「佐祐理さんって自分の事『人よりちょっと頭の悪い子』って言ってるけどどうなんだろうな?」







「祐一……」







「ん?」







「佐祐理をなめちゃいけない」







「だって……」










































「学年最下位だから」









佐祐理さんの+40

by月海涼秋 for宮野想良 




俺と舞は窓際の壁に背をもたらせながら佐祐理さんが教室から出てくるのを待っていた。

何気ないつもりで舞に聞いた佐祐理さんの成績に俺は思わず、ズリ落ちそうになった。


が・・・学年最下位って・・・・・・


今日は三人で帰る約束をしていたのだが佐祐理さんが少し遅れる事になってしまったのだ。


そう、佐祐理さんは目の前の教室で補習を受けていた。


時計を見ると既に6時近く。今日は百花屋に寄って終わりかな。

時間があれば三人で商店街をぶらついて遊ぼうと考えていた所でドア越しに教室の空気が変わる気配を感じた。


おっ、やっと終わったみたいだな


しばらくして教室から補習組みが疲れた顔で出てきた。

その中に一見、補習とは無縁そうな俺達の待ち人、佐祐理さんが教室から顔を覗かす。


「おーい、佐祐理さーん」


俺が手を振ると、それに気が付いた佐祐理さんはぱたぱたと俺達のところに走ってきた。


「あははーっ。二人ともお待たせしました」


補習を終えたばかりだと言うのにやたらと嬉しそうな佐祐理さん。


「ど、どうしたの? 佐祐理さん。あ、もしかして補習で分からなかった所が分かったとか?」

「実はそうなんです」


満面の笑みで答える。どうやら追試の心配は無いようだな。


「見て見て。舞。」

言って佐祐理さんは嬉しそうに舞に何かを差し出す。


「新型の紙飛行機。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?


俺って確か『補習を受けてる佐祐理さん』を待ってたんだよな?

なら何故に紙飛行機が佐祐理さんの手の中にありやがるんですか?


「折り方に行き詰っちゃってどうしたらいいか分からなかったんだ。でもね、ここをこうして・・・」


思考が停止している俺の目の前では舞が瞳を輝かせて尊敬の眼差しで佐祐理さんの説明を真剣に聞いている。


「佐祐理さん・・・・・・それは?」


ようやく思考停止が解除された俺は恐る恐る佐祐理さんに聞いた。


「目の前にいい素材があったので試しに折ってみたら出来たんです」


照れながら佐祐理さんは
偶然が生んだ産物を俺にも見せる。


・・・・・・なんかその素材、数式らしきものが見え隠れしてるんですけど。


「この飛行機は飛ばしたら必ず自分に戻ってくる高性能なんです」

「・・・・・・佐祐理。」

「ほぇ?」


「紙飛行機の神様」


「そ、そんなことないよ。佐祐理に折れる位だから舞や祐一さんにも出来るよ」


既に神を敬う視線を送る舞に照れる佐祐理さん。何故か俺までエントリーされてるし。


ごめん。佐祐理さん。せっかくだけど
俺、時間は大切にしたい人だから。



「相沢・・・。ちょっといいか」


ふいに名前を呼ばれた気がして振り返る。

すると教室の入り口でなんだか疲れた顔をした教師がこいこいと手招きしている。

三年の教師だが、俺達三人は今じゃ学園の教師まで有名だと以前に北川が言っていたのを思い出した。


別に特別、何かした訳じゃないんだがな。 強いていえば、俺達の出会いがほんの少しだけ変わってただけだ。


後ろでは廊下でさっそくテストフライトしている二人を後にして俺は教師の傍まで歩み寄った。


「はい、なんですか?」

「お前はあの三人の中で唯一まともみたいだからお前に言うが・・・」

「はぁ・・・」


な、何か嫌な予感がするんですが。


「単刀直入に言うぞ。このままだと、倉田は卒業できん。」



嫌な予感は的中した。


「ち、ちょっと待って下さい。それってどういう事ですか?」

俺は慌てて教師に詰め寄った


「正確に言うとだな、三日後の追試で全科目、最低でも平均40点は取らないと留年と言う事だ」

「・・・は? 40点・・・ですか?」


俺は教師の溜息混じりの一言に拍子抜けした。

俺は決して成績優秀って訳じゃないが一応、受験勉強もしているし、テストの成績もまぁ、ボチボチだろうと自覚している。

なので、40点は全く勉強しなければひょっとしたら一科目くらいはあるかないかの感覚だ。


「なんだ、意外と楽勝じゃないですか。脅かさないで下さいよ」


意外と粋なジョークを飛ばす教師に俺は笑いながら安堵の吐息を吐いた。

これが全科目80点とかだったらさすがに顔が引き攣っていたが、まぁ、平均で40点なら何とかなるな。うん。


が、目の前の教師はゆっくりと首を振ると俺に数枚のプリントを見せた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・そういうことだ」


