機械の腕を持つ騎士の話

作:木曽川さん



「せいっ!はあっ!」

ここはルーンミッドガッツ王国の首都、プロンテラから少し外れた森の中…

まだ日が差し始めた森の中から、威勢の良い声が聞こえてくる。

よく見てみると、そこには一人の騎士の姿があった。

彼の名は『レオン・ハート』、両手剣使いの騎士である。

「でやぁ!!とりゃぁ!!」

威勢の良い声とともに、剣を振るう。

「…ふぅ、こんなもんか」

やがて疲れたのか、彼は木にもたれかかるように座った。

そして、おもむろに鎧の左肩辺りに手をかけ、そこから先を外した。

普通だったらちゃんとした『人間の』左腕が現れるはずだった。

しかし、そこには機械仕掛の腕があった。

作りは精密で、素早い動きにも対応できるように見えた。

「ふぅ…、少し無理したかな…」

そう言いながら、レオンは左腕を動かした。

機械の腕とは、族に言う「自動機械(オートメイル)」のことだ。

オートメイルとは、その名の通り自動、もしくは自分の意思で動かす機械である。

何故、レオンの左腕はオートメイルなのか?

それは…

「ごめんレオン。遅くなっちゃって」

と、そこに一人の女性が現れた。

年齢は、レオンと同じか一個下。ショートヘアに眼鏡をかけていた。

そして、一番の特徴がカプラサービスで借りるカートがあった。

しかし、彼女は商人ではない。

彼女はレオンの左腕を一目見て、少なからずショックを受けていた。

「あ〜、また無茶したなぁ…。いくらアルケミストって言っても、私は貧乏なんだからね。もう少し大切に扱ってよ、もぅ…」

そう、彼女は「アルケミスト(錬金術師)」なのだ。

錬金術とは…、まぁ説明しなくても分かると思うのでここは省いておこう。

「す、すまんアリシア!!普段よりちょこっとな、多めに動いただけなんだ…」

レオンが彼女をアリシアと呼んだ。

フルネームは『アリシア・クロール』、レオンとはノービス時代からの付き合いだったりする、いわゆる腐れ縁というやつだ。

「まったくもぅ…、すぐに調整するからじっとしててね…」

そういって、アリシアはカートの中からドライバー等の工具類を取り出し、それを持ってレオンの左腕の側にかがんだ。

工具のカチャカチャという音が、夜明けの森に響く。

「なぁ、アリシア…、本当に良かったのか?」

「ん〜、何が〜?」

黙々と作業するアリシアに、俺は尋ねる。アリシアは作業をしながらも答えてくれた。

「ほら、俺なんかのためにアルケミストになって…」

「だから〜、そのことはもういいって言ってるでしょ〜」

俺が話し掛けた言葉を遮って、アリシアはそう答えた。

そう、コイツがアルケミストになった理由は俺にある。

それは、俺とアリシアがまだ一次職の剣士と商人だった頃の話だ。

俺とアリシアはのんびりと狩りを楽しみながらやっていた。

ある日、二人でプロンテラ南の森でくつろいでいる時だった。

それは、偶然なのか必然なのか分からなかったが、何故かハティーの姿があった。

ハティーは最上級クラスに位置するモンスターで、普段は雪山に生息している。

アリシアに助けを呼ばせ、俺はプロンテラ内部に侵入しないように食い止めていた。

到底、俺がかなうわけが無い相手だったが、何とか食い止めていた。

そして、アリシアが助けを連れて戻ってきた時だった。

一瞬、俺は助けが来た安心感から油断をしてしまい、その一瞬の隙に左腕を持っていかれた。

その後、俺はしばらく入院し、退院する頃にはアリシアはアルケミストに転職していた。

後から聞いた話しだと、あいつなりに責任を感じてしまっていたらしい。それがアルケミストへの転職をさせたのだろう。

そして、アリシアは俺の左腕を作って、現在もメンテナンスをやってくれているわけだ。

「…ふぅ。よし、調整終了っと」

そう言って、アリシアは工具をしまい始めた。

「いつもいつもすまないな」

「そう思ってるんなら、もう少し大切に扱ってよぉ…」

いつもの時間が、いつも通り過ぎていく。

平穏な時、こんな時間がいつまでも続くといいと、俺は思っていた…

だが、運命とは残酷な物だった…

『ドォォォォォォォォン!!』

突然、プロンテラ内部から爆音が聞こえた。

人々の逃げ惑う声、叫び声が外にいても聞こえてくる。

「っつ、一体なんだ!?」

俺は思わず立ちあがり、そのままプロ内部に走っていった…

そこは、思わず目を覆いたくなるような情景が写っていた。

血を流して倒れている商人達…

泣き喚く子供達…

そう、枝によるテロ行為だった。

「くそっ、毎度毎度よくやってくれる…」

俺は小さくそう吐き出すと、すぐに中心部に向かった。

案の定、中心部にモンスター達が集まっていた。

既に何人かの奴らがモンスターを一掃作業をしていた。

だが、俺は何故か不安が膨らんだ。

モンスターの数は徐々に減っている。しかし…

(この…、感じたことのある気配はなんだ…?)

