ジム・ネイバーズの
“結婚物語”?

JIM NABORS ‘I DO! I DO!’

こん太  

 少し前に「ビニール・クロゼット ー音楽界を創ったゲイたちー」(ボーゼ・ハドリー著 )「ロック・ハドソン ーわが生涯を語るー」(ロック・ハドソン/サラ・デビッドソン著 )をじっくり読み直してて、おもしろいことに気づいた。「わが生涯を語る」の中で、ロックと“結婚”していたという噂が広まった人物として出てくるジム・ネイバーズ(JIM NABORS)って、「ビニール・クロゼット」の中で匿名でインタビューに答えている“もともと歌手で、テレビ・スター(俳優)、しばしばコミカルな役もこなす”人物、KLMと同一人物ではないだろうか? ロック・ハドソンと噂のあったジム・ネイバーズってどんな人なのかずっと興味があったのだが、芳賀書店の「外国俳優大事典」によると、“オペラ歌手、ナイトクラブ歌手等をへてTVの『スティーヴ・アレン・ショウ』54(未)、『メイベリー110番』63で人気を得たアメリカのTVの芸人。その役を主人公にしたTVシリーズ『マイペース二等兵』64もある。”というふうに載っていた。詳しいことはわからないが、彼は活躍の場がテレビやライブ・ショー中心らしく日本では全然馴染みのない人のようだ。ロック・ハドソンが1925年生まれだから、1932年6月12日アラバマ生まれのジムはロックより7つ年下で、彼ら2人の噂が流れ始めた71年頃、ロックは40代半ば、ジムは30代後半だったことになる。上の2冊の本の記述を照らし合わせてみると、とても興味深いので、ところどころ抜粋してみよう(「ビニール・クロゼット」からの抜粋に、Hとあるのはその著者のボーゼ・ハドリー、KはKLMを示す)。

「わが生涯を語る」より
ロック・ハドソンがこっそり、ジム・ネイバーズと結婚していたといううわさが広まった。テレビやラジオのショー番組でも、そのうわさは繰り返し採り上げられた。コメントを求めるリポーターたちからひっきりなしに電話がかかってきたので、キャッスル(註:ロックの邸宅)の電話は鳴りっぱなしだった。……人の口に戸は立てられず、うわさは広まる一方で一向に衰える気配がなかった。結婚式に出席したと証言する人びとが現れ、……いろいろ勝手なことを口にした。……CBSテレビのジム・ネイバーズのバラエティ・ショーは打ち切りになった。

「ビニール・クロゼット」より
彼(註:K)はテレビ・スターでシリーズものの自分の番組を何本か持っていた。その彼の最後のシリーズが打ち切りとなった。表向きの理由は視聴率の低迷だったが、本当はKとあるゲイの映画スターとの関係が噂となってアメリカ中に広がったからだ。
H - あなたは噂がもとで仕事を打ち切られたショックから完全に立ち直っているのですか。
K - あれは単なる噂ではすまなかった……。
H - 確かに。だれかが証拠をつかんだのですか。
K - だれかが写真を撮ったんだ。

「わが生涯を語る」より
うわさはまったくのでたらめだった。ロックはジム・ネイバーズのバラエティ・ショーにゲスト出演したことがあり、それ以来、気のおけない友人どうしになった。ロックはジムと歌を歌うのが好きだったし、……ジムのショーを見たこともあった。……が、ジムはキャッスルに泊まったことはなかった。……ついにはロックもジムも、結婚した事実は無いと公に発表しなければならない立場に追い込まれた。

「ビニール・クロゼット」より
H - 例の映画スターの恋人とはどのくらい続いたのですか。
K - かなりだ。まあくっついたり離れたりだったけど。
H - 公にはあなたは彼とは友人以上のものではないと否定されましたが。
K - 公なんてのは真実と何の関係もない……。
H - わかっていました。

