「うぐぅ、祐一君・・・大丈夫?」

あゆが心配そうに部屋を覗く

「ごめんなさい・・・ボクのせいだよね・・・」

気にするな、あゆ・・・お前が悪いんじゃない・・・

悪いのはこのSSがギャグだって事だ・・・

それと、それを読めなかった俺がいけなかったんだ・・・・


でも・・・


でもな・・・・


どうやったらここまで破壊力抜群のものを作れるんだ?





『祐一君の厄日』 修正版   涼秋


数時間前の水瀬家のリビング

それは何気ない一言から始まった

「秋子さん、ボクも手伝うよ!!」

すでに水瀬家に馴染んでいたあゆがおやつを作ろうとしていた秋子さんに言った

「そう。それじゃ一緒に作りましょうか」

そういうと秋子さんはあゆには少し大きめのエプロンを手渡した

「おい、あゆ。秋子さんの邪魔はするなよ」

俺はソファに座り首だけを向け言った

「うぐぅ・・・大丈夫だもん」

あゆはエプロンをなかなか付けられずに苦戦していた

「じゃあ、あゆちゃんの好きなものを作りましょうか?」

秋子さんはあゆの後ろに回りエプロンの紐を結んでやる

ほんとに秋子さんって温かい人だよな

俺は優しい目で二人をみていると

「いいの!?」

あゆが心底、嬉しそうにしている

「好きなものって・・・お前、たいやきとか言うなよ?」

俺はあゆの行動を読み、からかう様に言った

「うぐぅ、ち、違うよ」

顔を赤くして否定する

「じゃあ、何を作るつもりなんだ?」

俺はニヤニヤしながら聞くと

「クッキー・・・」

あゆは俯きながら言った

あ・・・・

俺は思わず軽口を叩くのを止めた

「秋子さん、ボク、クッキーが作りたいんだけど・・・いいかな?」

あゆが心配そうに聞くと

「了承」

秋子さんは笑顔でそう言った

俺は微笑ましい二人がキッチンに姿を消すのを見届けると思った

まぁ、今回は秋子さんがいるんだし、最悪、碁石クッキーにはならないだろうな


そう、この時の俺は油断していたんだ

てっきり、ほのラブ路線ヨロシクな展開だとばかり思ってたんだ(後日談)


俺はまだこの時、これから自分の身に降りかかる悲劇に気付けなかった・・・・




キッチンからは食器を落とす音や「うぐぅ」という鳴声が響いていたがやがて甘い匂いがリビングに流れてきた

俺は特にやることがなかったので二階にいる真琴で遊ぶことにした

部屋を開けると真琴の奴は例の如く肉まんを片手に漫画に没頭していた

俺は肉まんを食ってやろうかと一瞬思ったが、せっかくあゆの奴が俺の為に頑張ってくれてるんだ、と伸ばした手を引っ込めた

キュポ!!キュッキュッ・・・

だから、真琴のおでこに
『肉』と書いておくだけにした

もちろん、真琴は気付かなかった


一階へ降りると部活から帰った名雪がいた

「おかえり、名雪」

「はぁはぁ、ただいま、祐一」

名雪は走って帰ってきたのか息が切れていた

「どうしたんだ?そんなに慌てて帰ってきて」

「なんか嫌な予感がしたから、走って帰ってきたんだよ。」

「嫌な予感?」

名雪はいつもの口調でほのぼのといった

「あゆちゃんが
性懲りもなく祐一にコナかけてきたんじゃないかって・・・・・」

「・・・・・あの・・・・名雪さん?」

「あまつさえ
正妻の家に上がり込んできたんじゃないかって思ったんだよ」

「・・・・・・・・」

俺の周りの温度が白熊もビックリするほど下がったのを肌で感じた

「・・・・・・・・はは・・・まさか・・・名雪がギャグを言うなんて・・・・・正直、以外だったぞ」

俺は乾いた笑いをして名雪を見る

名雪の顔は笑顔だった

笑顔だったけど・・・






目がまぢです このヒロイン(泣)






「ねぇ、祐一」

「な、なんだ?」

「さっき玄関に女の子の靴があったんだけど」

「目の錯覚です」

「さっきキッチンから
『うぐぅ』とか聞こえたんだけど?」

「耳ノ錯覚デス」

いつの間にか俺は玄関に正座していた

「そうかな?」

俺の言葉を信じたのか名雪からプレッシャーが消えた

ああ、名雪が名雪で良かった

「なんか心配したら喉がかわいちゃったよ」

といい、名雪はキッチンに向かう

「駄目ぇぇえええぇえぇぇッ!!」


俺は声を裏返しながら名雪の前に瞬間移動し進路を塞ぐ

「うにゅ、どうしたの?祐一」

「ホ、ホラ。名雪、部活で疲れてるだろ。お、俺が持ってきてやるよ」

「優しいね、祐一♪でも、大丈夫だよ」

俺の
親切を笑顔で返しキッチンに向かう

「あああ、そ、そういえば真琴の奴、名雪のけろぴーになんかしてたゾ!?」

俺は苦し紛れについ、真琴の名前を出した

ダダダダっ!タンッ!!

