ヒカリノオト







 きみがわらう ぼくもわらう





 夜半を過ぎて急に風は勢いをなくし、海は凪いで船はまるでピクリともしなくなった。
 空は晴れてずっと上の方まで澄んでいる。
 ゆらゆらと僅かに揺れる船は揺り籠の要領で、まるで子守唄のように心地よい。
 ゾロは風の向きをもう一度確認し、月の光に形を透かす雲の波間を覗いて大きく息を吐いた。
 アラバスタを後にしてから、すっかりと夜は停泊が身についた。
 先を急ぐ旅でもないでしょ。のんびりとした様子で航海士はそう言った。いいでしょ?と一応同意を求めるものの、航
海に関してナミに逆らう者などいない。
 船長も別段異論なく、ああいいよ、と口いっぱいにものを含んで頷いた。
 そんな様子で、夜番も至って暢気なものだった。
 夜の闇に乗じて夜襲をかけるには今夜の月は明る過ぎ、さりとてそれを頼りにするならばこちらからもよくよく見える。
特にそういった類の気配に聡いゾロが夜番なら、目視できる位置に船が近づいた時点で容易に捕捉する。
 いつもは居眠りの多いゾロだが、そういった場面では大いに信頼が厚く、ナミにしても心配する風はない。
 かえってよく眠れるといった風情だ。
 ゾロはどっこいしょ、とできる限り体を伸ばした。見張台の中は大層狭い。
 特にゾロが大柄だというわけでもないが、大人の男が入ればいっぱいになってしまう塩梅だ。
 お陰で一晩ここで過ごすと、体がぎしぎしと強張ってしまう。
 夜は基本的に交代制だが、面倒で次の相手を起こさずに、ゾロはそのまま朝まで通してしまう事が多かった。
 そのせいで昼は転寝がどうしても多くなってしまうのだが。
「?」
 神経の端に、僅かに人の気配が引っかかった。月の位置からしてまだ真夜中だ。
 便所にでも起きたのだろうと下を見ると、男部屋の入り口の蓋が開いており、その横には白い人影がぼんやりと月の
光に照らされて立っていた。
「…何やってんだ?アイツ」
 訝ってじっと見下ろしていると、人影は不意にゾロを振り仰いだ。
 頭からすっぽりと毛布を被っているせいで、余計に夜の甲板では浮き上がって見える。
 いくら月が明るいといってもランプ一つないのだから、あまりにも鮮明な姿は不自然であったが、それも光を弾く毛布
のせいであれば頷けた。
 人影はただじっと、何も言わずにこちらを見上げている。
 毛布の隙間から覗いた髪が、毛布よりも余計に光った。 
 サンジだ。
 ゾロに用があって起きてきたわけではないだろう。こんな真夜中なら尚更だ。
しかしそう思うものの、何故かサンジはじっとこちらを睨んだままで、動き出す気配がない。
 まさかどうしたとここから大声で問うわけにもいかず、ゾロは少し迷って、しかし結局面倒になり顔を引っ込めた。用が
あれば、向こうから来るだろう。
 