笑顔のまま固まる俺に教師はぽんぽんと泣きながら肩を叩いた。


「・・・・・・先生。俺、生まれて初めて見ました。この数字」

「俺も長いこと教師をやってるがさすがに全教科は初めてだ」


そう。


そこには名前の欄に綺麗な字で『
倉田佐祐理』と書かれたテスト用紙があった。

虫食いの回答ではなく、全て回答してあるのだが一体どうやったらそういう答えが導き出されるのか不思議な回答が書かれてるし。


とりあえず佐祐理さん。


数式のXの値を出すのにフレミングの法則はまず使わないです。


一枚、二枚と次々と解答用紙を捲っていく度に立ちくらみを感じながら最後の一枚を捲った。


平均点を出すには合計点÷教科数だ。

俺は震える手で合計点を計算する。








分かってた。




本当はやる前から分かってたんだよ。




0をいくら割っても0だってことに。






嫌あぁぁぁあぁぁあっっ!!


それってつまり全教科で
平均40点上げろって事ですかっ!? それもたった2日で!?


「あははーっ、いくよ〜、舞」


俺の声にならない悲鳴は背中から聞こえる心底楽しそうな笑い声にかき消されたのだった・・・・・・











結局、放課後の百花屋や商店街は全て中止。


まぁ、それも無理は無い。

なんたって三日後の追試をクリアしなければ佐祐理さんが同じクラスメートになるかも知れないんだ。

一瞬、それもいいかなと考えたがやっぱり俺は舞と佐祐理さんに笑顔で卒業おめでとうって言いたい。

百花屋を楽しみにしていた舞は頬を膨らませたがさすがに事情を説明すると卒業式に一人は嫌なのか真っ青になった。


「・・・祐一、今から佐祐理に勉強教える」

「分かってる。幸い、学校は土日で休みだ。追試まで二人でみっちりと叩き込めばなんとかなる!」


『合言葉は40点』


俺と舞が妖しげな炎をバックに手を組んでいると三人目がぽんと手を重ねてきた。


「む〜〜っ、二人ばかりずるいです。佐祐理も仲間に入れてください」


ほんわか笑顔で”エイエイおーっ”をする佐祐理さん。










前言撤回。


・・・・・・やっぱ駄目かもしんないです。












勉強会は泊り込みで佐祐理さんの家でやる事になった。もちろん徹夜で。

勉強を教えるのは俺と舞。俺たち二人の肩に佐祐理さんの卒業が掛かってると言っても過言ではない。


そこで意外だったのが舞の成績が学年でもかなり上位をキープしていた事だ。

根が素直なので授業も乾いた土に水が染み込むように飲み込んでいってるのだろう。

俺も受験勉強の甲斐があってか一学年上の問題も何とか理解できる。

ただ、問題なのが舞は説明するのが苦手ということ。分かりやすく解き方を口に出すことが出来ないのだ。

そして俺は理解は出来るが解くのに時間が掛かる。やはり三年生の授業は難しい。


なので舞が問題を解き、解き方を見た俺が佐祐理さんに説明して、佐祐理さんが解くのを二人で見守る。

そして解けたら三人で喜び合う。

三人が一緒なら勉強だって楽しい遊びのように感じられた。












「ん〜〜〜・・・ふぅ」


俺は背伸びをして一息を吐いた。

気がついたらいつの間にか三時間が経過していた。


・・・・・・そういえば俺、家に電話してないぞ・・・・・・


ふと思い出し、秋子さんの顔が浮かんだ。

秋子さんの事だ。俺が帰って来るまでずっと起きてるだろう。

俺はしまったと思いながら今更ながら電話をする事にした。


「ごめん、佐祐理さん。ちょっと電話貸してくれないかな?」

「あ、はい。一階にありますのでどうぞ使って下さい」

「それじゃ、その間にここの問題を解いておくように」


俺は割と簡単な問題を指差して立ち上がった。


「さ、佐祐理一人で・・・ですか?」

「分からなかったら舞に聞く。でも、出来れば一人で解いて下さいね」

「わ、分かりました。当たって砕けろ、という訳ですね」

「いやあの、出来れば砕けないで欲しいんですが」


俺は舞に頼んだぞと視線を送るとコクンと頷く舞。

不安を残しながら俺は佐祐理さんの部屋をあとにした。








「やっぱり広い屋敷だよなぁ。」


一階に降りると周りを見渡した。改めて倉田家の凄さを感じる。

無意味な飾りはなく、だがらといって下品さを感じさせない調度品の数々。

中でも一際、目を引くのが中世の甲冑。膝カックンしたら一発で倒れそうだ。

