伝道する教会

今月の特集題  礼拝を共にする喜び


礼拝に集う喜び
山中 律子
 
 今、越谷教会で洗礼を受け、礼拝に共にあずかる様になってから29年が過ぎている事に驚きを覚えています。29年間、みことばを聞きながら、主を見つめ讃美しながら大変申し訳ない甘えた生活をしている自分に気付かされます。
 主の愛にどっぷりとつかり、恵みだけを甘受している、甘いお菓子をいつも欲しがる子どもの様な自分を見つめました。
 洗礼を受けた三十代、沢山の戦いがありました。まずみことばとの戦い、夫との葛藤、思うようにいかない子育て、又母との同居から来る様々な事、苦手な隣人との事。
 本当に次から次へと頭悩ませ心たぎる思いが押し寄せては返し、又押し寄せてくる。そんな中で、みことばによって自己中心の考えから、他人の存在を示され「貴方はどこにいるのか」という神の問いに「ここにおります」といえない自分に気付かされて来ました。
 もつれにもつれた糸にがんじがらめになって、身動きつかないでもだえていた自分が、一つ一つみことばによって自由にされ、祈り、祈られる事によって整えられて来ました。
 自分が神様に愛されているように自分の目の前から消えて欲しいと思うあの人も、神様の愛される人と冷静に受けとめ、自分勝手な我を少し押さえる大人になれた様な気がします。
 牧師先生始め、教友の方々に支えられ、その時々に沢山の方に祈られて29年が過ぎました。
 三人の子ども達を教会の中で育てていただいて、又今、孫たちも育てていただいています。皆さんと又家族と共に礼拝にあずかり、新しい週を迎えられる事は、なんと嬉しく喜びに満ちている事でしょう。
 いろんな事があっても、みことばを聞き、祝祷を受けて歩む人生は楽ちんだよと讃美歌を歌いながら思います。
 時代の変化を又世界の動き、情報社会の中で、くるくる目を回されながらも、変わらぬ神の愛のシャワーを浴び、平和をつくり出す意識だけは持っていたい。神の光の子として歩み続けたいと願っています。
 「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも、家族も救われます。」
    (使徒言行録16章31節)

(やまなか りつこ)

チャンスを生かして
豊川 朋子
 私は結婚して越谷に来ましたので、受洗後のほとんどを越谷教会で礼拝を守らせて頂いています。夫も結婚を機に礼拝に出席するようになり、神様に導かれ、程なく洗礼を授かり、その時の喜びは今でも忘れられません。義父も何年間ずっと礼拝に出席していましたが、なかなか決心がつかず、受洗にまで至りませんでしたが、昨年洗礼を授かり、ただただ感謝です。神様のご計画は不思議です。その時を選んでしっかりと導いて下さるのです。
 今、我が家には三人の子どもがおり、教会学校に通っていますが、時々日曜の朝、起こしにいくと「部活や勉強で疲れているから、日曜日ぐらい寝坊させてよ」と言われてしまう時もあります。そんな時はあまり無理じいはしないで、本人の意志に任せてしまいますが本当にそれでよかったのでしょうか?
 数カ月前ある教会で91歳のご婦人が教会に休まずに、毎週毎週何十年間も通い続けておられる話をお聞きしました。「若かった頃、仕事が忙しいので礼拝をお休みしたら、牧師先生が心配して家まで訪ねて来られた。何回もそんな事があり、また牧師夫人にも礼拝だけは休まないようにと言われ、それ以来ほとんど休まず、今では歩く事がだんだん大変になってきましたが、教会の前の坂道が上がれるうちは教会に通い続けたいと思っています」と静かに話されまし。継続は力なり。このご婦人の姿に何人もの人々が励まされ、またひとつの伝道の形になっていたのではないでしょうか。まさに神様のご栄光を表す生き方だと思い感動しました。日本全国にはこういう方たちが、いっぱいいらっしゃることと思います。こういう信仰の先輩の皆さんによって日本のキリスト教が守り続けられて来たのだと思います。
 長い信仰生活の間にはいろいろな時があると思います。信仰に熱く燃える時もあるでしょうし、揺れ動いてしまう時もあります。日々の生活に流され、疲れていたりするとついつい礼拝を欠席したくなる時もありますが、以前礼拝説教で「私たちは人生の中で神様から何回もチャンスを与えられている。そのチャンスをしっかり受け止めなければならない」と聞きました。礼拝は神様から私達へのメッセージを受け取ることができる大切なチャンスの時です。私もこのチャンスを生かすために、喜びをもって礼拝に出席し、み言葉に耳をかたむけて少しでもキリスト者として神様のご栄光を表す生活ができればと思っています。
(よとかわ ともこ)

キリスト教との出逢い
荻田久次郎
 私が最初にキリスト教に巡り合ったのは今から41年前の昭和37年、一年間の浪人生活の後にようやく入学が許可された大学での事です。授業料が他の私立大学と比べ安い事が大きな理由でキリスト教系の大学を選択した次第です。カトリック系の大学であった為キリスト教に関する宗教学は必須科目でした。
 神奈川県の県立高校を卒業し、欧米文化に憧れていた田舎育ちの私は外国語学部のフランス語科を専攻しましたが、英語以外の欧米語には当初から当惑しました。まして仏教の檀家であった家族の一人としてキリスト教とは全く関連もなく聖書の事など何一つ知らなかった者がフランス人の神父から授かる聖書の講義は(しかも講義は全てフランス語で)仏教の念仏を聞いている如く、ちんぷんかんぷんで常に睡魔に襲われておりました。結果として四年生の時に落第点を取り、追試を受けて何とか卒業を致しました。現在は学生時代のこの怠慢を反省し、母校で毎月曜の夕方フランス人神父より聖書をフランス語にて学んで二年間を過ぎました。
 社会人になり、欧米に子会社のある今の会社に入社し欧州駐在を希望し、入社三年目の初夏・七月初旬にパリに入りました。昭和43年のフランス学生革命の最中でした。ゼネストで移動も儘ならず、しかもバカンス中でしたので、パリ市内を歩き廻り、ノートルダム寺院、凱旋門、シャンゼリゼ通り、エッフェル塔、セーヌ河畔を一人散策し、花のパリを堪能していました。二ヵ月後ミラノに入り、南イタリアにはたびたび出張し、古代ローマ帝国の首都ローマ、カトリックの本山バチカン(サンピエトロ寺院)、ルネッサンスのフィレンツェ、ベニス等キリスト教の伝道発信地であるイタリア全土を隈なく巡りました。(仕事で)出張先の安ホテルの一室で聞く教会の鐘の音に主イエスの優しい慰めを感じたものでした。私が初めてキリスト教に目覚めたのは先妻の死が発端でした。末期の乳癌で病床洗礼を授ったにもかかわらず、先礼式にも立ち会わなかった事を今は深く詫びております。 
 その後。お世話になった日本基督教団東久留米教会の浅野悦昭牧師により平成6年12月クリスマスに洗礼を授けて戴き、浅野牧師のお勧めもあり、遠くより近くの教会でという事で、同じ教団の越谷教会に転会させて戴いた次第です。今思いますと、ずっと主イエスのお導きにより今の私があり、越谷教会の敬愛する兄弟姉妹と共に礼拝する喜びを感謝しております。又、良き伴侶に出逢えたのも主イエスのお導きと深く感謝致しております。

(おぎた きゅうじろう)

越谷教会月報みつばさ2003年9月号特集「伝道する教会 礼拝を共にする喜び」より


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