 キシ。

 時折四方に視線をやり、だらしなく弛緩しながらゾロはしばらく見張りを続けていた。存分に昼間寝ていたお陰か、今
夜はまったく眠くならない。風もなく、波は穏やかで用心する要素は何もなかった。
 そんな折、不意に耳元で縄の軋む音が聞こえた。
 まったく気配を感じなかった事に一瞬体が強張った。しかし直ぐにそれが知った気配である事を悟り、ゾロはまた力を
抜いた。
「寒くねぇのかよ」
「別に」
 サンジはよっこらしょ、と縁をまたぐとドカリとゾロの斜め前に胡坐をかいた。変わらず頭から毛布を被っている。何故
だろうかという疑問は、その問いに容易に解けた。
「昼は暖かかったのにな」
「ああ」
 昼は汗ばむくらいの陽気で、そのつもりでゾロも見張台に上ったのだが、なるほど確かに幾分か肌寒いかもしれな
い。暑さ寒さにあまり頓着しない性質だが、言われればやはり寒いような気がして、ゾロは無意識に腕を擦った。
「やっぱ、寒いんじゃねぇ」
 だらしなく寄りかかり、サンジはひどく上の空でそう言った。実際視線は真上を向いている。そのせいで顎の下の薄い
髭が良く見えた。
「…寒くはねぇが」
「ふん」
 口を歪めて、嫌な笑い方をしたのが見なくとも分かった。それにムッとし押し黙れば、サンジはふと顔を戻した。
「俺は寒くて目ぇ覚めた」
 それがどうした。だがその言葉は、口の中でそのまま止まった。こちらを見るサンジが、何かを伺うような様子だった
からだ。軽口など言ってはいけないような気がして、ゾロは戸惑い眉を顰めた。それにサンジは、また口元だけで笑っ
た。今度は何かを諦めたような、情けない笑みだった。
「なに」
「なんでも」
 そのまま誤魔化すつもりなのだろう。ふい、とサンジはまた顔を背け、空の端で瞬いている星に視線を逃してしまっ
た。それが無性に気に入らず、ゾロは容赦なくサンジの脛をブーツの踵で蹴飛ばした。
「いてぇ!」
「途中で逸らすな」
 恨めしげな顔をするサンジを睨むと、涙目は気まずそうに伏せられた。わざとだ。一方的に試すような方法はゾロを
不機嫌にさせるだけだと、未だにこの男は分かっていないらしい。それがまた気に入らず、今度は軽く、もう一度足を蹴
った。
「…乱暴モノめ」
「ふん」
 口を歪めて、嫌な笑い方をしてやった。先程のお返しだと思う。サンジも分かったのか眉を下げてむにむにと口を動
かした。
「不自然か」
「スゴクな」
 そうかい、とサンジは膝を立てて両腕で抱え込むと、その間に顔を埋めた。そうすると体表のほとんどは毛布に埋も
れ、見えるのははみ出した前髪と足先だけになった。そして何故か、寒いと言うくせに裸足だった。
「おめぇが用もなく、こんなところに来るかよ」
「……」
 塊は無言で、それが返答と言えなくもない。無言で何を量れというのか。それとも何か言って欲しいのか。どちらにし
ろゾロにその気はなく、ならばサンジが口を開くまで気長に待つ他なかった。
 まだ朝は遠く、ゾロは丁度時間を持て余していたのだ。
 上空だけは風があるのか、ゆっくりとした速度で雲は背後から迫って船を置いて去っていく。時々月はそれに隠れて
翳ったが、薄い雲は直ぐに散って、存外相手の輪郭位は明確だ。だが細かな表情はどうかといえば、感情を一番表す
目は暗く翳って夜目の利くゾロでも、少しばかり気配で察しなければならなかった。だがサンジは元々感情が目に出や
すいくせに気配の読みにくい男で、その目が見えなければ言葉をそのまま受け取るしかない。他の者であればいくらか
気配で真意が読める。しかしサンジに限ってそれが上手くできないのは、多分サンジが意識して隠しているからだとゾ
ロは思っている。同年代の、対抗意識の成せるわざだろうと思うが、あまり面白くはなかった。
「なあ」
「なんだ」
 蹲ったままのサンジの声は毛布の中でくぐもっていて聞き取りづらい。ゾロは自然と体を起こし、サンジの方へ近づい
た。
「暖めて、くれよ」
 言葉と行動は同時だった。言葉を聴き取ろうとしていたゾロは油断して、毛布の隙間から伸びたサンジの腕を拒めな
かった。そのまま力任せに腕を引かれる。前のめりに突っ伏すと、待ち構えていたようにサンジの腕に抱きとめられ
た。
「おいっ」
「寒ぃよ」
 倒れこむ一瞬に開かれた毛布の中にゾロはいた。サンジの体温を、こんなにも近く感じるのは初めてだ。背中には強
く両腕が巻きつき、身動きもできずにゾロは混乱した。サンジはいつもの上着を着ておらず、白っぽいシャツ一枚の布
越しに、丁度押し当てられる形になった胸は早鐘を打っていた。
「あんた、体温高いよな」
 頭の天辺に、暖かなサンジの吐息がふうっと降りかかり、ゾロは無意識にブルリと体を振るわせる。全身がサンジを
意識して肌の表面は異常なほど鋭敏になっていた。
「気持ち悪ぃ?」
「…いや」
 嘘のつけない自分をこんな時ばかりは忌々しく思う。相手に勢いづかせるような事を言うなど馬鹿らしいが、しかし実
際サンジから移る暖かさは単純に心地よい。初めは感じていた緊張も、しばらくじっとしていれば意識は慣れてサンジ
の存在を受け入れた。段々とゾロの体が弛緩していくのが分かるのか、まるで閉じ込めるかのように力を込めていたサ
ンジの腕から力が抜け、やがて穏やかにリズムをとってゾロの背中を上下した。
「眠い?」
「俺は見張りだゼ」
「どうせ、俺は起きてるし」
 寝れば?とサンジは言うが、この状態でどうして眠る事ができるのだ。だがそれを言うのも少しばかり癪に障る。ゾロ
はむうっと押し黙った。いつの間にかサンジの鼓動は落ち着いて、まるで自分ばかりが妙に意識しているようにゾロに
は思われた。
「それにこの格好じゃ、見張りにならねぇよ。どうせ」
 ゾロは未だサンジの腕の中、毛布に埋もれて周りの見えない状態だ。確かにサンジの言う事にも一理あるが、さりと
て納得はしかねる。なんといってもこの状態を作り出しているのは他ならぬサンジだ。一方の腕はサンジと圧し掛かっ
た自分の下に挟まれて自由にならぬが、毛布の端を掴んで彷徨っていたもう片方で、抗議に変えて脇腹の辺りを軽く
叩いた。
「お前が放せば、見張りに戻れる」
 道理である。ゾロは暗にサンジを責めた。だがサンジはまた背中に回した腕に力を込め、無言でそれに逆らった。
「おい…」
「俺がっ」
 放せ、と今度こそキツク言おうとした矢先、サンジが遮った。先程とは打って変わったひどく切羽詰った言い方に、ゾ
ロは驚き言葉を詰まらせた。
「なんでこんな事してるのか、聞かねぇの、お前。なんとも思わねぇの」
 押し当てられたサンジの胸が、また足早に駆けている。詰め寄るような言い方は、だがそれ以上に悲痛な響きがあっ
てゾロを驚かせた。
「…聞けば答えるのか。お前は」
 無意識に避けたのは、追い詰めてはいけないような気がしたからだ。本能で嗅ぎ分けた何かをゾロは信じ、それに従
った。だがサンジはそれを許さないというのだ。そんなことをすれば、どちらかが、あるいは両者が傷つくと分かってい
ても、サンジは許さないと。
「それを言いに、ここまで来た」
 サンジの腕から、突然ぱたりと力が抜けた。そのままだらりと投げ出され、ゾロはようやく毛布の世界から解放され
た。一時月にかかっていた雲はいつの間にかよく晴れ、体を起こすと目の前にあるサンジの目がよく見えた。目の奥
の、深い部分が光っている。きらきらとしたその光に、ゾロは半瞬魅入られた。サンジは無言のまま、何度か瞬きその
光を消したが、開く度に現れるそれにゾロはまた魅入られる。逸らせぬままでいれば、サンジは困ったような笑いを見
せた。
「俺は時々、あんたが憎いよ」
 何故。反論は突然のくちづけに奪われた。ゾロはただ驚いて目も閉じぬまま、同じように薄く開いたサンジの目の中
の光を見た。
「あんたがあんまりにもひどいから」
 今度の戒めは、力加減のないものだった。背骨はぎしぎしと痛んだが、自失のままでゾロは黙って受け入れた。
 首筋にサンジの口元が押しつけられる。シャツが吐息に暖かく湿った。
「ゾロ」
 サンジの声は震えていた。ゾロのシャツを握り締める指先も。それをはっきりと感じながら、サンジの肩越しの風景は
穏やかな月夜で、群雲もいつの間にかどこかへ消えて明るいから、それをサンジに見せてやりたいとゾロは場違いに
そんな事を考えていた。


