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木村言語研究所報告
【ミーハーエッセー】「梅雨の感傷」おまけ



☆〜冬のソナタ ザ・ミュージカル〜☆

観劇レポート

☆2006年10月29日 新宿コマ劇場☆


なかば怖いもの見たさで出かけたミュージカル版冬のソナタでしたが、意外におもしろく、
同行の連れ合いが「あやうく感動しかけた」ほどの出来映えでした。
そんな「冬のソナタ ザ・ミュージカル」の鑑賞記です。




あらすじ
[一度見ただけなので、多少の思い違い、記憶違いはご容赦ください。]


序曲が流れる中、舞台のスクリーンにはドラマの1−2話のシーンが絵のようなタッチに加工されて映し出されます。楽しそうな高校生カップル。

スクリーン越しに舞台奥の男性が見え、車の走っている音がします。
衝撃音と同時に崩れ落ちる男性。

舞台手前で、制服姿の女性による灯籠流し。死者を弔っているようです。
カセットテープから男性の声が流れます。
「いまはメロディーしかないけど、こんど歌詞を付けてこの歌を歌ってあげる。」
彼が歌うのは、私たちがよく知っている「最初から今まで」の旋律でした。

男性は交通事故にあった際に「記憶を渡すなら代わりに命を授けよう」と
記憶の精霊に言われます。
彼はまだ愛の告白をしていませんでした。
記憶がなくても、再び彼女に逢えばきっと心でわかると信じ、
愛を伝えるために命を選んで、生き延びます。

十年後、ミニョンと名を変えた彼が工事現場でユジンと顔を合わせました。
ユジンは死んだチュンサンとそっくりな彼を見て動揺します。

建築責任者のミニョンは
「あなたの設計した『記憶の家』は感傷的過ぎてこのリゾート地のコンセプトに合わない。
工事は中止だ」と言い渡します。
ユジンは必死に記憶の大切さを訴えますが、ミニョンは相手にしません。

ユジンが立ち去ってからミニョンは激しい頭痛に襲われ、奇妙な感覚にとらわれます。
「初めてのはずなのに彼女を知っているような気がする。」

ミニョンの様子を心配した恋人のチェリン(在米コリアン、振付師)は、父親に連絡します。
彼女の父オ博士はミヒとミニョン親子の主治医で、
ミヒがつらい失恋を経験して以来30年間、ずっと見守ってきました。
チェリンはアメリカで治療中のミニョンと出会って、彼に恋したのです。

ミヒは失った恋人の代用品として息子(父親は明示されない)を異常に愛しており
十年前の交通事故の時には彼が死ぬのが怖くて徹底的な治療を拒みました。
しかし、その影響がいまになって出てきたようです。
「再手術をしないと命が危ない。また記憶を失うことになるが」と博士がミヒに告げます。

サンヒョク(舞台演出家)はユジンへの想いを十年間暖めてきました。
プロポーズしようとしたその日にミニョンが現れ、
同級生だったチュンサンと瓜二つの容貌にサンヒョクはショックを受けます。

ちょっとした誤解も解け、ユジンはミニョンと愛し合うようになりました。
彼女はサンヒョクのプロポーズを断ります。
サンヒョクは嫉妬に駆られて興奮し、工事中の「記憶の家」から飛び降ります。
止めようとしたミニョンも一緒に落下。
その衝撃で彼はチュンサンだった頃の記憶を取り戻しました。
ミヒは息子に手術を受けさせるつもりでしたが、彼はもう記憶と引き換えの命を望みません。
精霊との取引に応じず、死を覚悟します。

教会ではチンスクとヨングク(共にダンサー)の結婚式が行なわれています。
ユジンと、なんとか怪我が治ったサンヒョクが付添い人として同席。
そこへ、ミヒの監視の隙をついて脱出したチュンサンが現れ、
十年前に果たせなかった約束の歌を歌って、ユジンへの変わらない愛を告白します。

