2002.05.24−2003.06.10(このページ)
2003.07.05−2003.10.24
| 2002.05.24 日本ダービーとファンファーレ |
今度の日曜日は競馬の祭典、日本ダービーが開催される。私は現在では引退しているが、楽しみにしている人にとっては、昨日枠順が発表されて一喜一憂しているだろう。競馬といえばクラシックレース。クラシックレースに付きものと言えばファンファーレである。発走前、馬が枠の中に入る直前に必ず演奏されるものだ。ファンにとってはこのファンファーレで気分は高揚する。
というわけで、今回はクラシックレース・・・・ではなく、クラシック音楽で美しいファンファーレをご紹介したい。私がファンファーレの美しい作品を選ぶとしたら、チェコの作曲家、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」とフランスの作曲家、デュカスの「ラ・ペリ」の「ペリのファンファーレ」となる。だが曲の充実度、美しさの点では「ペリ」に軍配があがる。ポール・デュカスという作曲家は、発表作品がきわめて少なく、一般的には交響詩「魔法使いの弟子」しか知られていない。だがデュカスの最も充実した傑作は間違いなくこの「ラ・ペリ」だと思う。冒頭の「ペリのファンファーレ」はあまりに華やかで爽やかな旋律のため、一度聴いたら忘れられない。つづく「ラ・ペリ」もこれぞフランスのエスプリと言いたいくらい、なんとも幻想的で華やかで美しい旋律を聴くことが出来るのである。
ただし、残念ではあるが生演奏では滅多に聴くことができない。フランスの隠れた名曲と言えるのかもしれない。もっとデュカスの「ラ・ペリ」に光を当てる指揮者、オーケストラが出て欲しい。
ポール・デュカス(デュカ)について
Paul Dukas (フランス) 1865-1935
パリ音楽院に学び、のち母校の教授、またエコール・ノルマル・ド・ムジクで教鞭をとる。ワーグナーの影響を受けて標題音楽にライトモチーフを用い、ドビュッシーと親交を持ち、印象派の手法も取り入れたが、一般的にはいずれの派にも属さない独立した近代フランス作曲家とされる。作品の数は少ない。
バレエ音楽「ラ・ペリ」 1910
ペリはペルシヤの神話に現れる仙女。イスカンダル王が不死の花を求めてペルシアに行き、ペリからその花を取る話。
(音楽作品名辞典/三省堂 より)
![]() |
アルミン・ジョルダン指揮/スイス・ロマンド管弦楽団/エラート この曲はフランス音楽では私の愛聴曲の一つである。CDは4種類もっているが、最初に接したこのCDが一番素晴らしい。ファンファーレも華やかで素晴らしいが、ペリの演奏も大変濃厚なロマンチシズムを感じさせるもの。名盤と言ってよい。5〜6年前、同じコンビでサントリーホールで生演奏を聴いたが、このCDで聴かれるがごとく美しい演奏にいたく感動したのを覚えている。同一カップリングは「交響曲ハ長調」。 |
![]() |
レナード・スラットキン指揮/フランス国立管弦楽団/BMG 最近購入したCD。録音も新しく、気持ちよく聴くことができる。ファンファーレ、ペリともことさら力んだところがなく、控えめながら美しい演奏だ。私なら上記のジョルダン盤を取るが、新録音、不満のない演奏、加えて「交響曲ハ長調」と「魔法使いの弟子」までカップリングされている事を含めれば、デュカスの主要作品を3曲聴けるため、お得なCDと言えるかもしれない。あと2枚のCDについては共感すべき点が少ないため割愛する。 |
| 2002.06.10 ターナー 〜 光 〜 海 〜 ドビュッシー |

昔、どこかの百貨店でイギリスの風景画家、ターナー(1775-1851)の絵画展を観た覚えがある。たしか海の絵なのだが洋上にまばゆい太陽の光が降り注いでいる絵だったと思う。今回は海をテーマにしたかったので調べてみたが、お目当ての絵が見つからない。私の勘違いなのであろうか。だが、ターナーは確かに海を愛した画家である。右の「出航するヴェネチアの太陽号」も海面に朝日が燦々と降り注いでいる美しい絵画だ。光の芸術家と言われる所以であろう。