「あんたが、好きだよ」










 サンジは目の前が暗くなるような気分でソファの端で蹲り、惰性で流れる煙草の煙を眺めていた。扉を閉め切ってい
るせいで空気の流れはないに等しく動きは鈍い。いつになっても拡散せず、溜まる一方の煙る空気を払う気にもならな
かった。

 ゾロは結局、何も言わなかった。

 ただサンジの目をじっと覗き込み、何事か量る風を見せたがそれだけだ。咎めはせず、だが引っ込めたサンジの手
を止める事もしなかった。
 今まで何度も、ゾロが何を考えているのか分からないと思ったものだが、今ほどではない。

 なぜ、抱擁を許したのか。
 なぜ、くちづけを許したのか。

 なぜ。

 答える相手のいない問いかけを、虚しく何度も暗闇に繰り返す。その度に心が陰鬱な影に覆われていくのを感じてい
た。しかし板一枚隔て、甲板へ上がれば外は貫けるような晴天だ。夕暮れには美しい夕焼けを見る事もできるだろう。
天候の移り変わりの激しいこの海で、気候の安定する事は喜ばしい以外の何者でもないが、こんな時ばかりは雨でも
嵐でも吹けばいいと自虐的に考えた。そうすれば考える暇もなく、右往左往と走り回って日は暮れる。嵐が去れば疲労
に体は勝手に眠りを貪るだろう。ただ平穏な夜が来る事を、身勝手と知りつつ、深く恐れた。
 甲板を走り回る音が、鈍く低く耳に響く。それを追ってきゃあきゃあと甲高い子供の声が聞こえる様は、とても海賊船
とは思えない。しかもその中に船長が混ざっているのだから恐れ入る。また何事か周りを巻き込んで青空にはしゃいで
いるのだろう。その様子を微笑ましく簡単に想像できるのに、そこに自分がいる様を想像する事は難しく、その中にあ
の仏頂面を混ぜるのはもっと難しかった。
 終始黙って聞いていたゾロの目を思い出す。静かな目をして、表情は実に穏やかだった。そんなゾロを間近に見たこ
とがなく、それが余計にサンジを動揺させた。だが最終的にゾロは、そっとサンジの胸に手をつき体を起こすと、言葉も
なくサンジから離れてまた遠くを見る見張りの作業に戻ってしまった。そうして背を向けてしまったゾロに何を言えるわけ
もなく、サンジは無言のままその場を去ったのだった。
 答えを期待していたわけではなかった。それが、自分に都合のいいものであるという事も。だがそのようにして実際、
目の前で言葉を消されてしまうのは正直ショックであったし、傷ついた。非常に勝手な言い分ではあるが、何がしかのリ
アクションがあって然るべきと思い込んでいたのだ。サンジは。だがゾロは何も言わず、朝食の席で顔を合わせたとこ
ろでいつもと変わる所もなく、行儀の悪いルフィを叱り、皿から零れたチョッパーの飯の世話をし、ナミと何事か秘密の
目配せをしていただけだ。サンジに向けられた言葉と視線に含むものなど一寸もなく、あまりにいつも通りの振る舞い
に、流石のサンジもしばし呆然とした。訝ったロビンに話を向けられなければ、しばらくそうしていたに違いない。しかし
それでも、ゾロはサンジに特別な視線を向ける事は一度もなかった。