ほどなく息子を探していたミヒが登場。
「その女はダメよ。かあさんの初恋の人を奪った女の娘。
こんどはお前を奪おうとしているけど、そうはさせない。
かあさんがお前を守ってあげる。」
しかしチュンサンは母の妄執をしりぞけ、ユジンの手をとって走り去ります。

錯乱するミヒ。
それを見ていたサンヒョクとチェリンが
「自分も今のままではあのようになってしまう。
 愛した人の心の中に私の居場所は最初からなかったのだ。
 愛したことを後悔はしない」と、
憑き物が落ちたようにそれぞれの恋を諦めます。
そして、命よりも愛の記憶を選択したチュンサンに理解を示します。

ユジンはまだチュンサンの健康状態を知らされていません。
思い出の並木道で無邪気にチュンサンとの散歩を楽しんでいます。
しかし、チュンサンにだけ見える精霊たちが彼を迎えに来ました。

「顔色が悪いわ。ベンチで休みましょう」
ユジンの肩にもたれたチュンサンの体からふっと力が抜けます。

ここから、チュンサンは幽体離脱状態の演技となります。
ふわりと立ち上がると、ベンチから離れてユジンをいとおしげに見つめます。
ユジンはチュンサンに何が起こっているのか知らず、
隣の彼(実際には誰もいない)に話しかけたり、降りかかる雪をはらってやったりして、
うれしそうです。

「愛の記憶があることに感謝する。
僕はいなくなるけれど、
すべてが変わっても記憶がある限り、ふたりの愛は永遠に」

チュンサンは精霊たちに伴われて去っていきました。




テレビドラマとの比較

衣装を見た感じでは、主な登場人物それぞれのキャラクターを象徴する色が設定されていたように思います。チェリンは赤(情熱)、サンヒョクは黒(嫉妬)。これはわかりやすいですね。


ユジンは白(純粋)でした。
ドラマのユジンは、チュンサンを愛しつつサンヒョクと婚約しながらミニョンを好きになる、という三股状態で、純愛ドラマのヒロインらしからぬ多情さを見せます。それに、周囲にどう思われるかが彼女の最大の関心事のようで、純粋と形容するのを躊躇させられました。

でもミュージカルのユジンはまだサンヒョクと婚約していません。
プロポーズされる前にミニョンと会い、

「愛はひとつだけと思っていたけど、似ている姿に引かれる
眠っていた愛が目覚めたの?これは愛?」

となります。サンヒョクにプロポーズされると

「ミニョンさんを愛している、この気持ちはどうにもならない」

こんなふうにきっぱり答えて、ただ泣くだけだったドラマのユジンよりも、自分の気持ちを正直に言葉にします。

また、ドラマでは「悲しい体験のせいで成長しきれず、少女のような心を持つ女性」というキャラクターが十分に表現されていませんでした。チェ・ジウの声と体格、単調な演技、それらをカバーできなかった演出のせいでしょうね。

ミュージカルのユジンはきゃしゃな体つきで声は細いソプラノ。あまりうまくはありませんが、まっすぐな歌い方がいかにも純粋無垢で、美しかったです。ラストでは、なにも知らずにはしゃぐ姿が本当に子供のようで哀れでした。

ミュージカルは完全に「チュンサン物語」となっており、ユジンが悩んだり迷ったりする場面はありません。ユジンに感情移入してドラマをご覧になった方には物足りないかもしれませんが、彼女の鈍感で優柔不断な振る舞いを見ないで済むので、私は舞台のユジンのほうが好きです。


チュンサンの色は青でした。誠実の象徴でしょうか。

ドラマ後半のミニョン/チュンサンはさまざまなしがらみを振り切ることができません。
保守的な家族観と女性観が彼の心にブレーキをかけ、そのきしみが彼を苦しめます。

ところがミュージカルの彼は、心のおもむくままに突っ走ります。ユジンはまだ婚約していませんし、彼とユジン・サンヒョクの血縁云々の話がないため、身軽なのですね。ドラマより若々しく、より凛々しく、より一途です。愛の成就を最優先させ、母親と訣別して己の欲するところを貫き通します。チュンサンは母の人形として生きるのをやめ、自分の人生を自分の意志で完結させました。

