under the sun 4 頭数が増えるにつれ、脛に傷持つ者と、手に職持つ者が増えた。 例えばナミは航海術。チョッパーは医術、ロビンは知識に富んでいるし、サンジはもちろん料理が出来る。 そんな中、海賊船ともなれば武術の心得のあるものや、銃器の扱いに長けた者は当然の如く、鍛冶職人から果ては花の栽培に精通しているも のまでもが揃っている。いわば小さな集落と言っても過言ではなかった。 「ウソップがいい」 だがそうやってゾロは、必ず鍔の緩んだ刀をウソップのところへ持ってきた。 「お前さあ、刀鍛冶も細工の出来る職人も居るんだぜ?そっち行けよ」 そう言うと必ずゾロは不貞腐れたように黙ってしまうのだ。それにウソップはやれやれと言った風に溜息を漏らすのだが、本当はいつだって誇らし げに刀を掲げた。 ゾロの提げている刀は結構な業物で、本来であればそれほど手入れの必要がないような一品だ。けれどもそれは普通に使っていればの話で、 何しろゾロは人を斬るのが仕事のような男だ。その上海風は刀の大敵である。その様な状況ではどうしたって頻繁な手入れが必要になった。 「俺は狙撃手だって、何度言えばお前は分かるのかね」 細かなビスを一つ一つ丁寧に外し、なくならない様一つ一つを小さなケースに仕舞って行く。手馴れた様子のウソップの横で、ゾロは上機嫌で寝 転びその様子を眺めている。 その様子を見守る外野はひどく遠巻きだが、無遠慮な視線は隠さない。ウソップはやっぱり少し得意に思い、長い鼻を高くした。 「本当にお前は器用だなあ」 そんな風にゾロはいつも感心するので、ウソップは余計に気分がいい。上手く使われているような気がしなくもないが、ゾロが本気で言っているの が分かるから、結局ウソップはその頼みを断れないのだった。 昨日とはうって変わって船内は穏やかだ。 昨日であれば朝から二人で振り撒いていた、一種異様な花の欠片も見当たらない。だが今度はウソップにゾロはべったりで、何となくウソップは 背後が穏やかでないのだった。 いきなり後ろから足が飛んでこないとも限らない。 手元の刃に自身を映し、うっかりそこへ顔を飛び込ませて真っ二つになる己を夢想しゾッする。時々謂れのない暴力が降りかかるのが海賊船の 特質と言っても過言ではなかった。 「具合、良くないか?」 ゾロの声にハッとし振り返れば、不安げな目とかち合った。今ウソップがばらしている刀は、ゾロが事の他大切にしているのを知っている。ウソッ プは慌てて首を振った。 「いや、大丈夫だ。ちっと手順を考えてただけで」 「そうか」 そんな風にほっと、あからさまにされてはひどく罪悪感を感じてしまうではないか。ウソップは止めていた手を再びすべらかに動かした。 「今日はいいのか?」 「ん」 何が、とは聞かない辺りゾロも心得ているようだ。朝食の時も別段普通にサンジに接していたし、それはルフィに対しても同じだった。その後はい つもの日課でルフィは船首で海を眺めたり甲板掃除のクルーをからかったりしていたし、サンジは食事の片付けと昼の仕込をしている。ゾロはその ままウソップのところへ来た様だった。 「なあ、ウソップ」 「なんだ」 「人間っつーのは、難しいなあ」 ぶうっと思わず吹きそうになったウソップに、ゾロは至極真面目に溜息をついた。 「俺はサンジが好きだが、お前も好きだ」 手元が震えてどうしようもなく、危うく刀身を落としそうになって持ち直したウソップだったが、その言葉で今度こそ確実に刀身を落とした。キン、と 澄んだ音が甲板に響く。しかしゾロは大丈夫か?と言ったきりあまり気にした風もない。ウソップばかりわたわたとして刀身を拭き清めて鞘に戻し た。 「それはルフィもナミも変わんねェ」 側臥位でゾロは遠くを見ながら呟いた。上空を吹く風が雲を散らして良い天候だ。水平線がきらきらと光って眩しさが空との境目を曖昧にしてい る。そのゾロの横顔を見ながら、ゾロも変わったのだとすとんとウソップは実感した。 離れていた間の時間や距離は、年齢と共に変わる風貌や表情、体型でそれと分かるが、こんな風に直接的に会話の中に改めてその遍歴を思 う。きっと一人で居た間、ウソップには想像もつかない壮絶な事や突拍子もない事がゾロの身には起こったろう。元々行き当たりばったりで生きて いるような男だ。先々の予想など一切しなかったに違いない。争いを好んで起す男ではないが、楽しむだけの度量はあった。 きっと昔のゾロなら、こんな事は言わなかったし、そもそも考えもしなかったに違いない。 若い時分の事なら我が身にも覚えはある。確かにその言葉は重かったが、今よりずっと考えなしに使う事も出来た。だがその中に一方的な劣等 感や敗北感を感じ、口をつくのを躊躇わせる。そんな言葉だ。 今となってはその言葉に感じる重みは同じでも、その深さは昔と違う。感情に勝ち負けはなく、またその時々の瞬間が如何に尊いかを身を持って 知ってしまった。 必ずしも明日が今日の続きではない事を、昔よりずっと真剣に今は知っているから。 「…俺だって、お前の事好きだぜ。