 同じような内容の記述を2冊の本から抜き出して並べてみたのだが、これらを読み比べてみてどうだろう?どちらか1冊だけを読んだ場合ではわからないものが、見えてくるように思えて、なかなかおもしろい。ロックの「わが生涯を語る」は多分ロック自身のことに関しては、かなり正直に語ったものだとは思うのだが、さすがに、数多くあったであろうと想像される、彼と有名俳優たちとの恋愛というのがひとつも出てきていない。これももっともなことだろう。いくらロックが死を前にして、自分はゲイでエイズにかかってると告白したとしても、やはりかつて恋人関係だった有名人とのことを素直に話して、アウティングするようなことはできないだろうから。大きな噂になったジム・ネイバーズとのことでさえも「うわさはまったくのでたらめだった」と書かざるを得ない状況も十分理解できる。でも、これを読む場合「公なんてのは真実と何の関係もない」ということをしっかり頭に入れておく必要がありそうだ。

 僕がこのKLMとジムが同一人物であると考えるのは、上に引用した部分に加えて、2冊の本の「Kはひとづき合いを避けて住んでいる。そこはアメリカでももっとも美しい州だ。」と「ジムの家があるハワイ」という記述が一致している(ように思える)ということ、そしてさらにもうひとつ、このKLMという匿名なのだ。「ビニール・クロゼット」では「KLMは彼のイニシャルではないが、とりあえずここでは彼をKと呼んでおこう。」とされている。JIM NABORSならイニシャルはJNになるはず。そこでKLMとJNにどういう関係があるかを考えてみたところ、この5つのアルファベットを並べるとJ・KLM・Nってキチンと順番どうりに並ぶことに気付いたのだ。やっぱり、この二人は同じ人物…。この「ビニール・クロゼット」のKLMのインタビューはなかなか面白いので、機会があれば一度全部を読んでみて欲しい。なぜ彼がカムアウトしないのかを述べる、その理由も、もっともと思わせるもので説得力がある。俳優のカミングアウトはやはり、歌手などよりもずっと難しいのではないだろうか。
(注:写真はハワイにあるジムの手型。この手がロックを…? 撮影:1993年 こん太)

 さて、推理はこの辺までにして、ここからは実際にジム・ネイバーズがどんな俳優で歌手なのか、僕の知る範囲で紹介したいと思う。
 俳優としてのジム・ネイバーズの姿は、バート・レイノルズが主演した2本の映画
「テキサス1の赤いバラ/THE BEST LITTLE WHOREHOUSE IN TEXAS」('82)と「ストローカーエース/STROKER ACE」('83)で見ることができる。ジムはどちらの映画でも脇役ながら、気のいい男を好演している。「ストローカーエース」は、作品としてはこれといって見るべきものもなく、ありふれたカー・アクション・コメディなのであまりお勧めできないのだが、ここで彼はバートが演じるカー・レーサーに付くチーフ・メカニックのラッグス役で出演(ちなみに、この役でジムは第4回 -1983年度- ゴールデン・ラズベリー最低助演男優賞を受賞!)。一方「テキサス1の赤いバラ」はなかなかの名作である。日本では劇場公開されなかったのであまり知られていないが、ビデオがでているのでぜひ探して観てもらいたいものだ。

 この「テキサス1の赤いバラ」は、78年にブロードウェイに登場しヒットしたカントリー&ウエスタンのミュージカルを映画化したもので、テキサスの田舎町を舞台に、そこにある売春宿の女主人モナ(ドリー・パートン)と彼女に想いを寄せる保安官エド(バート・レイノルズ)、そして売春撲滅を目指すTVキャスターが繰り広げるコメディ・ミュージカルである。ジム・ネイバーズはエド保安官の助手のフレッド役。彼のナレーションがこの映画の最初と最後についていて、映画の一番最初のシーンにでてくる人物がジム・ネイバーズなので、「この人がロックの恋人だったのか…」などとチェックしながら観てもらいたい。何も知らないで見ていると、特別ハンサムでもセクシーでもないただの“おじさん”なので見過ごしてしまうけど、こういった私生活の噂を意識して見ると「ゲイなのにストレートをがんばって演じてる姿が結構かわいい…」と思えるから不思議。