 無視されたのだ。ゾロに。なかった事にされた。

 はっきりと言葉にすれば、余計にその事実はサンジを深く傷つけた。
 何度も昨晩のゾロを思い出す。
 視線。振る舞い。言葉の一つ一つ。その指先の意図するところさえ。だが結局そこから見出せるものなど何一つなく、
現実の事象だけがサンジに残された唯一だった。
 それともあの時、問いかければよかったのだろうか。答えを求めれば、あるいはゾロは。
 しかしその考えは即座に打ち消した。ゾロは自分の意思でのみ自身を動かす。答える気があれば、その場で直ぐに
返したろう。それがなかったという事は、ゾロにとってそれが、返すだけの価値がなかっただけだ。それだけだ。
 抱え込んだ膝に顎をこすりつけると、ざりざりと髭が潰れるような音を立てて骨を伝った。船体に打ち付ける水音が僅
かに上ずり、時折風が強く吹くのが分かる。それでも静かな船底は、余計にサンジの気を苛んだ。
 見事に斬り捨てられたのだと、理解するにはもう少しだけ時間が必要だった。










 何度ズボンで拭っても、手のひらは何度も湿って、ゾロは危うく二度、フォークを落としそうになった。
 それでもどうにか顔には出さず食事を摂る。何度かナミがちらちらと視線を送っていたが、なんでもないと目で返し
た。
 皿から逃げたベーコンを、ルフィに取られたと泣きそうになるチョッパーの代わりにルフィを殴りながら、ゾロはふわふ
わといつになっても落ち着かない。しっかりと足が床板についているのか、直接見て確かめなければならないほどだっ
た。ウソップがコソッとゾロの皿にキノコを乗せてもまったく上の空だった。
 未だに昨晩、サンジに言われた言葉が頭を回っていた。
 あんなサンジを見たのは、初めてだった。驚くほど真剣なその目は強く、それなのに言葉は不安げで指先は震えてい
た。それはゾロにも同等以上の真摯さを要求しているかのようだった。
 何とか食事を終え、そそくさとラウンジを後にする。食事後に茶を飲む習慣のあるゾロの引き上げの早さに、またナミ
が視線で問いかけてきたが、そこは軽々しく口の端で笑ってあしらった。あとで仕返しがあるかもと思ったが、とにかくあ
の場から離れたかったのだ。
 落ち着かない。まったく落ち着かない。サンジがそこにいると思うと、それだけでゾロはソワソワと心が急いた。
「???」
 自分が何故その様な状態になるのか分からず、頭の中は疑問符でいっぱいだ。ラウンジの前を通り、中央甲板へ行
こうと足を踏み出したが、そこには既に床板はなく、そのまま見事に階段を転げ落ちた。受身をまったく取らずに落ちた
がたいして痛くはない。逆さまの視界の中、階段の上で呆気にとられるウソップと目が合った。
「何してんだ…?ゾロ」
「…受身の練習」
 苦し紛れの言い訳だが、ウソップは変なところで素直なので、そのまま信じたようだった。これで嘘つきと呼ばれてい
たとは恐れ入る。ゾロはこんな風に無防備でお人よしな嘘つきを見た事がなかった。
 よっこらしょ、と体を起こし、そのまま這いずって適当なところで腰を落ち着けた。壁板に寄りかかって息をつく。いつ
の間にか随分と呼吸は楽になり、気持ちは落ち着いていた。
「…サンジ、変だったな」
 途端に背筋が跳ね上がった。ウソップは気づかず、ゾロの隣に腰を下ろす。ゾロはその横顔を凝視した。
 昨晩とは打って変わり、強い風がばたばたと旗を鳴らし、帆ははちきれそうな程海風を孕んでいる。ウソップはそれを
少し愛しそうに見上げてから胡坐をかいた。
「喧嘩って風でもないよな」
 同意を求めるウソップに頷いていいのか一瞬迷い、結局曖昧に首を傾げた。それにウソップはちょっと笑って、まあ、
いいけど、と言った。
「なんか、ちょっと珍しい感じだったからさ。喧嘩じゃねぇのは、見て分かるし」
「…珍しい」
「なんか、お互いに意識してるって感じだよな。さっきのは」
 ゾロはしばし愕然とした。意識してるって?誰が?誰を?
「ウソップー!さっきの話の続きー!」
 突然響いた甲高い声に、ゾロはびっくりして飛び上がりそうになった。ラウンジの前からチョッパーが身を乗り出して覗
き込んでいる。小さな体が縁から零れ落ちそうだ。
「おお!そうだったな。悪ぃ悪ぃ」
 身軽に腰を上げるウソップを見上げながら、ゾロは上手く考えがまとまらず、ただじっとその様子を見送った。ウソップ
は完全に立ち上がってから背筋をぎゅうっと伸ばして振り返った。
「お前らって、今一お互いに踏み込めてねぇって感じだったから、丁度いいんじゃねぇの」
 さらりとそれだけ残して、ウソップはチョッパーと行ってしまった。後をついて行くルフィの姿も見える。海賊船も何もあ
ったものではない、なんともほのぼのとした光景だった。しかしそれとは裏腹にゾロの心中はどうにも穏やかではない。
混乱よりも困惑が勝って、縋る様に空を見上げた。早い風は雲を蹴散らし、かえって晴天をもたらしている。日差しは
直情的だが気温は過ごしやすく、風はさらりとして肌に心地よかった。
 だが、ゾロはそれを楽しむ余裕はあいにくと今はなかった。
 頭の中に居座る言葉がまた増えた。ウソップが、余計な事を言いやがった。ゾロは舌打ちし、乱暴に頭をかいて不貞
寝を決め込もうと目を瞑った。しかし思考は休まる気配がなく、ともすればふわふわとした気分は浮き立って体を動か
し、今にも駆け出してしまいそうな高ぶりを見せている。これはどういう事だと自分で驚き、終いには諦めて起きざるを
えなかった。
 立ち上がり、ウソップをまねて背筋を伸ばす。相変わらず足元はどうにも心もとないが、先ほどよりは随分マシになっ
たようだ。どうせ気持ちが落ち着かぬのならそれだけの事。ゾロはトレーニングでもするかと肩をぐるぐると前後に回し
た。










