ぷれぜんと


















 朝から騒がしいのはいつもの事だが、殊更に騒がしいのは何故だと眉根に皺を寄せつつ、扉を開くと直ぐにゾロは理
解した。ラウンジはきらびやかに飾り立てられ、横断幕にはでかでかと『サンジくんお誕生日おめでとう』と書かれていた
からだ。
 なるほど確かに、サンジの米神には青筋が浮かんでいるし、いらいらすぱすぱと喫煙量もいつもの倍だが、ラウンジ
でばたばたと埃を蹴立てて走り回るクルーを怒鳴れないのは自分のためだからだ。流石に相手が男といえど、その程
度の分別はあるらしい。ゾロはやや感心し、どっかといつもの定位置に腰をおろした。
「お前、誕生日なのか?」
「まあなッ」
 半ばやけ気味のサンジだが、機嫌が悪いといった風ではない。こんな様でも嬉しいらしい。ふうんと気のない返事で返
しながら、本人の目の前で楽しげに部屋を飾り立てるルフィたちを眺めた。確かにどう理由をつけたところで、サンジを
長時間ラウンジから払うのは難しい。特にルフィとなれば、てこでもサンジは動かないだろう。食料を荒らされるのが目
に見えているからだ。結局隠すのをあきらめた後は、この有様らしい。だが流石にプレゼントの中身まで丸見えという
のは如何なものかと、あまり気の回らぬゾロでも思った。するとその視線に気づいたのか、急だから気ぃ遣う間もねぇ
よ、とウソップは言い訳した。どうやら今朝になって急にナミが言い出した事らしい。
「俺はなんも用意してねぇけど」
「はなから期待してねぇし」
 いい様どん、と目の前に置かれたカップを大人しく口に運ぶと、独特の香りがふわりと昇り、次いでとろりとした甘さが
舌を転がった。
「甘酒か」
「なんだ。知ってるのか」
 つまんねぇの、と立ったままサンジも味見をしている。その目は楽しげにはしゃぐウソップとチョッパーを静かに見てい
た。やはり悪い気はしないらしい。
「…俺の故郷の方の飲みもんだぜ、これ」
「え、そうなのか?」
 飲み干したカップを指差すと、サンジは驚いて目を瞬き、ふうんと感心したように鼻を鳴らした。
「そういや、米の酒もお前の故郷で作ってるって、言ってたか…。そうか…」
 頷いて、サンジはじっと手元のカップの中を見ていた。確かにサンジのいたレストランの系統と、ゾロが故郷で食して
いた料理の系統は明らかに違っていた。サンジにとっては珍しい食材だったのかも知れない。
 以前もサンジの知らない食材を、ゾロだけが知っている事があった。その時、てっきり悔しがるかと思ったゾロだが、
意外にもサンジはそれにいたく感心し、その食材について教えてくれとゾロに頼んだのだ。素直に。何のてらいもなく。
身構えていたゾロは拍子抜けしてしまい、その時は随分と食文化の違いについて話が弾んだのを覚えている。確か昼
頃に食材を仕入れに市へ行き、そこで件の食材を見つけてやりとりが始まってから、夜中過ぎまでそれは続いた。早仕
舞いの酒場から、追い出されて終わったはずだから確かだ。料理のためならば、サンジは余計な意地を張ったり、虚
勢を張ったりしないのだとその時知った。
 それがやけに印象的だった。
「これもお前の、誕生日の料理の一つか?」
 コンロの上には、大きな寸胴が二つ乗っている。まさかあの中身がすべてこれだと思わないが、祝いの酒には違いな
い。だがサンジはいや、違う、と首を振った。
「三日がなんか、お姫様のお祝いの日だとかナミさんが言ってたからさ。なんか変わったもの出そうかと思ってたんだけ
ど。いきなり今夜宴会になっちまったから一日早くしただけ。流石に二日連続で宴会出来るほど、食材もねぇし」
 まさか自分の誕生日を祝われると思っていなかったらしい口ぶりに、ゾロは少しむっとなった。
「お前、なんで早くに今日が誕生日だって言わなかったんだ」
「うーん、なんでって事もねぇけど。元々祝う習慣がなかったから、忘れてたってのもあるし」
 思い出していたにしろ、きっと自分からは言わなかったのだろう。容易に分かって、ゾロはますますむっとした。
 他のクルーの誕生日の時、どれだけサンジが丁寧に料理を作っていたのかを知っている。前の晩からこまごまと、本
人には気づかれぬよう、ラウンジの明かりを小さくしていたのを知っている。
 それなのに、自分の事にはまるで無頓着なサンジ。
 ふと、ゾロは気がついた。あからさまに目の前でラウンジを飾り立てるルフィの意図や、目の前でプレゼントを用意す
るウソップの意味に。

 きっと、他のクルーたちも、ゾロと同じ理由で、本当はむっとしているのだ。

「さて、それじゃあ俺も、なんか用意するか」
「は?なんの?」
 本気で分かっていないらしいサンジの手に、空のカップを押し付ける。ぽかんとしたサンジの顔ににやりと笑って、ゾ
ロはぶんぶんと肩を回した。
「お前の、誕生日プレゼントに決まってんだろう」
「はあ!?」
 素っ頓狂な声を上げるサンジは、髪の毛が抜けそうな程驚いている。よっぽど意外であったらしい。なんだよ、俺が祝
っちゃ異常かよ。余計にむっとし、これはなんとしても大喜びでもさせねば気が済まぬと、ゾロは鼻息を荒くした。

 ぜってぇ、びっくりさせてやる。

 もはや何が目的か、半ば忘れているゾロだったが、その夜、いつもは味わえぬ幸福をサンジが与えられるのは言うま
でもない事のようだった。























(2005/03/02)

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サンジさん、お誕生日おめでとうございます!
 (ゾロのために)生まれてきてくれて、ありがとう!!
これからもいっぱいゾロに愛されればいいよ。
大好き!