やったらぶっ飛ばされるんだろうな、多分。


「っと、そんな事より電話電話・・・」


目的の電話は直ぐに見つかった。というより甲冑のすぐ横にあった。

一応、お手伝いさんに電話を借りますと一言断ってから受話器を持ち上げる。

外国製なのか変わった形をしていた。しかもやたらと重いし。

何で出来てるのか気になったがサラっと怖い答えが返ってきそうなので考えるのを止めた。


何度目かの呼び出し音が聞こえた頃、聞きなれた声が受話器越しに聞こえた。


『はい、水瀬です』

「名雪か?」

『うにゅ、・・・祐一? こんな時間まで帰ってこないから心配してたんだぉー』

「悪い。知り合いの一大事でちょっと今日は帰れない。詳しい説明は秋子さんにするから代わってくれないか」

『・・・・・・分かったぉ』


きっと受話器もってフラフラと揺れてるんだろうな。てか一瞬、寝てたなかったか?


ほどなくして受話器の持ち上げられる音が聞こえた。


「あ、秋子さん。祐一です。実は・・・・・・」










「・・・・・・と、言う訳で佐祐理さんの家に泊まります」

俺は佐祐理さんの卒業が懸かっていることや、それで徹夜で勉強を教える為に帰れない事を説明した。


『了承』


すぐさま受話器からは予想通りの返答があった。

さすが秋子さんだ。理解があると言うか大らかと言うか。

受話器の向こうからは名雪の声が聞こえたので俺は口早に


「それじゃ俺はこれで。名雪には秋子さんから説明しておいて下さい」


とだけ言ってすぐさま電話を切った。

さて、これで心置きなく勉強に集中出来るぞ







「ここをね、こうして・・・ほら。簡単でしょ」

「・・・・・・分かった」


佐祐理さんの部屋のドアを開けると二人の声が聞こえる。

うんうん しっかりとやってるな

って、何で逆に舞が佐祐理さんに教えてもらってるんだ?


疑問に思った俺は二人が向かい合うテーブルまで歩いて行くと思わず固まった。


そこには佐祐理さんが舞に手取り足取り教えていた。


例の紙飛行機の折り方を。


「あの・・・佐祐理さん?」

勉強はどうしたんですか、と聞こうとしたがそれより先に


「あっ、お帰りなさい。祐一さん」


屈託のない笑みで俺を迎えてくれた。新婚さんってこんな気分なんだろうか?

俺は佐祐理さんに聞くのは諦め、代わりにジト目で舞を見た。


舞。お前まで一緒になってなにやってるんだ?


「・・・・・・・・・・・・。」


俺の無言の視線に舞はついと視線を逸らした。

そこにあるのはいつもの無表情だったが俺は舞の頬に伝う汗を見逃さなかった。


何となくそれで俺がいない間の出来事が分かってしまった。

おそらくはこういう事だろう。


「少し休憩しよっか? 舞」

「駄目」

「何して遊ぶ。あ、そうだ。二人で紙飛行機、折ろっか?」

「・・・・・・あの、佐祐理?」

「あははーっ、楽しいね。舞」

「勉強・・・」

「あははーっ。」

「・・・ぐしゅぐしゅ・・・」




断りきれなかったんだな。あの問答無用な笑顔に。


俺の憐れみの視線にコクコクと頷く舞。舞なりに精一杯やったようだが駄目だったらしい。


よし、ここは男の俺が佐祐理さんにビシっと言ってやらねば!!


咳払いを一つしてから俺は佐祐理さんの前に腰を下ろした。


「あー・・・佐祐理さん」

「はい、何でしょう」

「今日は何で俺と舞がここにいるか・・・分かっていますか?」

「それは・・・その・・・佐祐理にお勉強を教えていただく為です」

             
うなだ
俺のお説教にしゅんと項垂れ、視線を外す佐祐理さん。


「じゃあ、今、佐祐理さんがするべき事は?」

「・・・・・・お勉強です」

「ですね。紙飛行機は勉強ですか?」

「・・・いいえ」


俺の目を見ずに佐祐理さんは俯いたまま黙った。


「てかね、佐祐理さん」

「はい」


「チラチラと紙飛行機見ないで下さい」


そんなに気になるんですか。


「しかもその紙飛行機、さっき解いたばかりのノートじゃないですかっ!!」

言わば俺達の友情と努力の結晶をなんばしょっとですか。貴方は。


「他に手頃な紙が無かったもので」


うわぁ 自分の置かれてる状況全然分かってないや。このお嬢。


「とにかくっ! この紙飛行機は試験が終わるまで俺が預かりますっ!!」


俺は紙飛行機を取り上げると「そっ、そんなっ!?」って目で俺を見る佐祐理さん。本当にこの人年上なんだろうか?


