今月の特集題 愛に満たされる喜び
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佐藤 祐子 |
50年生きて、1日の過し方、季節毎の整え、1年の流れに少し見通しが立つようになってきた。同じような事のくり返し、あまり大きく変化も進化もしない毎日。 しかしそこに突然予想もしないでき事がわき起こってくる。転職もそうだった。短い時間の中で悩み決断し、思いもよらない方向から次の場所が与えられた。何故何故と考えつつも立ち止まる間もなく渦にまきこまれるように時がすぎ、気がつくと今そこは私の場所になっている。離れてみなければわからなかった事、出会えなかった人々が与えられ新しい生活が広がっている。これがご計画だったのか。 ![]() 須賀工神学生が説教でこう語って下さった。絶望の淵にうずくまっていたバルティマイが顔を上げ、イェスさまにむかって「私を憐れんでください」と声をあげる。イェスさまはその声に耳を傾け、歩みを止めて、この一人の人を救うために、断固として待ち続け、断固として招き続けて下さる。その招きに応え立ちあがって上着を脱ぎすてかけ寄った時、イェスさまは、「何をしてほしいのか」とたずねて下さり、心の内をきいて下さり、行けと押し出して下さる。苦難の中にこそ真の救い主が来て下さり、本当の救いのみことばによってのみ安心して歩み続けていく事ができると。 ![]() |
(さとう ゆうこ) |
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須田 美香 |
私が、教会に通い始めたのは、小学校4、5年生くらいからになります。当時の友人から誘われた事がきっかけです。誘われた時、教会ってなんだろう、礼拝ってなんだろうと全く想像が付かなくて、とりあえず、友人と行くし、まぁ大丈夫かくらいの気持ちでいました。初めて礼![]() ある日、私は、母に叱られる事をしてしまいました。叱られ反省をして、その週の礼拝中、心の中で神様に謝りました。全てを言い終わったら、なぜだか心が軽くなり、きっと神様が聞いて下さったからじゃないかな、神様って本当にいるんだと、不思議と直感し嬉しくて感謝の気持ちでいっぱいになりました。 また、私は、学生時代、自分が自己中心的な態度を取り続けた為に、周りの方から嫌われ、暗く寂しい時を過ごしていました。しかし、教会と学習塾(教会に通い始めた時と同時期くらいから通っていました)に、ずっと通っていて、ここの方達は、優しく話しかけてくれて仲良くしてくれたのです。ここに来ると、仲間達に会えて、楽しい時間を過ごせるという心地良い安心感を、与えてくれました。嫌な出来事を忘れさせてくれて、また月曜日から頑張ろうという気持ちになりました。 そうして、教会と学習塾との交流や礼拝を通して、少しずつ周りの状況や自分自身について考える事が出来、落ち着いて行動したり、発言したりする事が出来るようになって来たのです。 また、去年、洗礼を受けた事によって、神様の愛の深さや永遠に守り導いて下さる事を、更に強く知りました。 ![]() 最後に、みつばさの原稿を書く機会を与えて頂き、感謝です。 |
(すだ みか) |
越谷教会月報みつばさ2009年12月号特集「愛に満たされる喜び」より |
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