クラシック音楽に目を転じてみれば、海をこよなく愛した作曲家と言えばフランスの作曲家、ドビュッシーだろう。その作品である、「海」は、さながらターナーの絵画のように美しい海の日の出から曲は始まる。「海の夜明けから真昼まで」「波の戯れ」「風と海との対話」の3曲からなるこの作品を目を閉じて聴くと、眼前には雄大で孤独で美しい海の様々な情景・・・・水面を照らす朝日、真昼の太陽光、波のうねり、海水の雫、風、嵐、遙かなる水平線・・・・が手に取るように伝わってくるのである。
ビュッシー自身、この曲は描写音楽ではない、と述べているが、五線譜というキャンバスに音符という絵の具を使って海を描いた傑作であると思う。夏が近づくと、いつも聴きたくなる名曲である。
ドビュッシーについて
Claude Achille Debussy ( 1862-1918 フランス )
印象主義音楽の開拓者。若いころN.フォン・メック夫人の子供たちのピアノ教師を務め、ロシアにも旅した。ワグネリアンから出発、S.マラルメのサロンに参加して印象派の詩人たちと交わり、東南アジアの音楽やM.ムソルグスキーの「ボリス=ゴドノフ」の音楽等の影響を受けて、全音音階を創造。その他、中世施法、五音音階等も用いて、ロマン派音楽から脱却した印象主義音楽を開発。近代音楽の扉を開いた。
「海」 3つの交響的スケッチ 1903-1905
1.海の夜明けから真昼まで 2.波の戯れ 3.海と風との対話
印象主義の管弦楽曲として代表的傑作。J・デュランに献呈。(音楽作品名辞典/三省堂 より)
![]() |
シャルル・デュトワ指揮/モントリオール交響楽団/ロンドン 「海」は私の大好きな曲である。CDは4枚あるが、まずトップに挙げたいのはこのデュトワ盤。 デュトワの作り出す音楽は、先鋭的というか鮮やかな演奏だ。ともすれば、このあからさまな表現というのは「海」の荒涼とした静けさを重視したい向きには好まれないかもしれない。だがこの雄大さ、おおらかな表現が私にとっては非常に魅力的である。 |
![]() |
ピエール・ブーレーズ指揮/クリーヴランド管弦楽団/ドイツ・グラモフォン ブーレーズ2度目の録音。以前はニュー・フィルハーモニア管とのコンビであった。私はこの2枚のCDを比べた場合、1度目の録音の方が好きである。それはデュトワ盤と同様、鮮やかな演奏であった。 だが、新録音も捨てがたい演奏と言える。今回は、年齢からか角が取れ「海」の微細な表情の変化を精緻に描いている。 |
| 2002.06.16 コンサート・ホールが育てた名曲 |
![]()
このコーナー、前回とその前と意識したわけではないのだが、偶然フランス音楽が続いてしまった。今回は?もちろんフランス音楽である。まぁついでに、ということで。
私はこんなホームページを開いてしまったものだから、なるべくコンサートには通おうと思っている。ただ懐が豊かではないので国内のアーチスト、オーケストラがメインとなるが。というわけで、最近国内オーケストラのコンサートのチケットの予約をしてみたのだが意外な目にあった。
というのも、久しぶりにサン・サーンスの交響曲第3番を聴こうと思い、2つの楽団(東京交響楽団、読売日本交響楽団)に予約の電話を入れてみたのであるが、どちらも完売であった。???非常に珍しい現象である。指揮者が超人気者なのかとも思ったが、そうでもなさそうだ。これはどうやらこの曲のせいか?という気がしてきた・・・・
私がクラシック音楽を聴き始めたのは今から26年前であるが、当時東京にはクラシック音楽のオーケストラ専用ホールというのは、上野の東京文化会館(1961年オープン)しかなかった。だがここにはパイプ・オルガンがない。オーケストラ専用ホールで初めてパイプ・オルガンが設置されたのはおそらく赤坂のサントリーホールであろう。(1986年オープン)当時の建設に関わる苦労話はドキュメントとして右上の書籍に詳しいので、ご興味ある方はぜひ読んでいただきたい。その後、バブルのおかげかどうか、東京芸術劇場、東京オペラシティ、すみだトリフォニーホール・・・・と続々とオルガン付きコンサートホールが誕生してきた。おそらく私がクラシック音楽をさぼっていた間、このサン・サーンスの交響曲第3番はしばしば演奏されたのではないだろうか。この曲は「オルガン付き」と呼ばれることもあるが、実に絢爛豪華で美しい交響曲であるから人気が出るのもうなずける。まさにコンサートホールが育てた名曲と言えるだろう。