「・・・・・・分かりました。佐祐理、頑張りますっ!」


キッと表情を改めて、参考書を開く。

そうそう、その意気です。佐祐理さん。


「祐一さんに捕らわれた紙飛行機の為にも!!」

「いや、卒業の為に頑張りましょうよ」



不安を残し、俺は疲れた溜息をついたのだった・・・・・・











俺は最後の問題に目を通すと、ゆっくりと×をつけた


ペンを机に置くと冷めたコーヒーを片手に持ち、立ち上がった

チュンチュンと朝鳥の声が窓から聞こえる。

窓を見ると空が薄らと紫掛り、間もなく夜が明けるのだろう。

この時間の空気が一番澄んでいる。俺は新鮮な空気を吸いながらコーヒーを口に含んだ。


「これが本当の夜明けのコーヒーって奴か・・・」


俺は遠い目で外を見ながら呟いた。

俺の後ろでは佐祐理さんが解答用紙を見て声を弾ませながら


「わっ。見て見て、舞。90点だって」

「・・・うん」

「佐祐理こんな点数とったの生まれて初めてです」

「・・・・・・おめでとう。佐祐理」


おめでとうと言いつつも決して佐祐理さんと視線を決して合わせないようにしてる舞。気持ちは痛いほど分かった。


「あははーっ。ありがとう舞。佐祐理とっても嬉しいです」

「・・・でも佐祐理」

「ほぇ?」


「それ合計点」


背中で舞の声を聞きながら俺もコクコクと頷いた。コーヒーは何故かしょっぱかった。

ちなみに平均点で計算すると一教科辺り、18点だし・・・・・・




残り22点の壁は高かった
















短めの休憩を取った後、日が暮れるまでは間違った箇所を重点的に(といってもほとんどだが)復習する事にした。

基礎は徹夜で教えたので残り時間を考えるとこのやり方の方が効率的だろう。

だけど、いくら模擬テストを繰り返した所で模擬は模擬だ。

そりゃ確実に実力は付くがいかんせん本番まで時間が無い

出題範囲に似た問題が絶対に出るって保障は無いし、だからと言って一気に詰め込みすぎてはかえって逆効果だ


「あー・・・本番のテスト用紙があればなぁ・・・」


疲れと焦りから、俺は誰にも聞こえないような小さな声で弱音を呟いた。






コンコンッ


それから程なくしてドアがノックされた。

軽めのノックの後、ドアが開かれると、スーツを着た男の人が顔を覗かした。

見た目は中年だがオジさんではなくオジ様だ。紳士って言葉が妙にしっくりと来る。

ひょっとしてこの人が・・・・・・。


「ただいま、佐祐理」

「お父様、お帰りなさい」


二人の会話が俺の予想を肯定した。

へぇ、この人が佐祐理さんのお父さんか

もっと厳格そうな人だと思ったけど実際に見ると柔らかそうな人だ。


「それで、今日はどうしたんだね?」


こんな時間に娘の部屋に男がいる事が気になるのか、チラリと俺の方を見る。


「二人にお勉強を教えて貰ってるんです」


笑顔で俺と舞を見る佐祐理さん。


「初めまして。相沢祐一です」

「おおっ。君が相沢君か。娘から話は聞いてるよ」


何か俺の名前が出た途端、一瞬、こめかみ辺りに青筋が浮かんだよーな気がした。気のせいだよな。うん。


「君には娘が大変にお世話になってるようだね」


佐祐理さんのお父さんは笑顔で手を差し出した。

あ、握手か。

俺は差し出された手を握り返した。


「これからも佐祐理の事を宜しく頼むよ。相沢君」


―メキぐきゴキキッ―


・・・・・・あの・・・・・・なんか俺の手、変な音してるんですが?


もしかして俺、佐祐理さんのお父様に嫌われてるっ!?