 その他にも、ゲイの観客の為に(?)この映画の中にはアメフト選手達のシャワー・シーンも用意されているし、また映画の終り近く、売春宿が閉鎖されることになりそこで働いていた女達が去って行かねばならなくなった時に歌われる〈HARD CANDY CHRISTMAS〉というナンバーは、ル・ポール(RU PAUL)が昨97年末に出したクリスマス・アルバム「HO HO HO」の中で取り上げていた曲でもある。ル・ポールはドリー・パートンが大好きらしく、この「テキサス1の赤いバラ」もお気に入りのようだ。そうなのだ!この映画では、モナ役のドリー・パートンが実に素晴らしく、とっても可愛い。映画のラストで彼女が、自作の名曲〈I WILL ALWAYS LOVE YOU〉(後にホイットニー・ヒューストンの歌でも大ヒットしたあの曲)を歌うのだが、このシーンは本当にせつなく、涙をさそう…。そして映画は最終的にはハッピー・エンディングで、み終わった後、しあわせな気分にしてくれる作品だ。

MUSIC FROM THE ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK
THE BEST LITTLE WHOREHOUSE IN TEXAS (1982)
(A)
01. 20 FANS (Carol Hall)
Narration by Jim Nabors
02. A LIL' OLE BITTY PISSANT COUNTRY PLACE (Carol Hall) Dolly Parton, Teresa Merritt, The Whorehouse Girls and Customers
03. SNEAKIN' AROUND (Dolly Parton) Dolly Parton and Burt Reynolds
04. WATCHDOG REPORT / TEXAS HAS A WHOREHOUSE IN IT (Carol Hall) Dom De Luise and The Dogettes
05. COURTYARD SHAG (Carol Hall)
(B)
01. THE AGGIE SONG (Carol Hall)
02. THE SIDESTEP (Carol Hall) Charles Durning
03.
HARD CANDY CHRISTMAS (Carol Hall) Dolly Parton and The Whorehouse Girls
04.
I WILL ALWAYS LOVE YOU (Dolly Parton) Dolly Parton

 本題のジム・ネイバーズについていうと、歌手でもある彼の歌は残念ながらこの「テキサス1の赤いバラ」の中では聴くことはできないので、シンガーとしてのジム・ネイバーズを知るには、彼のCDを手に入れよう。現在、米Columbiaから「16 MOST REQUESTED SONGS」(CD番号はCK44404)という編集物のCD(曲目から見て70年代はじめ頃までの録音のものと思われる)が出ていて輸入盤で¥1800ぐらいで手に入る。その中でジムは「ロミオとジュリエット」「ドクトル・ジバゴ」「世界残酷物語」やロッド・マキューン(Rod McKuen)が音楽を担当した「ミス・ブロディの青春」といった一昔前の映画の主題歌とか、ジルベール・ベコーの〈そして今は/WHAT NOW MY LOVE〉、今聴くとちょっと気恥ずかしくなってしまうような“いかにも”って感じの時代がかった歌〈恋はみずいろ/LOVE IS BLUE〉〈この胸のときめきを/YOU DON'T HAVE TO SAY YOU LOVE ME〉などを、暖かみのある(つまり、あまり洗練されていないという意味?)大きな表現で歌っている。また彼はけっこう信仰心の篤い人でもあるらしく、〈JUST A CLOSER WALK WITH THEE〉(この曲は94年のニュージーランド映画「乙女の祈り」の中でも女生徒たちが合唱していたね)や〈主の祈り/THE LORD'S PRAYER〉などの宗教曲も入っていて、“何コレ?”と思いつつも聴いていると、けっこう慣れてきて、はまってしまう。その上「ラ・マンチャの男」「ファンタスティックス」「回転木馬」「屋根の上のバイオリン弾き」「キスメット」などのミュージカル・ナンバーも収録されていて、ノスタルジーに浸るにはぴったりのアルバムだ(?)。