私が最後に聴いたのは、栃木県交響楽団(アマ・オケ)、バレンボイム指揮/パリ管弦楽団、(いづれもサントリーホール)
今から10数年も前である。今度は早めに予約して、聴きに行くとするか・・・・
サン=サーンスについて
Camille Saint-Saens
幼児よりピアニストとして才覚を現し、パリ音楽院でオルガンと作曲を学ぶ。1858〜77年の間、パリのマドレーヌ教会のオルガニストをつとめ、名演奏で知られた。作曲家としては、劇場音楽全盛のフランスにあって、ベートーヴェンに傾倒して、古典様式による純器楽曲を作曲。さらにワーグナーの影響を受け、ドイツ音楽に対するフランス音楽の優位を確立するためR.ビュッシーヌと共に1871年、国民音楽協会を設立、その活動を通じて近代フランス音楽の基礎を築いた。作品はあらゆる分野にわたって多数ある。
サン=サーンス 交響曲第3番 ハ短調 0P.78 ( 1886 )
「オルガン付き」とも呼ばれています。サン=サーンスの番号付きの交響曲としては3曲だけです。3曲中では、第1番、第2番と比べて、圧倒的に優れた作品です。現在は名曲としてしばしば演奏されています。2楽章の構成ですが、各々第1部、第2部と分かれているため、実質的には4楽章の交響曲と言っていいでしょう。第1楽章1部の勇壮な響き、2部での宗教的な静けさと美しさ、第2楽章でのオルガン、ピアノが加わる壮麗なフィナーレ・・・・ため息が出ます。
![]() |
エド・デ・ワールト指揮/サン・フランシスコ交響楽団/フィリップス LP時代はまだ人気のない曲で国内盤は4種類程度しか発売されていなかった。そんな時、バレムボイム指揮/シカゴ交響楽団/グラモフォンのLPで初めて聴いて、感動したのでる。CD時代になってからはこの盤とデュトワ盤の2種類しか持っていない。現在ではもっと名演盤もあるかもしれない。この演奏はゆったり、じっくり演奏されていて、オルガンの響きもことさら強調されておらず、美しい響きである。 |
| 2002.10.06 クラシック/秋に聴きたくなる音楽 |
友人のホームページの日記を覗いていたら、春と秋はどちらが好きかという話題が載っていた。彼女は断然秋が好きらしい、女性はいくつになっても乙女チックなところがあるからなのか・・・と言っていたが、秋はなぜかセンチメンタルな気分になるのは男性にも当てはまるのかもしれない。
以前、春はシベリウスの「春の歌」、夏はドビュッシーの「海」が聴きたくなると書いたが、では秋はなんだろう?
私の場合、秋はなんといってもブラームス(1833-1897 ドイツ)だ。ブラームスには感傷的でもの悲しくもせつなく、美しい旋律で心にしみこんで来る曲が多い。何度かの恋愛を経験しつつも最後まで独身であったブラームスの旋律は、寂しい人生のせつない思いが胸に響く。
ブラームスには名曲が多数あるが、その特徴である、せつなく美しい旋律を聴くとすれば、「交響曲第4番」「ピアノ協奏曲第1番」「クラリネット5重奏曲」「ヴァイオリンソナタ第3番」の4曲は特に素晴らしく、私の愛する名曲達である。「ピアノ協奏曲第1番」以外の3曲は曲の冒頭から、美しいブラームス節に接することとなる。以前ブラームスのページも作成しようと試みたが、あまりに奥が深いのと、相互リンクしていただいたSUDAさんの例をとってみても、クラシック音楽のHPを開いている方々は、一つのテーマに絞って、とてつもなく深く洞察されていることに圧倒されてしまい、現在の4人の作曲家の内容を深めていかなければいけないと感じ、断念した。上記の4曲の中ではどれが最も好きかと聞かれると返事に窮してしまう。だがルービンシュタインの感動的な演奏が影響しているせいか、「ピアノ協奏曲第1番」を聴く機会が多い。ここではその盤のみ記しておこう。
ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 0P15 (1854-58)