待てよ。これが上流階級の挨拶の仕方なのかも知れない


「ははは、娘はね、最近弁当を作る為に朝早く起きてるんだよ。一体、誰に作ってるのやら妙に嬉しそうにね」


語尾の後半でさらにメキメキと俺の手が鳴った。

よく見ると顔は笑顔だけど、目が全然笑ってないや。このおやぢ。



「ところで相沢君は何か趣味は持っているかね?」

「いえ、これといって特には・・・・・・」


その前に出来ればそろそろ手を離してもらえると嬉しいなー、なんて。

音が鳴らなくなった代わりに妙にドス黒くなりはじめてるんで。


「私は鹿狩りが趣味でね。今度一緒にどうだね?」

「謹んで辞退させてイタダキマス」

多分、手元が狂うか鹿と間違われるとかして
俺が撃たれるのがオチですから。


てか、前に佐祐理さんから聞いた話と随分と違くないか?

なんていうか、この人ちょっと
アレだし。






そう―――お父様は変わりました。

以前のお父様は威厳のある父親に、佐祐理は厳格な姉である為に、それぞれが役割を果たそうとしていました。

厳しくすることが一弥に対しての愛情だと疑いませんでした。

ですがそれが何の意味も持たない事だと気が付いた時には遅すぎました

一弥を失った私たちに残ったのは・・・・・・




「佐祐理さん、語り手は間に合ってますのでタスケテクダサイ」

「ほえ? そうですか?」

「それと出来れば俺の地の文読まないで下さい」


ある意味プライバシーの侵害です。


「ほぇ? 地の文って・・・・・・なんですか?」

「ですから、口に出してないセリ・・・・・・」


そこまで言ってピタっと動きを止めた。ダラダラと滝のような汗が全身から流れ、足元に水溜りを作った。


「まさか・・・俺・・・・・・口に出してました?」

「はい。バッチリと」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

うあああっ! また例の癖やっちまったぁぁっ!!


ムンクの叫びのようなリアクションを取りながらギギィとお父様を振り返る。いつの間にか握り潰され掛けた手が離されてた。


何でお父様が俺の手を離してたかと言いますと理由は単純で


猟銃に弾を込めるのには片手じゃ無理だからみたいです。


「ちょ、銃刀法違反ですって!!」

「いやいや、私はちょっと
アレだから」


結局、俺が泣いて佐祐理さんに止めてもらうまでに二発の薬莢が床に転がったのだった・・・・・・。
















ドタバタしたあと(ていうか本気で死ぬかと思ったぞ)俺はいつの間にか舞がいない事に気が付いた。


「あれ・・・舞は?」

俺は部屋を見渡しながら佐祐理さんに聞いた。


「そういえばいませんね。トイレでしょうか?」

首を傾げながら佐祐理さんも同じようにキョロキョロと部屋を見渡した











それから15分経ったが、舞は戻ってこなかった。











流石に落ち着きが無くなってきた佐祐理さんは不安そうに呟いた。


「舞、呆れて帰っちゃったんでしょうか・・・」

俯きながら膝の上に置いた手を振るわせた


「そんなことないさ。舞が佐祐理さんを置いて勝手にどっかにいくなんてあり得ない」


俺は佐祐理さんの目を見ながら言った。慰めではなく本当にそう思ったからだ。


「そうでしょうか?」

「それに佐祐理さん、前に言ってただろ。未来永劫、二人が死んでしまってもずっと親友だって」

「・・・そうですね。あははっ。」

はにかみながらも笑顔を見せてくれる。ったく、心配させるなよ。舞。

でも舞の奴、本当に何処に行ったんだ? コンビニにでも行ってるのか?


っ!!


唐突に、俺の頭に舞の行き先がよぎった。


・・・・・・まさか!?