確認しておきますが、ドラマでは「手術で記憶を失う」という診断がありません。チュンサンは、死ぬかもしれないし障害者になるかもしれない自分はもうユジンを守ることができないと考えて、保守的な男の美学を全うするために姿を消すのでした。ペ・ヨンジュンが演じるチュンサンは、終盤に入ってどこか老成していたなと思います。

ミュージカルでは、記憶がなによりも大切と考えるユジンのために、
そして自分の愛に誠実に生きるために、チュンサンは命を投げ出します。
ミュージカルのチュンサンは、ドラマよりまっすぐで熱くてロマンチックで、
最後の瞬間まで若々しい青年でした。


総合演出を担当したユン・ソクホ監督はインタビューで、結末と精霊の存在がドラマとの大きな違いだと述べています。ドラマのチュンサンを死なせるかどうか、監督が最後まで迷っていたのは有名な話。視聴者の意向を無視できずあのようなエンディングになったそうですが、ミュージカルで当初のストーリーがやっと日の目を見たことになります。

精霊が出てくると最初に聞いたときには、なんじゃそりゃあ、と思いました。
が、実際に舞台を鑑賞したら、全然違和感がありませんでした。
チュンサンが置かれている状況や彼の内面を、可視化したのですね。

私が思うに、結末の違いや精霊の出現よりも、チュンサンとユジンのキャラクター設定の違いが物語に及ぼした影響のほうが、大きかったと思います。

白(純粋)に照らされ澄み渡る青(誠実)によって、
赤(情熱)と黒(嫉妬)が浄化される。
ミュージカル版冬ソナはそんなストーリーでした。

ドラマを見終わったときには長い苦悩の果ての平安を感じたのですが、ミュージカルではチュンサンの死にもかかわらず、胸の中がすがすがしさで満たされました。

自分たちの愛に最大の価値を置くチュンサンとユジン。
「冬のソナタ ザ・ミュージカル」こそ、純愛物語と呼ぶのにふさわしいのではないでしょうか。




キャスト&パフォーマンス〜終演後

チュンサンとユジンはダブルキャストになっており、私が出かけた東京公演最終日はイム・テギョン&パク・ホンジュのペアでした。

最終公演で疲れがたまっていたのか、チュンサンの声は荒れ気味。
ときおり音程が揺れましたが、翳りのあるテノールで繊細な歌を聞かせてくれました。
ラストの「マイ・メモリー」は単語ひとつひとつに情感が込められていて感動的でした。
筋立てやキャラクター設定が異なっていても、
最後に去って行く姿は「チュンサン」としか呼びようのないものでした。
肩にかかる長さの黒髪(高校時代も)、ロングコートを愛用。もちろんマフラーも。
ラストは白のタートルネック、白のパンツ、青いロングコートでした。

ユジンは澄んだ綺麗な声ですが声量がありません。
でも、素人っぽさが良いほうに働いて、とにかく可憐でした。
ストレートのロングヘア。ラストは真っ白のかわいらしいコート着用。
容姿、キャラクターともども「純愛ドラマのヒロインはこうでなくちゃ」と連れ合いも大満足のユジンでした。

サンヒョクはかなり出番が多い役でしたが、
イ・ピルスンが約4週間の全公演をひとりでこなしたようです。
メインの4人の中では一番キャリアがあるらしく、安定した歌を聞かせてくれました。
艶のある明るいテノール、茶髪。ドラマより軽いキャラで、直情径行。
一番人気の役者さんでした。