ブラームスはピアノ協奏曲を2曲作曲しており、どちらも名曲として知られています。曲の完成度は第2番が高いと言われており、人気も1番より2番の方があるようで、演奏会でも2番の方がより多く取り上げられているようです。私の場合はというと、ブラームスの独特な哀愁のある美しい旋律が聴かれる第1番を好んで聴いています。第一楽章から交響曲第1番を彷彿とさせるような重厚長大なオーケストラに圧倒されますが、その後に現れるピアノの第2主題は単純なメロディーでありながら大変美い旋律であり、あこがれを秘めた華やかな展開部へと発展していきます。第2楽章のアダージョもこの曲の聴き所。なんとも美しいピアノのきらめきと静けさに支配された楽章です。第3楽章は一転して快活な明るい旋律とともに幕を閉じます。
![]() |
ルービンシュタイン(P)/ズービン・メータ指揮/イスラエル・フィル/デッカ(国内盤)/UCCD-7063 LP〜輸入CD〜国内CD・・・・この盤はいったい何回繰り返し聴いたのか検討がつかない。数あるCDの中でも最愛の、と言ってもいい盤だろう。この名盤が1000円で買えるとは嬉しい。なぜ買い直したのかといえば、輸入盤の廉価盤では陳腐なジャケットだったが、この国内盤のジャケットはLP時代の写真が使用されていたので懐かしかったからである。国内の評論家の間では、ブレンデル(P)/アバド盤がダントツの評価となっているが、私はこの盤がベストである。これはルービンシュタインが89歳で、最後の録音と思われる演奏である。ほとんど視力が衰え、おそらくしわだらけのか細い指先から紡ぎ出される音色は意外と力感にあふれ、同時にブラームスの優しい旋律をじっくりと歌いあげている。しつこいが89歳の演奏である。信じがたく、また感動的な演奏である。巨匠はこの名演奏を残して94歳の人生に幕を閉じたのである。 |
| 2002.12.05 音楽と評論家 |
私にとって、音楽を聴いていく上で評論家は微妙な存在だ。クラシック音楽に興味を持ち始めた20歳のころは、何から聴いていけばよいか解らず志鳥栄八郎氏の名曲解説の本で大変参考となった経験がある。その後も名曲、名盤を解説した本も参考としながらLPを揃えて行ったわけである。そういう意味ではよき指針を示してくれる存在と言える。
私が評論家の推薦する文章を読まなくなってからもう10年以上たつだろう。クラシック音楽の新譜評では音楽○友社発行のレ○○ド芸術が最も有名で、かつては私も読んでいた。だがある時、たまたま私が輸入盤で聴いて感動していた作品に対して、その国内盤が発売されたとき、ある評論家がその作品を稚拙な文章でけなしていた文を読み、心が痛んだ(おおげさだが)経験があった。以来その雑誌とは縁がない。
評論家が新譜のCDを評価する時、参考とするのはメーカーが発売前に制作する「サンプル盤」だろう。つまり新譜を評する場合はご自身では購入していない場合がほとんどと思われる。だが、それを生業としているのだから別に何も意見するつもりはない。私にとって問題なのは、メジャーなレーベル、演奏家、曲に偏りがちになってしまうことである。また耳の肥えた評論家が推薦したCDというのは、いい演奏に接する確率は高いとは思うが、すべてが素晴らしいとも限らない。個々の感受性が違うのだから当たり前ではあるが。
というわけで、私の場合は時々輸入盤の専門店にふらっと立ち寄り、目に止まったものを購入して聴いている。もちろんメジャーなものもマイナーなものも含まれる。結果として駄盤も多く「当たり」は少ないのだが、たまにいい演奏、いい曲のCDに出会うと、この上ない喜びを感じるのである。今後も自分自身の耳だけを頼りに聴いていくつもりである。
| 2003.03.18 ブラジルの郷愁 「ヴィラ・ロボス」 |
過日、小林研一郎氏指揮、名古屋フィルのコンサートのアンコール曲として、「ダニー・ボーイ」が演奏された。この曲はもともとアイルランド民謡で、クラシック音楽では通常は「ロンドンデリーの歌」として親しまれている。小林氏はあえて「ダニー・ボーイ」と紹介していたが、クラシック以外のジャンルではこの方が有名なので、多分そう紹介したのであろう。