 昼食を終え、最後の一人がラウンジを出て、初めてサンジは腰を抜かしたように椅子に倒れこんだ。
 冗談じゃない。こんな事を一体何度続けさせる気だ。
 慌てて捲り上げたせいで、シャツの袖は不恰好に歪んでいる。寝坊して、きちんと整える余裕がなかったのだ。そんな
事にも気づかず、半日を過ごしてしまった。
 サンジはテーブルに突っ伏し、じっと見上げるように扉を睨んだ。
 自分一人が無様に醜態を晒している自覚は、十分すぎるほどあった。
 本当に冗談ではない。なんといっても、正直昼食の準備をするのも億劫だったのだ。
 またゾロはいつも通りだった。それを見てがっかりした自分は、やはり何かを期待していたのだと改めて思い知らされ
た。もう諦める準備はできているつもりだった。普通に会話をする覚悟も。それなのに、不自然に目を逸らす事しかでき
なかった。
 おそらく聡いナミやロビン、ウソップ辺りもそろそろそれに気づいているだろう。ゾロと自分との間に何かあったと。し
かしあくまでもいつも通りのゾロと非常に不自然なサンジを見比べて、今がまだその時と判断しなかったのか、誰もそ
れには触れなかった。唯一チョッパーが、元気のないサンジを心配して額に蹄を押し付けたくらいが精々だ。その余計
な心遣いや間の取り方が、余計にサンジに悲壮感をもたらした。なんだか自分が途方もなく哀れに感じて泣けてくる。
実際サンジは鼻の奥が微かに痛んで、誤魔化すように煙草を取り出した。こういう時、煙草というのは何かと役立つ。
物事を誤魔化すための、最高の小道具だ。

 自分でも、入れ込みすぎている自覚はあった。

 だからずっと、近づき過ぎないよう、細心の注意を払って一定の距離を保っていたのに。船が進み、激変する状況で
段々とそれが崩れていく事に、恐れと同時に安堵した事をサンジは素直に認めた。分かっている。自分でもその距離を
踏み倒すための理由やきっかけをずっと探していたのだ。だから降りかかる火の粉に託けて、サンジは周到にゾロに
近づいた。楽しかったし、嬉しかった。思っていたよりもずっと、ゾロはあっさりとサンジの存在を受け入れて、あまつさ
え隣に立つ事を当然として振舞った。このままいられればいいと思った。ゾロの隣の特等席を、自分一人が埋めていら
れれば。