次の瞬間、さすが陸上部部長の名雪

階段を一段抜かしならぬ
全段抜かしを軽々とやってのけ、二階に上がる

ハードル競技に出れば優勝間違いなしだろう

「って、失格になるか・・・さすがに・・・」

真琴を売った俺はしみじみと呟いた


「あうぅぅうっ!?」

二階からはなにやら狐ムスメの悲鳴が聞こえたが、俺は

そういえば真琴の服ってどうやって
具現化したんだろうと別にどうでもいい事を考えていた

「ってそんなことよりあゆ!!」

俺は真琴ファンに後ろから刺されても文句言えない様な台詞を残してキッチンに向かった


「あ、祐一君、もうすぐ焼けるからね」

キッチンには自信満々の笑顔を俺に向けてくるあゆがいた

その太陽のような笑顔が今はイタかった

「あゆ、今から映画を見に行こう」

俺はあゆをここから一刻も早く脱出させようとするが

「えっ、でも・・・クッキーが・・・祐一君の為に焼いてる途中だし・・・」

非常にツボにハマる台詞だが俺は心を鬼にして

「また焼けばいいじゃないか」(外道)

「でも・・・やっぱり今、祐一君に食べて欲しいから・・・またにしようよ」

あゆもこれでなかなか頑固だった

「たいやきくい放題!!」

「ボク、どこまでもついてくよ!!」

あゆの場合、鯛であゆを釣るという言葉がピッタリだった

「あらあら、あゆちゃん、祐一さんの為に頑張るんじゃなかったの?」

秋子さんがあゆを引き止める

引き止めないで下さい秋子さん!後生ですから!!


「うっ・・・。そうだよ。ボク、頑張るってきめたんだから」

あゆは後ろ髪をなびかせながらも

「祐一君、見ててね。ボク、祐一君が泣いちゃうぐらいおいしいクッキーを焼いてみせるからね」


っていうか今、泣きそうなんですけど・・・

「祐一さん、人間、諦めが肝心ですよ?」

秋子さんは微笑みながら言った


絶対、確信犯だし・・・この人

ならば、名雪を一階に来させないようにするしか無い

「あゆ、俺、部屋に戻って宿題するから二階には来ないでくれ」

「出来たら呼びに行っていい?」

「30分で降りてくるからそれまではここに居てくれ」

「うぐぅ・・・なんか祐一君、変だよ?」

「俺が変なのは昔からだ。っていうか絶対キッチンから出ないでくれ。頼む」

「うん?わかったよ」

良くわかってないようだがとりあえず頷くあゆ

俺はそれだけ聞くと全力疾走で2階に上がった




人間は常に無限とも言える選択肢の中で生活を営んでいる

だが、その中でも特に重要な選択肢は時に人生そのものを左右する

俺は以前に読んだ本の中の一節を思い出していた


いまがそうじゃん!!(泣)