もちろんナミも、ルフィも。…サンジもな」 うん、とゾロは頷いた。子供のような仕種は、深く物事を考えているせいだ。動作にまで気が回っていない。 「でも、好きっつーのは、いっこづつ違うもんなんだなあ」 そう言ってゾロはゴロリと上向きに寝転んだ。頭の後ろで腕を組む。いつもの昼寝の体勢だ。 「そうだな」 空をじっと睨む無心の目に、多くの人の中で育ったが、海に出てからは自然と感情を殺す事が身についてしまったと、大分以前にゾロのが言って いた事を不意に思い出した。確かに生き抜くためにはそれはやむをえなかったに違いない。一々思ったことを顔に出していては、命が幾つあっても 事足りない。何があっても冷静に。或いは不敵に笑うくらいの余裕を常に持って居なければ生き残れない。 あの頃、ウソップにはそんな事は分からなかった。だからなんて表情が少ない男なのだろうかと、時々ゾロが不思議だった。年齢がそれ程離れ ているわけではないのに、ひどく落ち着いて見えるゾロ。だが内心では何を考えていたのだろうか。 「お前らが居たからだぜ」 「あ?」 ぼんやりと考えていたウソップはゾロの言葉に振り返った。途端にかち合ったゾロの目は、驚くほど穏やかで勘違いでなければ慈しみさえ感じら れた。 「一人じゃ分からなかった」 そう言って、ゾロは照れくさそうに笑った。やっぱりその顔は子供みたいだった。 そうして思う。ゾロの中のたくさんの感情は、きっと子供の頃から隠されたまま使われず、ずっと無垢のままにいたのではないだろうか。だから 今、こんな風に不意に現れる表情が、こんなにも幼く感じ、また愛しいと思うのだ。 精悍に研ぎ澄まされた横顔、伏せられた目の思慮深さ、また見つめられた時の真摯さ、成熟しあます事無く鍛えられた手足。何処から見ても同 性から羨まれてあまりある魅力を備えた男。 その中に、そっと子供の様なやわらかな魂を隠して。 「その中の一つが抜きん出て特別なのは、悪い事じゃねェよ」 「ウソップ」 「皆お前が可愛いだけだろ」 「かわ…?」 「癒し系だし」 「は…?」 「植物だから」 「…おい」 「だってまりもだろ?」 「ウソーップ!」 「そういう事に、しておけよ」 「…ウソップ」 気勢をそがれた様に、勢い込んで体を起したゾロの肩がかくんと下がった。羞恥のせいかつり上がっていた眉もへなりとしている。ウソップは出 来うる限りの誠実さでその目を見た。 「自分に嘘をついて、お天道様に顔向けできる道理もねェよ」 ゾロは困ったようにますます眉を下げた。いっそ泣きそうにも見える。しかしじっと見つめ返す目は逸らさなかった。 「お前はお前のしたいようにすりゃいいよ。それが間違ってるなんて、俺が誰にも言わせねェ。お前はお前の太陽の下を、大腕振って歩いて行け」 今までずっとそうだったように。 そういうお前が、好きなのだから。 ゾロはやっぱり困ったように首を傾げ、何度か忙しなく目を瞬かせた。なかなか答えようとしないゾロだが、ウソップにはもう答えが出ていることは 分かっていた。 「…サンジは特別なんだ」 「ああ」 「だからって、他の奴らを蔑ろにしたいわけじゃねェ」 ふい、と俯いたゾロの目蓋が、小さく震えた。その繊細さにウソップは途端に楽しい気分になって、素直にそのまま爆笑した。 「アホウ!俺たちをみくびるんじゃねーの!」 ばんばんと盛大にゾロの背中を叩きまくる。ゾロは目を白黒させて突然の事に咳き込んだ。 「な、なにを」 ゲホゲホと咳払いを繰り返し、ゾロはうっすらと涙目でウソップを見上げた。目の中に宿るのは変わらず困惑だが、しかし確かに安堵の色も窺え る。ウソップは口を閉じ、口の端を引き上げて大きく微笑んだ。 「お前がどんだけ仲間を大切にしてるかなんて、そんなもんとっくの昔に皆知ってるさ………おい、あんまり恥かしい事言わせんなよ」 いやらしいヤツだなあ、と言えばゾロは焦ったように否定しようとして、しかし結局黙って頭を掻いた。 なあ、なんだかお前は年を経る度、月日を追う事人間らしくなっていく。それを見る事がどんなに楽しく嬉しい事か、お前には分からないだろうな。 そしてそれを見る事の出来なかった永い時間を、どんなにか悔しく思っているのかを。 「ウソップ」 目が潤んで泣きそうなのに、その光の強さは変わらない。 やっぱりお前はいい男だよ、とウソップは思った。 そしてどうしようもなくやさしい男だ。 時にそれが残酷だとしても、決してやさしさに罪はない。 突然伸ばされたゾロの手が、ウソップの頭をぐりぐりと撫でた。その力があまりにも強くて不平を漏らしても、ゾロは止めず、至極真剣な様子でそ うしているので、ウソップは仕方なく黙って勝手にしろとばかりに胡坐をかいて改めて刀の手入れのために道具箱から用具を出した。 しばらく経っても止めないゾロに、ウソップは首がもげそうだと思ったが、あんまり嬉しそうにゾロがにこにこするので結局やっぱり何も言えず、ウソ ップは大きく溜息をついた。 心地よい陽だまりの、太陽の下での出来事である。 番外は基本的にサンゾロ以外のお話なんですよ。 |