その可能性を否定しながらも頭の中でフラッシュバックするかのように俺は自分がぼやいた言葉を思い出した






「あー・・・本番のテスト用紙があればなぁ・・・」






もちろんあんなのは本気で言った訳じゃない


だけど・・・


だけど、その冗談の呟きを本気にした奴がいたんだ



―――あの馬鹿!!―――



すぐにでも走りたい気持ちを抑えて、さりげなく立ち上がった。


「佐祐理さん。ちょっとコンビニで夜食買って来ます」

「じゃあ、佐祐理も行きます」

「舞が帰ってきた時に部屋に誰もいなかったら舞が心配するだろ? だから佐祐理さんはここにいてくれ」

「・・・・・・わかりました」

「大丈夫。すぐに帰って来る。約束する」


俺はそれだけ言うと佐祐理さんの部屋を後にした

















夜の校舎は相変わらず簡単に忍び込む事が出来た。

カツカツと自分の足音が異様に廊下に反響する。

月明かりを照らすリノリウムの床は音の無い世界を作っていた。

まるで自分だけがこの世界に取り残されたような不安を錯覚させる。

だけど、この音の無い世界にはもう一人いる筈だ。


親友の為に後先考えずに自分を犠牲に出来る奴が。


俺は舞がいるであろう場所まで走った。










「よお。不審人物」


俺の声に舞はゆっくりと振り向いた。床には書類や教材が散乱している。

俺の予想通り、舞は職員室にいた。

舞の額は焦りからか汗が浮かんでいた。
                 
・ ・ ・ ・ ・ ・
見つかった焦りではでなく、見つからない焦りだ。


「何やってるんだよ、お前は」


俺は感情を抑えて出来るだけ冷静に言った。

そうでもしなければ大声を上げて掴みかかってしまっただろう。


「祐一、邪魔」


それだけ言うと舞は月明かりが差し込む職員室を再び闇雲に探し始めた。


ある筈の無いテスト用紙を。


少し考えればわかる事だ。

追試が決まったのはつい先日。あらかじめ作っておく定期試験とは違いまだ問題は作り途中の筈だ。

そして今、学校は休みで問題用紙なんて存在しない。少なくともここには。


「このままじゃ佐祐理が・・・佐祐理と一緒に卒業出来なくなる」


散乱した床に視線を落としながら舞が呟いた








それが、俺の我慢の限界だった








こんな事をして佐祐理さんが礼を言うとでも思ってるのか?

隣にお前がいない卒業式で佐祐理さんは笑顔で卒業出来るのか?