俺は二階に駆け上がるとちょうど名雪が真琴の部屋から出てきたところだった

「あ、祐一。どうしたの?」

「あ、ああ、なんか名雪の顔が急に見たくなって飛んできたんだ」

「うにゅ、祐一・・・もしかして恥ずかしい事言ってない?」

顔を真っ赤に染め俯く

「あ、そういえば、ひどいよ祐一」

名雪は思い出したように言った

「あのこ、けろぴーには何もしてないって」

「え、ああ、そうだったのか」

さすがに真琴には悪い事をしたと思い、俺は廊下から真琴の部屋をチラッと覗いた

部屋の中の真琴は毛布を頭から被り
ピロに向かってなんかブツブツと言っていた

「あの・・・名雪・・・・なんか真琴サン・・・元気ないんですけど・・・?」

「もう、祐一があんな事いうから
またお仕置きしちゃったんだよ」

ほえほえっと言う名雪


スマン!!真琴

ものみの丘からこんな
鬼の棲む家に連れて来ちゃって

あとで肉まんを奢ってやるからな・・・と心の中で呟く

「わたし、着替えてくるね」

名雪はそういうと自分の部屋に戻っていった

廊下で待つこと数分・・・

かちゃっという音と共に名雪が私服に着替えて出てきた

「あれ、祐一。待っててくれたの?」

名雪は少し驚いたように言った

「名雪、おれの部屋に来ないか?」

俺は名雪を二階に引きとめようと

「うにゅ?でもわたし、おなかが空いてるんだけど・・・」

そういい、お腹をさする

「今日のおやつはなにかな?」

くんくんと鼻をならす

「あ、クッキーかな?この甘い匂い」

「そ、そうだ。お前の好きなクッキーだ。でももうちょっと時間掛かるみたいだから俺の部屋で時間を潰そう、
なっなっ?

「うん、いいよ」

なんとか名雪を部屋に連れ込む事に成功した




「・・・でね、香里ってばね・・・」

名雪は俺の部屋で笑いながら親友のことや部活の事を話す

俺は相槌をうちながらそろそろ時間だと思い

「悪い、名雪。俺、ちょっとトイレに行ってくる」

とだけいい、一階に降りた



「あ、祐一君。ちょうど今呼びに行こうと思ってたんだよ」

一階に着くとあゆがいた

キッチンにいろってあれほどいったのに と俺は内心、舌を巻く

「見てよ、すごく上手く焼けたんだよ」

あゆは心底嬉しそうに言うと俺は思わず毒を抜かれた

「そっか、頑張ったんだな。あゆ」

俺はあゆの頭をくしゃくしゃっとした

「えへへ、祐一君、くすぐったいよ」

あゆはしばらく俺のされるがままにされていた

「でね、秋子さんが
名雪さんも一緒に呼んでお茶にしようって」

その瞬間、俺の手は凍りついた

秋子さん・・・あなたですか

俺はリビングの方に恐る恐る視線をやった

リビングにいる秋子さんはこっちの方を見て、にっこりと俺に微笑んだ

その目は暗に
『年貢の納め時ですね、祐一さん』と語っていた・・・

と、とにかく、なんとかしないと・・・

俺、相沢祐一は若干17歳にして人生最大の危機を迎えていた

「あ、名雪さん」

あゆは俺の背中越しにある階段の方を見て言った

ッッ!!?