JIM NABORS
16 MOST REQUESTED SONGS
01. THE IMPOSSIBLE DREAM (J. Darion, M. Leigh)
02. A TIME FOR US (L. Kusik, E. Snyder, N. Rota)
03. TRY TO REMEMBER (T. Jones, H. Schmidt)
04. LOVE IS BLUE (B. Blackburn, P.Cour, A. Popp)
05. LOVE ME WITH ALL YOUR HEART (M. Vaughn, C. Rigual, M. Rigual)
06. SOMEWHERE MY LOVE (P.F. Webster, M. Jarre)
07. WHAT NOW MY LOVE (K. Sigman, G. Becaud, P. Leroyer)
08.
MY CUP RUNNETH OVER (T. Jones, H. Schmidt)
09. THE LORD'S PRAYER (A.H. Malotte)
10. JUST A CLOSER WALK WITH THEE (Arr: S. Feller, J. Guerico)
11. YOU'LL NEVER WALK ALONE (O. Hammerstein U, R. Rodgers)
12. MORE (N. Newell, T. Ortolani, N. Oliviero)
13. YOU DON'T HAVE TO SAY YOU LOVE ME (V. Wickham, S. Napier, Bell, P. Donaggio, V. Pallavicini)
14.
JEAN (R. McKuen)
15. SUNRISE SUNSET (S. Harnick, J. Bock)
16. AND THIS IS MY BELOVED (R. Wright, G. Forrest)

 このCDの中の1曲〈わが心あふるる/MY CUP RUNNETH OVER〉は、66年にロバート・プレストンとメアリー・マーティンで初演された舞台ミュージカル「結婚物語/I DO! I DO!」からのナンバーで、このミュージカルは、50年に及ぶ結婚生活の豊かさを、一組の夫婦を演じる男女2人の歌と踊りでつづるものだそうだ。日本でも69年に日生劇場で越路吹雪とあの平幹二郎で上演されたというこの「結婚物語」は、ロック・ハドソンが(ジム・ネイバーズとの“結婚”の噂が盛んに囁かれていた)73年にキャロル・バーネットと組んで舞台に立った作品でもある。(でも‘結婚生活の豊かさ’を描く作品の主演男優がなんでこの人たちやねん?)‘ロックとジムはキャロル・バーネットの家で結婚式をあげた’説もあることを考えると、俳優が演じてみせる“結婚物語”と、実生活での“結婚物語”のギャップの大きさがとんでもなくキョーレツで、とてもおもしろいなあと思う。そんなことを考えながら、いちどジム・ネイバーズの歌も聴いてみるのもいいかもしれない。

※「ビニール・クロゼット」(JICC出版局 '92)「わが生涯を語る」(日本放送出版協会 '86)はどちらも既に絶版になってしまったようです。興味のある方は図書館で(あるか!?)でも探して読んでみて下さい。

★この文章は、GAY-FRONT関西(現G-FRONT関西)の機関誌「ぽこあぽこ/Poco a Poco」10号(1998年4月1日発行)に掲載されたものです(一部訂正・加筆しました)。

ROCK HUDSON
ROCK, GENTLY (1970)

Rock Hudson sings the songs of Rod McKuen
Produced by
Rod McKuen
(A)
01. OPEN THE WINDOW AND SEE ALL THE CLOWNS (Rod McKuen)
02. I'LL SAY GOODBYE (McKuen, Becaud)
03. I'VE BEEN TO TOWN (Rod McKuen)
04. THINGS BRIGHT AND BEAUTIFUL (Clark, McKuen, Grant)
05. AS I LOVE MY OWN (Rod McKuen)
06. GONE WITH THE COWBOYS (Rod McKuen)
07. LOVE'S BEEN GOOD TO ME (Rod McKuen)
(B)
01. MEANTIME (Rod McKuen)
02. YOU PASS ME BY (Rod McKuen)
03. SO LONG, STAY WELL (Rod McKuen)
04. BLESSINGS IN SHADES OF GREEN (Rod McKuen)
05. HAPPY BIRTHDAY TO ME (Rod McKuen)
06.
JEAN (Rod McKuen)
07. LONESOME CITIES (Rod McKuen)

(おまけ:ロック・ハドソンの遺産のかなりの部分を相続したロックの親友、俳優のジョージ・ネイダー(George Nader)は2002年2月4日に80歳で亡くなりましたが、彼は死ぬ前にハリウッドのゲイについての興味深い本を執筆していたらしく、もうすぐ出版されるそうです。楽しみ!ですね。ジョージ・ネイダーについてはこちらへ。)