 サンジは上擦った声を隠そうともせず、急に忙しなくゾロの体を弄った。びくりと体が過敏に揺れる。 そうなればサンジの指や唇はますます焦って先を急いだ。 「な、なあ、ゾロ。なあって」 「なん、だ」 捲り上げたシャツに半ば頭を突っ込んで声は聞こえ辛いのに、サンジは返答を求めて必死だ。必死はこちらだと思い ながら、ゾロは出来るだけ平静に答えるが、上がる息は隠せない。ぜえ、と喉が一つ鳴いた。 「俺、な、泣きそうかも」 「ばっ馬鹿かお前、なんで今更…ッつ」 引き攣った声が漏れてゾロは咄嗟に口を手で覆った。しかし湧き出るように吐息は漏れる。直接的に触れてきたサン ジは、勇んでゾロに深入りする。いい加減辛くて、ゾロは大きく息を吸った。 「だって嬉しくて、泣きそうなんだよ」 そう言って笑ったサンジの顔は闇の中に浮ぶ月の様で、それならばたまには月に酔うのも悪くないとゾロは思い、そう 思った自分に悪酔いした。 |