あゆには見えなかったが恐らくこの時の俺の表情は
子に呪い殺された人達のような表情をしていただろう

「あれ、あゆ・・・ちゃん?」

名雪の声が背後から聞こえた

俺は冷たい汗が滝のように流れていくのを感じた

「いつ来たの?あゆちゃん」

「え?さっきからずっと」

「たった今、ばったりと来たんだよなっ、あゆ!?」

俺はあゆの台詞を遮って悲鳴混じりに言った

「祐一」

名雪の口調は普段と全く変わっていない

口調は変わってはいないが・・・・

「わたし、あゆちゃんとお話してるんだよ?」

背後から感じるプレッシャーはハンパじゃなかった

「あゆちゃん、今日はどうしたの?」

「秋子さんにクッキーの作り方を教わってたんだよ」

「クッキー?」

「うん、祐一君に食べて欲しくて」

「・・へぇ・・・祐一に・・・」

「あ、もちろん秋子さんや名雪さんにも食べて欲しいな」

もちろん、なんの打算もしていない無邪気な笑顔のあゆ

イチゴサンデーには流石に負けるがクッキーは名雪も好物だ

もしかしたら、これがきっかけで名雪のあゆに対する気持ちも少しは静まるかも・・・

俺は僅かな期待を胸に抱いた

「ごめんね、あゆちゃん。わたし
クッキーアレルギーなんだ」

「え、そうなの?うぐぅ、それじゃ仕方ないねってあれ・・・祐一君・・・
どうして泣いてるの?」

あゆはぎょっとして俺を覗き込んだ

名雪の位置からはそれはまるでキスをしているかのように見えたのだろうか

背後のプレッシャーが更に膨れ上がる

「ねぇ、あゆちゃん・・・
甘くないジャムって食べたことある?」

「え・・・秋子さん・・の?」

「そう。お母さんの、だよ。」

「うぐぅ・・・一回だけ・・・」

「・・・そうなんだ」

「それがどうかしたの?名雪さん」

「ううん、なんでもないんだよ。気にしないでね、あゆちゃん」

あゆには聞こえなかったみたいだが俺には名雪の舌打ちが聞こえた

「祐一♪」

ふいに名雪に声を掛けられる

「ハイッ!?」

俺は声を裏返しながら即答する

「今晩からは紅しょうがのフルコース、だよ」

「・・・あの、名雪?」

「もちろん、
朝、昼、晩の三食だよ」

「・・・学食もですか?」

「お昼はわたしの特製のお弁当だよ」

「お弁当って・・・紅しょうがを容器に詰めただけなんじゃ?」

「え、なに?祐一」

「・・・・なんでもないです」

ああ、このご時世の日本で栄養失調か・・・俺・・・

「うぐぅ、祐一君ってそんなに紅しょうがが好きだったなんてボク、知らなかったよ」

あゆはやっぱりあゆだった



水瀬家リビング

「じゃあ、いただきましょうか」

秋子さんはそういうと紅茶を人数分カップに注ぐ

テーブルには綺麗に焼きあがったクッキーが並べてある

だが、あゆの作ったクッキーは形が歪んでいて、逆に秋子さんが作ったのは市販されている物より遥かに上手く出来ていた

「どれ、あゆのはどうかな」

俺はおもむろに一枚を掴むと口に入れた













俺はしばらく硬直した

「どうかな?」

「・・・・・・」

「ゆ、祐一君?」

「・・・あゆ・・・お前・・・」

俺は言葉を失った

「おいしくなかった?」

あゆはおそるおそると俺を見る

こういう流れだと十中八九俺は『美味い、なんて美味いんだ』というセリフを
リアクション付きで言わなければならない

そう、例え少しくらい不味くても『美味いぞ、あゆ』というつもりだったが・・・

だが・・・・

今回のは
碁石クッキーの方が数段うまいと思わざるをえない出来だった

「うぐぅ、やっぱり・・・まずいんだね?」

あゆの大きな瞳にみるみる涙があふれる

横を見るとクッキーアレルギーの名雪は
秋子さんのクッキーだけを食べていた

秋子さんはというと相変わらず笑顔で


『骨は拾ってあげますから』と静かな目が語っていた


俺はというと
背水の陣ってこういうことなんだなぁと考えていた

俺は覚悟を決めて一気にあゆのクッキーをまとめて頬張る

『うまい、なんてうまいクッキーなんだ』と
自分を騙して感想を言いたいが口一杯に頬張っている為、あゆに親指を立てるだけにした

意識が無くなりそうになるのを堪え、紅茶で無理矢理に流し込む

あゆのクッキー全てを腹に収めた俺は

「・・・なぁ、あゆ・・・秋子さんに教わったんじゃなかったのか?」

至極当然な疑問をあゆに投げかけた

いくらあゆでも、あの秋子さんに教わったのならここまでのモノは出来ないはずだ

「うん、ちゃんと教えてもらったよ」

元気よく答えるあゆ

「どんな風に?」

「えっとね・・・
包丁の持ち方とか」

「・・・他には?」

「それだけだよ?」

「マテ」

第一、クッキーって包丁使うものなのか?

