みことばに聞く




心騒がせるな
 


               

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。」
(ヨハネによる福音書14章1節)

      

 「心が騒ぐ」「心がバラバラになる」という苦しみに合う事がある。突然、天地がひっくり返るような出来事に遭遇することがある。あわてふためき、心が騒ぐ、心がバラバラになってしまう。
 そのわたしたちに、主は「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。」と語りかけてくださっている。
 この御言葉は、主イエスが十字架で処刑される前日に、弟子達に語られた。
主イエスは逮捕され、十字架の道を進まれる。死の恐怖が弟子達を支配して、心がバラバラになる。
 心が張り裂けるような恐怖に弟子達は震える。
 この現実を生き抜く力は「神を信じ、そして、主イエスを信じる」信仰だ。
 主イエスと弟子達が生きているこの時代は、神の言葉としての律法が社会の秩序を守っている。自分たちは神の言葉を守り、この社会を支えているという意識を持っている人が、ほとんどだ。しかし「神を信じること」がイエスを信じることにはならない。実際に主イエスは「神を冒涜するものとして」十字架にかけられていく。神を信じているという人々の中で十字架にかけられて殺される。神を信じていても、神の御心は分からず神に大反逆をし、主イエスの一番近い弟子集団においてもイエスを裏切る。
 神に大反逆をしている、その反逆の只中で主イエスは十字架に殺される。ここに神の業があるとヨハネは強調する。神と一つであるお方を十字架にかける事、神を十字架にかけることだ。天地創造の神が、殺される。人間の大反逆の罪は、神の痛みとして受け止められ、神ご自身が、その罪を背負って下さる。大反逆の人間の罪を、神が主イエスにおいて引き受けてくださる。そして、「もう、このように罪に裁かれて滅ぼされる事は決してない。あなたをこの罪から救い上げる」という神の業が、十字架の中に示される。
 「なにがなんでも、あなたをこの罪から救い上げる」という神の断固たる御意志が、主の十字架の中に強烈に示される。
 このように、神ご自身が全存在をかけて、わたしたちを救い上げてくださった。
今、この大いなる神と一つであるお方が「わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。」(三節)と、主がわたしたちと共にいてくださることが示されている。
 この主があらゆる苦難の中にいる者に「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。」と語りかけてくださっている。この確信に生きることが、苦難の中で、わたしたちを支え生き抜かせる力だ。

        



(めじろ 撮影:N大T.H)
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