つかつかと舞の傍まで歩みよると俺は手を上げ、舞はゆっくりとそれを目で追った。




――
パンッ――




乾いた音が職員室に響いた。


俺の平手は彼女の頬を叩いていた。


強く叩きすぎたのか彼女はそのまま真横にあった机に倒れ込んだ。


俺の手は痺れて感覚が無かった。本気で叩いたのだから無理も無い。


 ・ ・ ・
俺と舞は呆然としながら彼女を見た。




「・・・駄目・・・だよ。舞」


彼女―――佐祐理さんは掠れる声で呟いた。見ると口の端から赤色の一筋が伝った。


「佐祐理・・・?」

「こんなことして舞が退学にでもなったら・・・・・・佐祐理が卒業する意味がなくなっちゃうよ」

「・・・佐祐理」

「佐祐理は頭が悪いけど・・・舞と一緒に卒業出来るようにちゃんと勉強するから・・・・・・ね?」


平手打ちとはいえ、男の、それも本気で叩いたのだ。

焼けるように痛いだろうにそれを微塵にも出さずに微笑む佐祐理さんに俺は溜飲が下がった。


「佐祐理さん・・・その・・・どうしてここが?」

「祐一さんが嘘は苦手なのは佐祐理もよく知ってましたから」


そう言うと、俺がコンビニへ行くと言って舞を探しに行くのをこっそりと尾けたと教えてくれた。








「それじゃ、ここを片付けて帰りましょう」


言って散らかった職員室を見渡すと佐祐理さんは「ふぇー、やりがいがありますね〜」と呟いた。

腕まくりをした佐祐理さんに俺は躊躇いながら声を掛けた


「あの・・・・・・佐祐理さん」

「はい、何ですか? 祐一さん」

「その・・・・・・ほっぺた・・・大丈夫ですか?」

「はい。全然平気です」


その優しい嘘にそれ以上の言葉が出て来なかった。


「それじゃあ、お詫びに一つだけ何でも言う事を聞きます」

ようやく出た言葉がそれだった。


「そんな、いいですよ」

「いえ、それじゃ俺の気が済みません」


何度かそのやり取りを繰り返した後、どっちも引かないので仕方なく


「それじゃ、舞に決めて貰いましょう」

「わかりました」


二人のやり取りを横で見ていた舞に視線を振った。


「舞は何か祐一さんにしてもらいたい事ってある?」


舞の顔を覗き込みながら佐祐理さんは首を傾げて聞いた


「・・・何でもいいの?」

「ああ、俺に出来る範囲なら何でもだ」

「・・・それじゃ・・・して欲しい」

「・・・・・・すまん。よく聞こえなかった」

「・・・約束、して欲しい」

「約束って・・・どんなの? 舞」

「牛丼二十杯奢る約束か?」


俺の言葉に斜め45度のナイスな角度でチョップが入った。ちょっと意識を失いかけた。


「これからもずっと一緒にいて欲しい」

「わぁ、舞ったらついに告白!?」


同じく佐祐理さんにもチョップが入る。

照れ具合によって舞のチョップは殺傷力を増すのか俺とは違ってノドに入った佐祐理さんは笑顔のまま呼吸困難に陥っていた。


「三人一緒がいい」


顔を真っ赤にした舞が呟くと、俺と佐祐理さんは顔を見合わせてキョトンとした


「それに、祐一は前に約束してくれた」

「約束?」

「ご飯を食べてて泣き出してしまったら泣き止むまで傍にいてくれるって」


寝るときも、お前の傍にいる。泣く声が聞こえたらすぐに起きて、暖かい飲み物をいれてやる

俺の知らない所になんか行かせない。舞はずっと俺の傍にいさせる



俺は以前に舞に言った言葉を思い出した。


「よし、それじゃあ」

「あははーっ。それじゃ今度の約束は【3人ずっと一緒にいる】、ですね」


俺と佐祐理さんは指を絡めて舞を待った


「・・・・・・?」

「何やってるんだよ、舞。指きりをしないと約束は成立しないんだぞ」

「そうだよ。舞」

「・・・・・・うん」


おずおずと伸ばされた舞の指を乗せると俺たちは小声で指きりをしたのだった








「さっ、帰って勉強勉強」

「・・・お腹空いた」

「あははーっ。佐祐理もお腹が空きました」

「よし、夜食に牛丼でも買って帰るとするか」


少し照れくさかったが、俺たちは三人並んで手を繋いで歩いた。


















俺は時計ばかりを見ていた。

学校の授業がこんなにも長いと感じたのは初めてだった。

当然、授業なんか頭に入ってこない。

佐祐理さんは追試の真っ最中。今頃は最終科目に奮戦しているだろう。


キーンコーンカーンコーン・・・


ようやく最後のチャイムが流れると俺は鞄も持たずに教室を飛び出した。

途中で舞と落ち合い、俺達は頷き合うと追試が行われている教室まで全力疾走した。






教室に着くと佐祐理さんが既に教室の外に立っていた。


「佐祐理さん、テストの方はどうでした? 」


息を切らした俺の問いかけに舞も緊張した面持ちで佐祐理さんを見た。

喉を鳴らす俺達の視線に佐祐理さんは今まで見た中でも特に満面の笑みでVサインを出したのだった。












「いやー、今回は本当に頑張りましたね」









「でも佐祐理は全然辛くなかったです。むしろ楽しかったです」







「へ?」







「また一つ、祐一さんと舞の思い出が増えましたから」







「だって……」










































「一緒に夜明けのコーヒーを飲んだ仲じゃないですか」












ぞくくッ!!






不意に背筋が凍りつくような寒気を感じ、俺はおそるおそる背後を振り返った。


廊下には鞄も持たずに教室を飛び出した俺を追いかけて来てくれたのか、そこには



美坂チーム(俺除く)がいた。





「相沢クン・・・あなた・・・」

「相沢・・・お前」


香里は冷たい声で、北川は何故か羨望交じりに呟いた。


「今日一日、上の空だったのはそういう事だったの」

「ちちちちょっと待て! お前ら絶対何か勘違いしてるぞ!?」


一緒に夜明けのコーヒーってのは例えじゃなく、まんまの意味で眠気覚ましに飲んだって事だ


「そ、そうだ! 名雪。お前は秋子さんから事情を聞いてるだろ?」


俺は電話でのやり取りを思い出し、名雪に助け舟を頼んだ

秋子さんに電話で事情を話した時、名雪は傍にいた筈だ。

その際、名雪には秋子さんから説明して下さいと言った記憶が確かにある。

うむ、これ以上無い位に完璧な証人だ。


「うん。おかあさんからは聞いてるよ」

「そうか! なら名雪。二人の誤解を解いてくれ」


「倉田さんのお家にお泊りしますって」


「どうだ! お前らの勘違い・・・・・・・・・・・・はい?」


いやあの、確かにそぉなんですが、なんかそれだと主語が抜けてるってゆーか、更に泥沼化っていうか・・・・・・


「・・・・・・他には?」

「おかあさんから聞いたのはそれだけだよ」



秋子さーーーーーーっん!!


あなた可愛い甥っ子に追い込み掛けて楽しいですかっ! てか楽しんでますか!?


「わたし・・・祐一の事信じてたんだよ。きっとなにか大変な事情があるんだなって」


だから本当に大変な事情があったんだってばあぁぁぁっ!!


