今月の特集題  教会・幼稚園共催 バザー


バザー報告
バザー委員長  須賀 実
 今年度の教会・幼稚園共催バザーも皆様の御奉仕と御協力のもとで無事終えましたこと感謝です。そして 幼稚園遊具購入のために バザー収益金430,536円が与えられました恵みを御報告できますことに心より感謝します。      
 バザーでは「教会と幼稚園との交わり」を考えながら、何よりも「子どもが楽しく」を一番に心を寄せてまいりました。多数の園児や、なつかしい卒園生、そして教会学校の子ども達が遊んだり買物したり、一生懸命お手伝いする姿が見られ「子どもが楽しく」よりも「おとながうれしい」バザーとなりました。ホール一杯の献品、すてきな手作り、リサイクル、遊びいっぱいの子どもコーナー、おいしい食べ物、飲み物と、どこのコーナーもお客様はいっぱいでした。ご奉仕下さる皆様の顔も輝いて見えました。
 この日のために、バザー委員会が二度持たれました。お話をお聞きしたところ、今年も父母の会では春頃から準備されたとのことで、おどろきとご苦労に感謝の思いがいっぱいです。また、そのパワーにも感心してしまいます。しかし、ご家庭で、社会でのお仕事など、お忙しい中で、ただご負担にならないかと心配にもなります。そんなことも考えながら、ぜひ来年も教会と幼稚園の交わりの場としてバザーが持てたらいいなと思います。ぜひ「子どもが楽しく」そして「おとなも楽しく」そんなバザーにと祈っております。
(すか みのる)







バザーはたのし
田中 郁子
 55年以上も昔から、私、越谷教会のバザーをやっています。 
 「ヘー(トリビア?)」。そうなのです。名前がバザーだったのです。
 敗戦直後の日本にアメリカの放出物資が船に積まれてやって来ました。記憶では ララ物資って、耳が覚えています。なにしろ十代半ばの少女が、モンペから美しい色彩のスカートに履き替えられたのですから・・
デザインだって「へー」だったし。越谷の町中の人達がわんさとやって来て「コレがアメリカの匂いなんだ」と、ちょっと後ずさりしたりして・・
 1950年を過ぎた頃には、教会堂では、この放出物資のバザー、幼稚園舎では、カレーライス、みつまめ、チキンライスの食堂が、母の会の方達の力作でデモンストレーション。それは楽しいお祭りでした。
 英語禁止が解かれた日本の教会でバザーとキャンドルサーヴィスは最初の英語だったかも。
 ちなみに、近年のバザーでの私のポジションは古着売り場です。古き(着)よき時代?をオーバーラップさせながら今も昔もバザーはたのしです。
(たなか いくこ)

越谷教会月報みつばさ2003年11月号特集「バザー」より


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