ところで、音楽というのはいろんなジャンルがあるが、上記の例を出すまでもなく様々なジャンルの音楽の源泉は民謡、民族音楽にたどり着くというのが自然であろう。クラシック音楽でも民族色豊かな曲を書いた作曲家は多いが、とりわけブラジルの作曲家、ヴィラ・ロボスは典型的な例と言える。この作曲家は大変な数の曲を書いたが、主に聴かれているのは、器楽曲ではギター曲、ピアノ曲、そして管弦楽においては一部の「ショーロス」と「ブラジル風バッハ」等である。中でも全9曲からなる「ブラジル風バッハ」は作曲家が敬愛するバッハの作曲技法とブラジルの民族音楽との融合を試みた傑作として知られている。その代表曲である第5番のアリアはソプラノで歌われるが、なんとも艶めかしく、神秘的で美しい旋律である。その美しさに、私ははじめて接した時は鳥肌が立ちっぱなし状態であったと記憶している。5番のみでなくこの音楽にはヴィラ・ロボスでしか書けなかったブラジルの民謡・・・というより自国の土俗的な音楽を美しく昇華させた郷愁あふれる旋律が随所に散りばめられているのである。
| エイトル=ヴィラ・ロボスについて Heitor Villa-Lobos (ブラジル) 1887-1959 ブラジル民族主義を代表する作曲家。土俗的音楽の様式を用いた独特な音楽で知られる。作品には伝統的な形式による交響曲、協奏曲、室内楽曲も多いが、ショーロスのような新しい形式概念も確立した。その他オペラ、バレエを含むあらゆるジャンルに膨大な作品がある。(音楽作品名辞典/三省堂 より) |
![]() |
| ブラジル風バッハ(バッキアーナス・ブラジレイラス) 1930-1944 ヴィラ・ロボスの管弦楽作品の中では最も親しまれている傑作。とはいえ、演奏会でたまに取り上げられるのは、8本のチェロで演奏される第1番程度でしょうか。全曲がコンサートで取り上げられたことはないでしょう。曲によっては、オケのみの曲、8本のチェロのみ、ピアノとオケ、フルートとファゴット、チェロとソプラノ・・・と多彩な楽器編成で、全曲では約3時間の演奏時間に及ぶ大作です。CDでも第5番を中心とした抜粋盤が発売されています。ただし、ブラジル風バッハは全曲聴いてこそヴィラ・ロボスの音楽の神髄に触れられるのでしょう。 |
![]() |
マイケル・ティルソン・トーマス指揮/ニュー・ワールド・シンフォニー/BMG ブラジル風バッハは第4、第5、第7、第9番が納められている抜粋盤。佳作の第1番がないのと、第4番の第1楽章の一部がカットされているのが残念ではあるが演奏、録音とも素晴らしい。発売点数の少ないこの曲が鮮明な録音で聴けるということは喜ばしい。またショーロスの傑作、第10番が納められているのも見逃せない。ただしこのショーロスの演奏は合唱に迫力がなく残念ではあるが。 |
![]() |
イサーク・カラブチェフスキー指揮/ブラジル交響楽団/GRF ブラジル風バッハの全曲盤。LP時代はEMIから出ていたモノラル盤の自作自演による全曲盤を愛聴していた。今でも抜粋盤はCDで所有している。だがやはりこの曲を楽しむためにはステレオ盤がいいに決まっている。ステレオ録音による全曲盤は現在これだけのようだ。T・トーマス盤ほどのすばらしさは無いが、本場の演奏家達による全曲盤としては貴重である。1987年、リオ・デ・ジャネイロでの録音。全曲を通して聴くなら今のところはこれが本命だろう。だがさらなる新録音が出るのと、コンサートでこの傑作が全曲演奏されることを私は切望している。 |
| 2003.04.13 春・・・鳥のさえずり |
私は東京の板橋区で生まれ、14歳までこの地ですごした。今から33年も前に遡る。東京といっても埼玉県との境を流れている荒川に近く、私の幼少期には田園も多く、のどかであった。早春の時期になると、荒川の河川敷では雲雀が舞い、5月になるとどこからともなくカッコウの鳴き声が聞かれたものである。現在野鳥の声を聞く機会というのはめったにない。たまにゴルフをしながらウグイスの鳴き声が聞かれるくらいか。先日、埼玉の秩父地方に桜の写真を撮りに行ったが、野鳥のさえずりにまで、神経が回らなかった。春といえば梅や桜やツツジなどの花に眼が行くが、今度のどかな場所へ行ったら鳥のさえずりに注意してみようと思う。
クラシック音楽の中で鳥のさえずりが聴かれる音楽というのはそう多くはないだろう。私がすぐに思い浮かべることができるのは、ディーリアス(1862-1934