 だが結局、うっかりと近づき過ぎた。近づき過ぎて勘違いして玉砕したのだ。

 ぼんやりと頬杖をついて天井を見上げ、煙を細く長く吐き出す。ゆらゆらと揺れる煙は、隙間から僅かに入る風に揺
られた。その行方をじっと目で追うと、何の前振りも前触れもなく、すうっと目から涙が落ちた。
「ばっかみてぇ…」
 憧れて入れ揚げて、勘違いして近づき過ぎた。もっとずっと遠くから、あの時みたいに眺めるだけで満足していればよ
かったのに。そうすればきっと、もう少し長くあの男を見ている事ができたはずだ。
 でも、もう駄目だった。ゾロがではない。サンジが駄目だ。もう既に、真っ直ぐにゾロを見る事ができなくなっている。時
はきっと解決なんかしたりしない。最後まで自分は、ゾロを昔のように正面から見る事はできないだろうと思った。
「切ねぇなあ」
 段階を踏む事さえ忘れた自分の幼さをただ呪う。もっと上手い方法もあったかもしれないのに、頭の中はもうそれだ
けでいっぱいだった。
 近づきたかった。触れたかった。抱きしめて、くちづけたかった。我慢なんて、できなかった。思いつきもしなかった。
 煙のせいではなく、鼻の奥がツンとして、目の縁からまた一つ雫が落ちた。拭う気力も湧いてこない。どうにでもなれと
ひどく捨て鉢な気分だった。
「みず…」
 ガタリと突然扉が開いた。呟きが途中で途切れる。なんて最悪なタイミングで、最悪な相手がくるのか。サンジはその
ままの格好で固まり、表情を繕う事も隠す事も出来なかった。扉の正面に座っているせいで、間髪入れずに目がかち
合う。扉に手を掛けたまま、ゾロも少なからず驚いたのか、目を瞠って動きを止めた。
 ああ、これ以上情けない目に合わせないでくれ。もう十分だろう。趣味の悪い偶然を作り出した何かを責めるような言
葉が浮かんだ。どうやっても上手くいかない現実を、見せ付けるような事はもう止めてくれ。もう分かったから。サンジは
ある意味達観したような気持ちでゾロを見た。予期せず正面から、ゾロを見ている事には気づかぬまま。
 その時突然、ゾロが動いた。
 塞き止めていた川の流れを、一気に解き放ったかのような動きだった。それくらいにそれは素早く、また最短で無駄
がなかった。
「どうした」
 指に煙草を挟んでいた方の腕を取られる。思いのほか大きな声に驚き、サンジはびくりと体を引いた。
「目に入ったのか」
 取られた腕を、そのままぐっと引かれてサンジは前のめりに倒れこみそうになる。慌ててテーブルに手をついた。
 顎についた手の方に、確かに煙草を挟んで持っていた。ゾロからはそれが目に入ったように見えたようだ。サンジの
目が、濡れていたせいもあるだろう。それにしても短慮に驚き、サンジは咄嗟に言葉が出ない。そんなサンジの様子
に、ゾロはそれこそ事実に違いないと思ったのだろう。さあっと鈍く顔色を変えた。
「チョッパー呼んでくる」
 まるで壊れ物のような仕草でゾロは一度、サンジの頬を撫でた。驚いて硬直すると、見たこともないような表情で顔を
歪めた。
「待ってろ」
「ちょ、ちょっと待て!」
 お前が待て、とサンジは咄嗟に踵を返したゾロの腕を取った。そのままゾロの力に引きずられそうになるのを、テーブ
ルの端を掴んで繋ぎ止める。ゾロはイライラした風に振り返った。
「何やってんだ!早くチョッパーに見せねぇと!」
「入ってない!入ってないって!」
 振り解こうとするゾロの腕に力を込めて取り縋ってそう言えば、ゾロは一瞬理解できず無表情に動きを止め、直ぐに
きょとんとした顔をした。
「じゃあなんで…」
 泣いてるんだ、とは流石に言わなかった。人並みの気遣いに驚いた。だがそれ以上に、率直にサンジを心配するゾロ
に驚嘆した。そんな事一つで胸の辺りが無条件に暖かくなる。随分と単純だと思うが嬉しい気持ちに嘘はなく、サンジ
は口元だけで薄く笑った。
「煙が目に染みただけだ」
 馬鹿な事を。簡単に見破られるような嘘を、サンジは平然とついて見せた。ここで無闇に動揺するのも、大げさな言い
訳も不要だった。どうせゾロには分かったろう。顔を見ればそれくらいサンジにも分かる。ゾロは無遠慮にサンジをじろ
じろと見下ろし、次いで大きく息を吐いた。
「それなら、いい」
 紛らわしいとは言わなかったが、早とちりは気まずかろう。サンジは掴んだままだったゾロの腕を開放した。そうすれ
ば気まずい雰囲気を打ち壊すように、足音も高くゾロはさっさと水でも飲んでラウンジを飛び出ていくだろう。目的はサ
ンジではないのだから。
 だが、ゾロは手を離しても出て行こうとはしなかった。無言のまま、確かに水を飲みに行ったものの、一気に飲み干し
グラスを洗って何故かサンジの隣に腰掛けた。椅子に両手をつき、足をぶらぶらさせている。俯いて何事か考えている
風だが、サンジにはそれが何なのかはまったく分からなかった。
 こんな時だけだと言い訳をし、サンジは懸命にゾロの横顔を眺めた。くっきりとした目、すっとした涼しげな鼻筋、今は
少し考えるように開かれた唇は薄いけれど触れれば柔らかい事を知っている。途端に大きく鼓動が跳ねた。ぎりぎり、
これ以上ないくらい近くで見た、ゾロの目の光を思い出す。真っ正直にこちらを見る目は、月の光を含んでそれ自体が
発光している様に見えた。普段はよく分からない目の色も、本当は濃い飴色であるとその時初めて知ったのだった。
「よし、分かった」
 ゾロが突然、大きく頷いた。その勢いを殺さず振り向く。咄嗟に目を逸らせなかったサンジは、また真正面からゾロの
顔を見る事となった。だがそんな些細な事は、次の瞬間完全に頭から吹っ飛んだ。



