主に生かされて

      神様のご計画

        植村 めぐみ
 
 2000年私はがんを告知された。49歳だった。敬虔なクリスチャンなら、『これも神様の御旨』と、冷静に受け止められるのだろうか? 私は違った。理屈などない、説明も出来ない。築地から我が家に着くまで、滂沱の涙が溢れて止まらなかった。
 がん切除後、抗がん剤その他の治療は8年間続いた。りんぱ節転移陽性や、組織型が最悪で、再発・転移のリスクが高かったからだ。
 途中、その治療の影響で一過性の欝にもなった。不眠にもなった。生きる為に必死だった。しまいには、その副作用で膝関節症となり歩けなくなる程痛みが走った。不本意だが治療を断念せざるを得なかった。
 私の苦しみをあるクリスチャンが傍らで見ていて、『もし私が貴方と同じ状態なら天国に行けるのだから、むしろ早く行きたいと心待ちにする。だから、貴方のようには苦しまないと思う。』と言った。私の苦しみは更に増幅した。

 以前、悪性腫瘍で亡くなった姉妹を思い出した。彼女は最期まで週報を書く奉仕を続けられた。苦しくてもそれが出来る喜びをかみ締めておられた。が、人間的な頑張りによって神に受け入れられるとでも思っているのかと、私はその生き様に批判的だった。天国で再会したらまず陳謝したい。
 今、それがとんでもない誤りであり、批判されるべき者は私だと心から思っている。彼女が彼女らしく生き切ることをどうして支援出来なかったのか。がんになって初めて患者が何を求めているかが分った。

 私はその後、地域に根ざすがん患者会を立ち上げた。
『主の山に備えあり』
この御言葉に支えられてまもなく3年が経つ。会員は80名を越えた。次から次にこの患者会に繋がる一人ひとりに、神様の癒しと救いと平安があるよういつも祈っている。私のがん罹患は、そこに神様の大きなご計画があったことを今確信している。 
(みつばさ No.292 2009年2月号より)