特派員レポート

おいしい牛肉(1)


 美味しい猪鍋の条件を知っていますか?

 山猟師の人達は、猪が一番美味しいのは、脂の乗った秋から冬の若い個体だといいます。野山を走り回って健康に育った体に、冬を越すために脂が充分に蓄えられた時が、最高に美味しいのだというのです。
 私どもは、牛肉も同じだと考えています。牛肉のうま味は細胞の中の細胞液の味です。それは適切な飼料(牛は草食動物ですから充分な牧草を含みます)と適度な運動の中から生まれます。

 牛肉の値段は、見た目のよさ、つまり、サシ、霜降りと云って、脂肪がきめ細かに肉の間に多く入っているものほど、高級ということになっています。

 本当に、サシが多く入っている肉ほど、おいしいのでしょうか?
 もちろん脂肪は肉の食感に大きな役割を果たしています。脂肪が小さく、より多く肉の中に入る事で柔らかな食感になります。また、料理で加熱調理をするときに、肉のうまみの命である細胞液(肉汁)の流出をくい止める役割をするのです。このように、ある程度の脂肪は、加熱したときの肉のおいしさに重要な役目をしています。
 しかし、肉のうまみの命である肉汁そのものおいしさは、見た目ではわからないのです。適切なえさをたべて十分運動して健康に育ったのかどうか、肉をみただけではわかりません。店頭に並んでいる肉を見てわかることは、わずかに和牛とか国産牛とかオージービーフとか、牛の品種と産地だけです。

 戦前をご存知の方は、昔の牛肉は少し固いけれど、素晴らしい味の美味しさだった事を覚えていらっしゃるでしょう。あえて偏見と独断でいうならば、戦前の牛肉は大部分は黒牛だったのです。黒牛は、今のように、肉用牛という形ではなく、役牛と言ってトラクターの代わりに田畑を耕していました。田圃や畑は深く耕すほど収穫が多くなります。ですから、仕事をする役牛は力が強い、馬力のある牛が大事にされました。それは筋肉がしっかりしている牛のことですね。発達した筋肉、濃い細胞液、すなわち濃厚な旨みの牛肉の味というパターンになったのです。ただし、何年も働いた牛の肉ですから、固くて噛みきれなくて、最後は飲み込む、そんな事を覚えています。 しかし、すき焼きなどで一緒に煮込んだ豆腐や野菜などの食材に染み込んだ牛肉の味は格別でした。だからこそ、日本の代表的な料理として世界に紹介されたのです。

 ところが現在は役牛は肉牛に変わり、少ない飼料でより早く大きく育てるために、最小限の牧草と穀物を主体とした配合飼料と、狭い畜舎の中で運動をさせないようにして飼うようになりました。その方が効率がいいからです。何しろ経済性、効率、合理性の世の中ですから。その結果、お肉は柔らかくなりました。食感も良くなりました。しかしあの濃すぎるほどの黒牛の味は失われて、ただの美味しい牛肉に変ってしまいました。

 私ども見浦牧場は、この昔の黒牛の味を追いかけて、日本で唯一の独特の飼い方を追求しているのです。このページをお読みの皆さんに、本来の黒牛(わぎゅう)と見浦牧場の牛の話、そして働いている人間の考え方を、聞いて頂きたい、見て頂きたいと思っているのです。

  つづく

見浦 哲弥

(掲載:2002年4月29日)