 ゾロの唇が、自分に触れていた。










 ふわふわとした気分が、一気に足元まで落ちたような感じだった。
 混乱は一瞬で、直ぐに状況が頭に届く。その後は考える間もなく体が動いた。

 ゾロは午前に引き続き、念入りなストレッチをしては見たものの、やはり気分が乗らずに手持ち無沙汰で船内をウロ
ウロしていた。途中、ルフィに散歩か?と聞かれたのでそうだ、と答えたら、驚かれた。だが直ぐに冗談だと思ったのだ
ろう。一本取られたなあと言いながらみかん畑へ上ってしまった。そのまま歩き回り、風呂場まで来たところでそういえ
ば今日は食後の茶をまったく飲んでいないのだという事に思い至った。昼食もゾロは食事もそこそこに、さっさと一人、
ラウンジを出てしまったのだ。それでもしばらくは渇きを無視して歩いていたが、結局は耐え難く、散歩の最後をラウン
ジで終わらせようと思ってゾロはふわふわとラウンジへ踏み込んだのだった。

 サンジがラウンジで泣いていた。

 一瞬、状況が理解できずに思考が停止した。次いで混乱し後は頭より先に体が動いていた。
 簡単に泣くような男ではない。それでも泣いているのなら、尋常でない理由があるはずだ。
 だがサンジは違う、と言う。煙が目に入っただけだと。馬鹿な事を。今更煙が目に染みたなどと、誤魔化しにもならな
いのに。
 それでもよかった、とゾロは思った。サンジに何事もないのなら、それで。
 そう思って息をつき、突然ゾロの中で何かが違う感じがした。何かは分からない。未だ形になっていない何か。だがそ
れが自分にとって大切で、重要である事はなんとなく分かった。なかなか形にならず逡巡し、ゾロはサンジの隣に腰掛
けた。分からない。だがサンジの傍にいれば分かるような気がしたのだ。
 ふわふわとした気持ちは、少し変わってモヤモヤになり、ますますはっきりしないものになった。胸が詰まって、喉に柔
らかい重石を詰め込まれたように息苦しい。浮き立つような感じは消えて、やりきれない気分が勝った。
 サンジだ。理由はサンジにある。それくらいはゾロにも分かった。
 どこを境目にして自分がおかしくなったのか思い出そうと頭を巡らす。しかしあまり考えずとも大体分かっていた。
 夜だ。そしてサンジの言葉を聞いてから自分はおかしくなった。足元が覚束なく心もとない。気持ちはあちらこちらとふ
わふわし、サンジが傍にいると手のひらいに汗をかいた。それは多分、緊張しているからだった。
 サンジに対して自分が緊張しているという事実に、ウソップの言葉が重なった。意識している。まったくその通りとしか
思えない。
 だが、どうして?
 サンジの隣にいると、脈が速くなるのが分かる。あきらかに異常事態だ。不自然だ。それにふと、既近感を覚えてゾロ
は泳いでいた目をテーブルの一点に据えた。大事な事を思い出しそうだった。
 そんな状態の誰かを最近見た。
 あ、と思い、スルリと突然、喉に詰まった重石が取れた。