チェリン役のジニーはアルト。音程がフラット気味でした。
ソロの最後のロングトーンを完全にはずしていました。残念。
芝居は良かったです。
少女のようなユジンと対照的な、魅力あふれる大人。
ミニョンを気遣う優しさも持ち合わせている素敵な女性です。
ストレートのロングヘアをポニーテールにしていました。

精霊のリーダーを演じたヤン・ジュンモはクラシックのテノール歌手のようです。
ずば抜けて歌がうまかった。
彼とチュンサンとのやりとりが最大の見せ場でした。
ガウンをまとい、顔は白塗り。パズルのピースの黒い仮面をつけていましたが、
ドラマを見ていない観客には扮装の意味がわからなかったかもしれません。
(そういえば、ミニョンのオフィスの壁が白いジグソーになっていて、一か所だけ黒かった。記憶の欠落ですね。)

ミヒ役のチン・ボクチャはメゾソプラノだったでしょうか。
この方にも大きな拍手が送られました。
歌謡曲歌手キム・ヨンジャに似た、声量たっぷりの韓国女性らしいボーカル。
ソロ一曲だけでしたが、ほとんど狂気と言っていい情念を歌いきりました。
ドラマのミヒは、異論があるとは思いますが同情できる境遇にあり、チュンサンは赦します。
ミュージカルのミヒは不気味で怖かったです。息子が離れていくのも仕方ないと観客を納得させるキャラクターになっていました。

チンスクは、ユジンとチェリンより歌がうまかったですね。
ちょっと気弱なヨングクをリードする活発な女性でした。

ドラマの音楽からは4曲が使われました。
最初のほうにあるサンヒョクのソロは、第1話冒頭で聞こえる「始まり」です。
ユジンへの恋心を歌う甘く軽やかな歌になっていました。
主題歌はミュージカルの筋に合わせて歌詞がまったく新しく作られ、
「マイ・メモリー」も半分書き換えられていました。
「あなただけが」が高校時代のエピソードのBGMとして使用されました。
ちょうどいい分量の妥当な選曲だったと思います。

カーテンコールでユン・ソクホ監督が舞台に現れるや、観客は立ち上がって拍手です。テレビで見るのとまったく同じ、やさしそうなおじさまでした。初日からずっと照明ブースで舞台をご覧になっていたそうです。

楽曲や歌唱はなかなか良かったです。お話も感動的でした。でも踊りがうまくなかったなあ。アンサンブルがそろってないんです。振り付けも垢抜けない。

ミヒとユジンの母との因縁話は不要だったと思います。ミヒをピアニストとする必然性もまったくない。「昔の失恋の痛手を克服できず、結婚生活にも失敗し、息子を溺愛する病的な女」というだけで十分だと思います。ミニョンとチェリンを在米コリアンにする理由もないでしょう。人物設定をもっと単純化できるのではないでしょうか。

舞台芸術は改訂を重ねて良くなるものなのだそうですね。
この作品もそうなればいいなと思います。
いつか再演されることがあったら、また見に行きたいです。


終演後に劇場のロビーでサイン会がありました。
私と連れ合いは列のおしまいのほうにいたので、小一時間待たされました。
プロってすごいですね。ステージの後にもかかわらず、何百人ものお客さんひとりひとりに「アンニョンハセヨ?」とほほえみ、サインしてくれるんですもん。感激しました。
役者さんたちの顔の小さいこと!(精霊さんはふつーでした。)
ユジンとチェリンはほんっとーに綺麗でした。
チュンサンはまじめな雰囲気、サンヒョクはやんちゃ。
俳優さんたちを間近に見られて、私のミーハー心はおおいに満たされたのでした。


参考: 冬のソナタ ザ・ミュージカル 公式ホームページ



*この鑑賞記は、「たこ焼き村の掲示板」に投稿した文章(2006.12.5)に修正を加えたものです*

作  成  日:2008.10.12
Copyright 2008 副所長@木村言語研究所. All rights reserved.


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