第2日

11月29日





夜の幻をなお見ていると、
見よ、「人の子」のような者が天の雲に乗り
「日の老いたる者」の前に来て、そのもとに進み
権威、威光、王権を受けた。
諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え
彼の支配はとこしえに続き
その統治は滅びることがない。
(ダニエル書 7章 13節〜14節)



 「神に油を注がれた者」とは古い時代の聖書の中で、神様が選んだイスラエルの王のことを指しています。イスラエルの初めての王サウルは神様に従順な王ではなかったため、神様はサウルに代わってダビデを王に立てました。ダビデは神様の心にかなった王であったので、イスラエルの人々は苦しい時代を経て自然に「ダビデの子」の到来を考えるようになったのです。この来るべき方は、たんにダビデの子孫というだけでなく、精神的にも真に「ダビデの子」として期待されていました。
 聖書のイザヤ書にはこのような未来の王への希望が高まっていく様子が記されています。詩編では、平和をもたらす王の永遠なる支配を歌っています。ダニエル書では、期待されたのは「人の子のような者」の到来であり、その方は「天の雲に乗って」くる超自然的な人間として描かれています。




 時が過ぎて紀元前一世紀のはじめ、ローマ帝国全盛の頃です。アブラハムが唯一の神エホバに導かれ、カナンの地に住むようになってから、二千年の月日が経ちました。 かつてダビデ、ソロモンの時代、栄華を極めたイスラエルも次第に衰退し、今やローマの圧政下に苦しんでいました。人々は多くの預言者が約束した「救い主メシアの到来」を熱心に待望していました。



 その頃エルサレムの町に、シメオンというおじいさんが住んでいました。神様に従う正しい人で、イスラエルに救い主が与えられるという神様の預言者たちの言葉を信じていました。そんなシメオンに神様は、「その目で救い主を見るまでは死なない」という特別な約束をお与えになったのです。シメオンは毎日毎日、「今日は救い主にお会いできるかもしれない」と期待して待っていました。忍耐強く希望を絶やさず、待ち続けました。
 そして、ついに・・・。



 そんな願いと祈りの中から現れたのが、イエスさまだったのです。