 なんだ簡単だ。簡単な事だ。



 同じ言葉を、自分も言いたいだけなのだ。










 直ぐに離れたゾロを、サンジはあっけに取られて見返した。間近なまま、ゾロもじっとサンジの目を覗き込んでいる。
 その距離に昨晩を思い出し、そして直ぐに今の暴挙に思い至ってサンジは一気に頬を熱くした。
 熱は伝播し、目頭まで熱くなる。意識しないと途端に潤んでしまいそうだ。
 あっけに取られるサンジの頬に丁寧な仕草でゾロは触れ、確かめるようにもう一度、ゆっくりとくちづけた。
「間違いねぇな」
 そう言って、間近でゾロが笑った。
 今日の晴天の様に、びっくりするほど晴れやかな笑い方だった。
 それが今の状況に上手く合わず、それ以上にサンジが適合できずに戸惑った。
 ゾロは勝手に何度も頷き、その度にサンジの頬や額、肩や喉の辺りに手を触れた。
「な…にが、間違いねぇって…」
 喉がカラカラに渇いて、言葉が舌に引っかかった。
 きっと自分はなんとも情けない顔をしているに違いない。
 どこか冷静な頭がそう考え、しかし大部分の冷静でない頭はハレーションを起こして真っ白だ。
 突然強い光を目の前に突きつけられたようにチカチカする。
 ゾロはニコニコと驚くほど笑って、サンジの前髪をちょい、と引いてみたり、取り落としそうになっていた煙草をサンジ
の手から取り上げ、灰皿に押し付けたり、色々楽しそうだった。だがゾロは答えず、サンジは焦れて顔を顰めた。
「おめぇ、まさか、からかってるなら…」
「そりゃ、お前だろ」
 憮然として言い返し、ゾロは口元を引き締めたが、やはり目は撓んでいる。それをどう解していいのか迷うが、悪い事
ではないのだと思うことが少し出来た。
 ゾロがサンジの手を握ったからだ。
「何を…何を俺がからかうって?俺が冗談で昨日お前にコクったとでも言いたいのかよ」
 目は縋るようになっていないだろうか。感情を無理に押さえ込んだせいで語尾が震えた。爆発的な感情の前兆を腹の
上の方に強く感じる。体まで震えそうだ。
「そう思ってねぇから、俺はここにいるんじゃねぇの」
 素っ気ない口調で、だがゾロは驚くほど穏やかにサンジを見た。いつも皆で食事を摂るラウンジで、男二人が並んで
座って手をつないでいる。見詰め合って話す親密な様子は、他人から見たらどのように見えるのだろうか。サンジはま
るで人事のようにそう思い、ぎゅうっとゾロの手を握り返した。
「おま、お前、じゃあ」
 言葉が続かない。どう言えば正確に伝わるのか分からなかった。いつもは円滑に動く口が、まったく無能で役に立た
ない。忌々しく舌打ちし、また目から涙が零れた。それにゾロは途端に困った顔をした。
「何で泣く」
「う、うるせぇ」
 慌てて拭おうとした手はゾロに止められた。直ぐにゾロの顔が近づき、すっと唇に吸い取られる。サンジはブルリと大
きく体を揺らした。
「俺は、俺はお前が好きだ。からかってなんかねぇし、嘘でもねぇ。お前が好きだ。好きなだけだ」
 半ばやけになったように何度も繰り返した。その度にゾロはうん、と子供のように何度も頷いた。
「俺はお前にあんな事言われて、ずっと落ち着かなかった。ふわふわするし、お前がいるとなんか…」
 ふうふうと興奮して呼吸を乱すサンジに、ゾロは穏やかにそう言った。声は呟きに近い。顔を寄せ合わなければ聞こ
えないくらいだ。
「変な感じだったけどよ、でも嫌じゃなかったぜ。そういうの。それに、こうしてるのだって」
 悪くない、と言ったゾロが初めて恥ずかしそうな笑いを見せた。そこでようやくサンジはきちんとゾロが、サンジと同じ
気持ちで今、こうしているのだと理解する事が出来た。
 サンジは喜びよりもただ、驚きが大きく勝り、もごもごと言葉が上手く出なかった。言いたい事は山ほどあるのに、こん
な時ばかり言葉は不便だ。サンジは一つ舌打ちし、それならばと実力行使でゾロに素早く軽く、くちづけた。ゾロは黙っ
てそれを受け、目さえ瞑って見せた。その様子にサンジは胸の真ん中に水が行き渡るような、えもいわれぬ充足感と安
心感、少しばかりの切なさと指先を痺れさせる喜びを感じた。
「なあ、ゾロ。言えよ、ちゃんと。言ってくれよ」
 吐息が触れ合うほど間近で、サンジは甘く掠れる声で囁いた。きゅうっとゾロの目が眇められる。小さく瞬き、一瞬怒
気を含んだ目は直ぐに霧散し、微笑みに取って代わった。
「好きだよ、ゾロ。お前が好きだ。なあ、お前は?」
 促すように口の端へくちづけ、頬へ滑らせ肩口に額を押し付けた。ずっとゾロの目を見ていると、また感情が高ぶって
泣いてしまいそうだとサンジは思った。ゾロは何度か大きく肩で息をし、片腕でサンジの背を抱いた。
「ゾ…」
 上げようとした頭を押さえつけられる。サンジは大して抵抗せず、力を抜いて体を預けた。


「お前が、好きだ」



 簡潔な言葉はこれ以上ないくらいにゾロらしく、サンジは笑って、少し泣いた。














end


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初出 2004/06/06
再録 2015/07/04