イギリス)の「春はじめてのカッコウを聞いて」とレスピーギ(1879-1945 イタリア)の「ローマの松」だろう。どちらも本物に近い鳴き声が演奏されている。美しい風景画を観るのもよいが、自然を愛した作曲家の、音で描いた情景を自分なりに想像しながら聴くのもまた魅力的な事である。
ディーリアス/春はじめてのカッコウを聞いて (1911-12)
ディーリアスの管弦楽は一言でいえばさりげない旋律が多い。静かに始まり、静かに終わる。だが一貫して爽やかで、柔らかく、ほっとする響きである。「北国のスケッチ」「アパラチア」「ノルウェー組曲」等で親しまれているが、中でもこの曲は名高い。この曲は私が好きなシベリウスの「春の歌」のように春の到来の喜びを歌った音楽ではない。自然に恵まれた田園地方の穏やかな一日を約7分という短い旋律の中で描いた作品。その中にカッコウの鳴き声が聞かれるのである。
![]() |
チャールズ・マッケラス指揮/ウェールズ国立歌劇場管弦楽団/デッカ 2枚組のCD。ディーリアスの主要な管弦楽作品が10曲収められている。ディーリアスの音楽に触れるにあたってはふさわしいアルバムだと思う。演奏、録音とも美しい。 |
![]() |
シャルル・デュトワ指揮/モントリオール交響楽団/ロンドン デュトワ/モントリオール響の黄金時代の名演だと思う。オーケストラの爆発的エネルギー感、色彩的な美しさ、華麗な響き・・・鮮明な録音に支えられた美しい演奏である。私はこのローマ三部作は時々聴く作品だが、CDはこれしか持っていない。他に聴き比べてみようという気にさせない演奏だからだろう。 |
| 2003.05.23 ロシアの美しい交響曲/タニェエフの4番 |
ロシアの交響曲で、美しく叙情的な作品を探すと苦労する。このことについては、カリンニコフのページで述べているが、現在でもその思いは変わっていない。たしかに作曲家は多く、交響曲だけでも聴き尽くすのは大変な時間が必要となる。かといって私も聞き尽くしたなどとはとても言えないのだが、少なくともロシアの比較的知られていない作曲家の交響曲の中で、美しく、叙情的な作品であると私が感じるのはカリンニコフを除けば、今のところこのタニェエフ(タネーエフ)の交響曲第4番だけしかない。
この曲はもっと多くのレコーディングがされてもよい傑作である、と感じるのは私だけなのだろうか。
セルゲイ・イワノヴィッチ・タニェエフ について
Sergei Ivanovich Taneyev (1856-1915) ロシア
叔父のアレクサンドルも作曲家。モスクワ音楽院でピアノを、作曲をP・チャイコフスキーに学ぶ。
ピアニスト、作曲家として活躍。母校で教鞭をとり、対位法の理論家としても知られた。(クラシック音楽作品名辞典/三省堂 より)
交響曲 第4番 ハ短調 (1896-97)
この交響曲もカリンニコフを知ったのと同時期ですから約20年前にメロディア盤で聴いた曲です。演奏はスヴェトラーノフ指揮/ソビエト国立交響楽団。私は30歳の時にLPをすべて処分してしまったので、しばらくこの曲が聴けない状態が続きましたが、10年ほど前に下記のCDの存在を知り、再び聴く機会に恵まれ、嬉しい限りです。
タニェエフ(タネーエフ)は4つの交響曲を作曲していますが、その中ではこの4番が最高傑作と思われます。
この曲の最大の聴き所は特に第2楽章のアダージョです。ここで聴かれる旋律は、チャイコフスキーの交響曲第5番のアンダンテ・カンタービレに比肩しても劣らないほど充実していて(言い過ぎか)、濃厚な叙情性に富んだ美しい旋律を聴くことができます。
![]() |
ネーメ・ヤルヴィ指揮/フィルハーモニア管弦楽団/シャンドス この曲が好きな私にとっては、メロディア盤は入手不能であるから、現役で唯一のCDである。 これはじっくりと丁寧に仕上げられた演奏。アダージョ楽章の美しさも申し分ない。またシャンドスのホールトーン豊かな録音も聴いていて心地よい。なお一曲目には「序曲 オレステア 」が納められている。 |
![]() |