頭を抱えて転がる俺を見て佐祐理さんは


「はぇぇ、佐祐理、なんかおかしな事言いましたか?」

誤解を招いた張本人は困った顔をした

「祐一」

仲間外れが嫌なのか、無表情のままぷぅっと頬を膨らませて舞が割り込んできた


「私も一緒に飲んだ」


「さささ、3P!?」

「頼むからお前はもう喋るなあぁぁぁっ」


北川、お前のリアクションが更に俺を追い詰めてるんだ


「相沢・・・お前!!」


シリアスな顔をしながら北川はガシッと俺の胸倉を掴んだ。

このパターンは「水瀬という彼女がいながら何やってんだ、てめぇ!!」という青春ドラマの王道だろうか、俺は咄嗟に歯を食いしばった。


「なんで・・・なんで一声掛けてくれなかったんだよおぉぉ」


北川は期待を裏切らない奴だった


「俺らは親友だろ!? 苦楽を分かち合おうって誓ったじゃないか。特に
の方ぶッ


俺の胸倉掴んだまま、ズルズルとその場に泣き崩れる北川の頭を
ぐしゃっと音を立てて踏み潰した。


香里が、では無く名雪が。


あの・・・・・・名雪さん、なんか舞ばりに無表情なんですが。

名雪に出番奪われた香里の奴は上げた右足、寂しそうに戻してるし。



「祐一」


「ハハハ、ハイっ!!」


その無表情のまま、いきなり名前呼ばれると何かすんげー怖いんですが・・・


「わたしは気にしないよ」

「・・・・・・・・・へ?」








「だって……」









「証拠残ってるから」









言って制服のスカートから例の目覚まし時計を取り出す名雪

ぽちっとボタンを押すと俺の声で「ずっと傍にいる」のフレーズが流れた


「ちょっとちょっとちょっとちょっとぉぉぉっ! なんでその目覚まし持ち歩いてるんスカ!?」


汗をダラダラと流し慌てて止めようとしたが、呪いの人形みたいに無表情のままクスクスと笑う名雪が本気で怖くて足が動かなかった。









「それは変」

目覚まし時計を聞いた舞がぼそっと呟いた







「だって……」








「私にも似た台詞言った」







「確かに佐祐理も聞きました。」

ぽんと手を合わせながら頷く佐祐理さん


「祐一?」

「・・・どっちが本当?」


二人して無表情は果てしなく怖いものがあるんですけど。


な・・・なんかいい言い訳は・・・・・・そっ、そうだ!!


「いや、ですからボクには少なくとも5人の人格がいるわけでして」


それは一番選んではいけない言い訳だった


ダラダラと汗を流しながら精神分裂症の疑いを自ら看破してしまうしかない俺。


「となると、私の妹も含まれてるって訳ね」


その横では香里が妙に嬉しそうに二人の横に並んだ。俺が言うのも何だが香里・・・お前最近ワンパターンだぞ。


「・・・わかった。確かに俺に曖昧な所があったのが悪かった。だが、俺も男だ。」


俺はそう言うと肩の力を抜いた

その様子を見た名雪たちは拍子抜けしたような顔をした。


「今から俺の心に決めた人の手を取る。それでいいな?」

「えっ?」

「ちなみにこの中の誰かだ」


「っ!!」


その言葉にその場にいた全員が緊張するのが分かった。つーか北川、お前は緊張しなくてもいいから。


「それじゃ、全員、目をつぶってくれ」


「ちょ、ちょっと待って」


心の準備が出来ていないのか名雪が慌ててストップをかける。


「駄目だ。ほら、いくぞ」


俺の掛け声に息を呑んで全員瞼を閉じた。無論、佐祐理さんや香里もだ。

・・・・・・だから北川。お前まで睫震わせて目、閉じなくっていいから。


全員が目を閉じたのを確認するとゆっくりと、最初の一歩を踏み出した


答えは最初から決まっていた。


そして俺はゆっくりと手を取ると”彼女”は驚いたように目を開けた


俺は人差し指を口に当てると”彼女”の手を取って駆け出した。










「うーん。残念だったわね」

表情とは裏腹に誰かが言った


「ほら、元気出しなさい」

そして隣の親友を慰めた


そんな二人を見ながら自分の親友と一緒に走っていく祐一の後姿を見て彼女は微笑んだ
























不思議と私の気分は良かった







END



管理人より


「だって…Vol,60」から派生したこのお話。

こんな素晴らしい話にして頂いてありがとうございます。

……………………(思案中)

よし、決めた。私も何か送ろう。

………………………………来年までには。(現在9月上旬)



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