この奇妙な感覚が俺の不安をさらに膨らませる。

と、そこに…

「レオン〜、大丈夫〜?」

カートを引きながら、アリシアが追っかけてきた。

「ああ、俺は大丈夫… !?」

アリシアの方を向いてそう答えかけた時だった。

俺は我が目を疑った。そこには…

「アリシア!逃げろっ!!」

「…えっ?」

その一瞬だった。アリシアの体は宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられた。

「っ!アリシア!」

俺はアリシアに駆け寄り、体を起こした。

意識は無いみたいだが、急所から外れていた。不幸中の幸いだった。

俺はアリシアを近くにいたプリーストさんに任せ、そいつと対峙した。

「テメェ…、俺の腕だけじゃ物足りないってのか…」

そいつ…、レオンの腕を持っていったハティーがまたそこに現れていた。

ハティーは唸り声を出しながらレオンを睨んでいた。

「そうか…、引くつもりはないってか…」

俺は鞘から両手剣『クレイモア』を引きぬくと、集中力を高めた。

「ハァァァァァ…、ハァ!!」

全身が黄色に染まる。騎士のスキル『ツーハンドクイッケン』だ。

「テメェだけは…、絶対に俺が倒すっ!!」

言い終えたのが合図の様に、ハティーはレオンに向かって突っ込んでくる。

それを、レオンがクレイモアで受け止める。

『ガキィィィィィィンッ!!』

ハティーの牙とクレイモアがぶつかり、衝撃音が響く。

ハティーの攻撃は早い。レオンは受けるので精一杯のようだった。

(くっ、やっぱり一人では無理か…っ)

外から見れば全て受けきっているように見えるが、受けている本人には少しづつだがダメージが溜まっていった。スピードが速すぎるため、何回か食らっているのだ。

周囲にいるプリーストから支援も貰っているが、だんだんSPが尽きているようだった。

(ははっ、俺…、ここで死ぬかもな…)

HPも尽きはじめ、そう思い出した時だった。

『ドクン…』

突然、力が湧いてきた。が、それと同時に自我が少しづつ薄れていった。

(ま、まさか…、これ、は…)

薄れゆく意識の中、この『力』の正体を俺は察した。

そしてそれと同時に、ハティーが攻撃を止めた。

どうやら本能でレオンの変化を感じ取ったようだ。

ハティーが少し距離を取る。その時…

「ウォォォォォォォォォォォッ!!」

目は赤く染まり、唸り声を上げ、距離を取ろうとしたハティーに向かって突っ込んでいくレオンの姿があった。

そう、剣士・騎士の職業についている者でもその力を持っている者は一部の人間のみ。

その力とは、『狂戦士(バーサーカー)』である。

バーサーカーの力を偶然にも得たレオンは今はレオンであり、レオンでは無かった。

レオンの形をした人間はハティーに攻撃を仕掛け始めた。

その攻撃速度はハティーを上回るものだった。

その人間の域を超えた攻撃速度によって、左腕がきしみ始めた。

そのかいあってか、ついにハティーは押され始める。

レオン…、いやその者の攻撃は一向に止まない。

そしてついにはハティーを倒すことになった。

しかし…、バーサーカーとなったレオンの暴走は止まらなかった。

「ウォォォォォォォォォォォォッ!!」

バーサーカーと化したレオンの雄たけびがプロンテラに響いた。

と、そこに…

「レオン…」

プリーストに介抱され、元気になったアリシアの姿があった。

アリシアが見たレオンは、レオンでありレオンで無い物だった。

左腕は今にも取れそうな状態で、体中には傷が目立つ。

血だらけになりながらも、戦いを続けようとするレオン…

アリシアはその姿を見て心が痛み出した。

そして、レオンに近寄っていく。

他の人から『危ない!』などと声が飛ぶが、その声を無視するようにレオンに近づいていった。

そして、目の前まで来てそっとレオンを抱き締めた。

「もう、私は大丈夫だから…」

抱き締めながら、優しくそう呟いた。

「もう、大丈夫だから…。だから、安心して…」

その声に答えるように、レオンの目から赤みが引いていく。

そして、レオンはアリシアにもたれるようにして倒れた。

アリシアはレオンをその場に横にすると、カートからポーションを出し、寝ているレオンに飲ませていった。

そして一言…

「ありがとう…」

そう呟いたのだった…。



プロンテラのテロから数ヶ月後…

「あ〜っ!また無茶したなぁ…」

「す、すまんっ!ちょこっとだけ、ちょこっとだけな!な!」

いつもと変わらない二人がそこにいた。

「もぅ…、調節するから動かないでね」

そう言って、カートから工具を取り出した。

カチャカチャと、機械をいじる音が静かな森に響く。

「なぁ、アリシア…」

「ん〜、何〜?」

「その…、ありがとな…」

「…ぇ?」

その言葉を聞いて、少し赤くなった。

「も、もしかして…」

「あはは…。実は少し意識が、な…」

その言葉を聞いて、アリシアは耳まで赤くなっていた。

少しだけ、風向きが変わった時だった…。





戻る