PHOTO&TEXT
TSUZUKI Kiyoshi

メトロのミュージシャン

アコーディオンのメロディーが

頭の中にメロディーが流れだすことがある。
曲はその時の気分であったり、流行であったりする。テレビでパリの映像が流れる時イメージ音楽としてアコーディオンのメロディーが流れることが多い。
パリのメトロに乗ったとき、本当にアコ―ディオンのメロディーが聞こえてきた。
誰かがイメージ音楽を流しているのかと、けげんな表情で車内を見渡すと、チョット小太りのオジサンが本当にアコーディオンを弾いていた。軽く体を左右に揺する様にしながら演奏をするその姿にひかれ、僕は近付いていった。いつも首からブラ下げているコンタックスRTS 3を構え、音楽に合わせるように、シャッターを切る。いかにも人の良い微笑みを口元に浮かべるオジサンの目には、なぜか妙な媚がある。この媚びは何だ?他のメトロの乗客は、いつものコトだと言わんばかりに無関心を決め込んでいる。演奏が一段落するとオジサンは、目の中の媚の解答はコレだと言わんばかりに帽子を差しだしてきた。
「そうか、チップか」
僕には演奏が楽しかったし、気持ちよく写真を撮らせてくれたお礼がしたかった。「メルシー」と言ってコインを帽子の中に入れた。

ミュージシャン許可証

メトロの路線が何本も通っている乗り換え駅は通路も長く、入り組んでいる。東京で言えば、渋谷・新宿、池袋という感じだ。大きな乗り換え駅の通路はミュージシャンが多く演奏のレベルも高い。
ある日、メトロ6号線から12号線へ乗り換えようとモンパルナス・ビヤンヴニュ駅の通路を歩いていた。その時通路の曲がり角の奥から澄んだヴァイオリンの音色が流れてきた。コレは違う。僕は足を速め通路を曲り、そして足が止まった。カワイイ女の子がまるでお人形のようにチョこんとすわり、ヴァイオリンを弾いているのだ。回りにも人だかりが出来ている。僕は最前列に、しゃがんで、彼女のヴァイオリンに聴きほれていた。すると、彼女は一瞬だけ、僕に微笑んでくれた。
感動した僕は勇気をふるって話しかけてみた。彼女はハンガリーから音楽を勉強しにパリに来ているのだと言う。「ここで演奏するには何十人に一人というオーディションに合格しなければならないのよ」と言ってRATP(パリの地下鉄公社)の許可書を見せてくれた。将来は一流のミュージシャンになるのが夢だそうだ。僕は日本から来た写真家だと言うと彼女は、あなたもアーティストねと言ってくれた。

無免許ミュージシャン

その時以来、メトロのミュージシャンを撮る時は、チャンスがあれば話しかけ、コミュニケーションをとるように心がけている。もちろん、快よく話してくれる人もいれば、ウザったさげにされることもある。
それでも話しかけると色んなことをを教えてくれる。例えば、古い木琴のような楽器を太い木の棒でたたく楽器はバラフォンというものだと、アフリカ系の黒人ミュージシャンのルイスさんは教えてくれた。
ただ、正規の許可証を持って演奏するミュージシャンがいるということは、無免許で演奏をして、チップを稼ぐモグリの奴もいる。それもまた、パリといったところであろうか。
ある日、ジプシー風の男女がアコーディオンとタンバリンをメトロ車内で演奏しているのに出くわした。お世辞にも上手とは言えないにもかかわらず、しつこくチップを要求して回っている。案の定、メトロの許可証を着けている様子はない。モグリだ。
これも面白いと思い駅のホームに降りたところで彼らにカメラを向けると「撮るナ」と言う。ジプシー風のオバさんが言うには、私達が違法に演奏しているから、それを撮るお前も違法になるという、ワケのわからない説教を始めた。
 その時、RATPの鉄道警察の制服を着た見回りがホームに現れた。ジプシー風の一味は、あたふたと楽器をまとめ出す。オバサンは僕に向かって
「アンタも逃げるのよ。違法なんだから」
よくわからないが、僕も逃げることにした。
楽器をかかえたジプシーの一味とカメラをかかえた東洋人の僕はドタバタとホームの上を走り出した。不思議とオカシさがこみ上げてくる。
そして、頭の中にメロディーが流れだした。
チャンチャーン、チャカチャカ、チャン
チャン、チャカチャカ♪♪
「天国と地獄」のメロディーだ。
逃げろや逃げろ!



第一回 完