ワレーリー・ポリャンスキー指揮/ロシア国立交響楽団/東京エムプラス(シャンドス) やっと新盤の登場、しかもまたシャンドス・レーベルからの発売である。この曲の名盤はなんといってもLP時代のスヴェトラーノフ/ソビエト国立交響楽団だが、もう手に入らない。このCDは指揮者は違うがオーケストラはソビエト→ロシアとなっただけで同じ。期待感を込めて聴いたのだが拍子抜けしてしまった。この作品の命は既に記したように第2楽章であるが、なんとも淡泊な演奏で心に染みこんで来ないのである。録音は鮮明とはいえ、ホールの残響音がほとんど感じられず聴き疲れる。現役盤ではヤルヴィ盤の方がはるかに素晴らしい。なお交響曲第2番がカップリングされているのが大変貴重ではあるが、佳作とは言えない。 |
| 2003.06.10 ブルックナー・・・谷間に咲いた傑作 |
以前、ブルックナーのページも作っていて一部公開していたが、現在では閉じてしまっている。私はかなりブルックナーは好きな作曲家ではあるが、それほど多くの演奏を聴き比べているわけでもないし、他にいくらでも立派なホームページが存在しているため、敢えてこのHPで取り上げるほどでもないと感じたためである。
これはあくまで私見だが、もっとも有名な4番というのは、今でこそ抵抗なく聴いてはいるが名曲とは私は感じていない。おそらくブルックナーファンで人気投票をしたら、おそらく8番が1位で次に9番が選ばれるだろう。私も特に異論はない。だが私が最も愛する曲は6番である。標題付きの3番と4番、そして中期の大作の5番と後期の傑作である7番、8番、9番に挟まれた6番は未だに光が当たらない。ブルックナーの交響曲の中では、最も息の長い美しいアダージョを持つこの曲が評価されないのは、私から見れば謎としか言いようがない。LP時代は数少ないレコーディングしかなかったこの曲も、CDとなってからは驚くほど発売点数が増えてきたことは大変喜ばしい。6番は私にとっては、8番、9番と共に名曲として位置づけているのだが、今後ともその想いに変わりはないだろう。
交響曲 第6番 イ長調 ( 1879-81 )
ブルックナーの交響曲の中では小ぶりに出来ており、演奏時間は約55分程度。そのコンパクトさゆえでしょうか、多くの評論家、ファンからは未熟な作品と決めつけられているのが現状です。虚心坦懐にこの曲に対峙してみると、私にとってこの曲はブルックナーの良さが端的に表現された作品であると思っています。第2楽章のアダージョではブルックナーの交響曲の中でもとりわけ美しい旋律が聴かれます。この楽章からは深い精神的な安らぎが得られるのです。正当な評価がされていない曲だからでしょうか、私にとっては愛しい作品に思えてなりません。
![]() |
スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮/ザールブリュッケン放送交響楽団/アルテ・ノヴァ 6番のCDは6種類所有しているが、この演奏が最も素晴らしい。左記の写真は全集のものだがバラ売りもされている。単品ものだと発売当時は900円だったが、現在では500円程度に下落しているようだ。全集でも3,800円で購入した驚きの廉価盤である。全集としてはこの6番と、8番、9番が名演であると感じる。スクロヴァチェフスキは、このCDの発売当時はあまり知られていない演奏家ではあったがその後、読響定期での8番の名演を聴くにおよんで、私はすっかり惚れ込んでしまった指揮者である。現代でもっとも優れたブルックナー指揮者であると言えるだろう。今年(2003年)11月にこのコンビで5番、7番、8番が演奏されるようである。今からすでに待ち遠しい。 |
![]() |
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮/サン・フランシスコ交響楽団/ロンドン この曲に惚れたきっかけのLPは、バレンボイム/シカゴ響/グラモフォン盤であったが、CDでの再発はされなかったようだ。CDで聴き始めた頃もこの作品の発売点数は少なく、いい演奏にも恵まれていなかった。これはそんな時期に発売され、そのきびきびした躍動感に嬉々として愛聴してきたCDである。アダージョ楽章も申し分のない美しい表現力である。この曲のもっともオーソドクックスな快演だろう。録音も鮮明で美しい。 |