「祐一さん、あゆちゃんも頑張ったんですし、その辺にしてあげてくださいね」

いけしゃあしゃあという秋子さん

この人・・・絶対にわざとだ・・・

「あと、これは私の自信作ですから、よかったらどうぞ」

目の前にあるクッキーとは別に運ばれてくるクッキー

なんというか・・・物凄い上手く出来上がっている

「これ、秋子さんが作ったんですか?」

「ええ、お口に合うか不安なんですけれど」

「うわぁ凄いよ!!秋子さん」

あゆと名雪も目を大きくして感動していた

そして、3人同時に口に入れる

口の中では甘く香ばしい味と共に

「ぐあっ」
「うぐぅ」
「だ、だお」


あの悪夢の味が口に広まったのだ

完全な不意打ちに俺達はテーブルに倒れこむ

薄れてゆく意識の中、俺は秋子さんの声を聞いた気がした


『ケンカは両成敗です』


嘘や・・・この人絶対・・・アレを盛りたかっただけや・・・

っていうか・・・
自覚・・・あったんだ・・・

俺の意識はそこで途絶えた



次の日、俺は当然といえば当然なのだが体調を崩した

あゆや名雪はあれからしばらくして回復した

だが、俺だけはいまだベッドの上だった

「うぐぅ、祐一君・・・大丈夫?」

秋子さんのアレも凄まじい破壊力だが大概は次の日には回復できた

しかし今回はあゆのクッキーが相乗された為、声すらろくに出せなかった

「ごめんなさい、祐一君・・・ボクのせいだよね・・・」

気にするな、あゆ・・・

ギャグSSって時点でこうなることは決まってたんだ・・・

あゆは『ボク、今日は祐一君の看病するよ』といい

諸悪の根源である秋子さんはというと

「了承」

の一言で済ませたのだった

名雪は不満そうな顔をしたが昨日のジャム・・じゃなかった

クッキーに怯え、仕方なく登校したのだった

そして時刻は午後を回ったところだった

「あの・・・祐一君・・雑炊作ったんだ」

あゆは盆に乗せた陶器をおずおずと差し出す

「食べられる?」

体が思うように動かない俺は口だけを開けた

俗にいわれる『あーん』だった

「祐一君・・・恥ずかしいよ」

言うな、俺だって恥ずかしい

しばらく躊躇った後、あゆは意を決し俺の口に雑炊を運ぶ

ば、ばか!!そのまんまじゃ

あゆは湯気が立ち上る雑炊を俺の口に入る

熱っ!!

俺は昔のコントの様なリアクションでビクンっと跳ね上がった

「あああ、ど、どうしたの祐一君!?」

あゆは慌てた

俺はあゆに息を吹きかけるジェスチャーをした

『あーん』とセットで行われる『ふー』だ

「うぐぅ、祐一君・・・もの凄く恥ずかしいよ」

言うな、俺だってもの凄く恥ずかしい

そんなやりとりをしながら俺はあゆの雑炊を全て平らげた

「・・・おいしかった?」

あゆが遠慮がちに聞いてきた

俺は親指を立てた

実際、あゆの雑炊は美味かった

薄味だったことはあえて言わなかったが・・・

「よかった。じゃあボク、ちょっと薬屋さんに行ってくるよ」

そういい、あゆは部屋を出て行った





しばらくすると、ドアがそーっと開いた

そして、部屋を覗き俺一人なのを確認すると

「祐一!!昨日はよくも
真琴を売ったわね!!」

殺村凶子だった

「誰が殺村凶子よ!!」

人の心を読むな

「アンタの考えることなんかすぐに解かるんだから」

で、何のようだ?

「復讐よ」

止めとけって・・自爆するのがオチだ

「しかも、女の子の顔に落書きするなんて許せない!!」

みると、真琴の額にはまだ薄く『肉』という字が読める

あうーと半べそかきながら洗面所で顔を擦る真琴が簡単に想像できた

「仕返ししてやるんだから覚悟しなさい!!」

いうとマジックを取り出した

くっ、動けない体がもどかしかった

真琴は俺の額に鼻歌まじりにきゅっきゅっと字を書き始めた

覚えてろよ・・・真琴

俺は昨日こいつにした事をきれいサッパリ忘れていた

「でっきた。どう、祐一♪」

真琴は俺の前に鏡を持ってきた

・・・・・・・・・

見ると俺の額には
『肉』ではなく『内』と書かれていた

 
しかも油性ペンで・・・

てめぇぇえええ、恥ずかしい間違いしてんじゃねぇよ

いっそ、『肉』と書かれた方がマシだった

「あはは、どう、思い知った?」

そういうと、真琴は

「なんか、つまんないの。肉まん買ってこよ」

といい、俺の部屋を後にした



俺はやることも無くウトウトとしていた

まだあゆは帰ってこない

ふと、人の気配がしたので目を開けた

「・・・・・・舞?」

なぜか、俺の部屋に舞がいた

「何してるんだ、こんな所で?」

いつの間にか声だけは出せるくらいには回復していた

「祐一のお見舞い」

「そうか・・・って舞、俺が寝込んでることを知ってるんだ?」

それ以前に舞は水瀬家を知ってたっけ・・・

「『舞』から聞いた」

「・・・そっか・・・」

「『舞』が心配してたから・・・」

ふいに俺は目の前の舞のことをいじめたくなった

「舞は俺のことが心配じゃなかったのか?」

「それは・・・」

顔を真っ赤にして俯く舞

「はぁ、俺は悲しいぞ。悲しみのあまり死んでしまうかも・・・」

「っ!!駄目!!」

いきなり抱きつく舞

その目は怯えを含んでいた

舞は大切な人を失うことを異常なまでに恐れていた

『舞』が生まれたのもその為だった

「・・・ごめん・・舞・・・」

やりすぎたと思い俺は静かに抱きしめた

「舞・・・」

「祐一・・」

見つめ合う二人の瞳・・・・・

「あははーっ。二人して佐祐理を無視するなんて万死に値しますよー。」

今度こそはほのラブ路線で行きたかった俺の思いをその一言でぶち壊すお嬢 も一緒だった

「・・・うわぁ、佐祐理さん
来てくれたんだ」

「・・・祐一さん、お魚はお好きですかぁ?」

「はい?」

唐突な質問に戸惑う俺

「ですから、海の幸のお魚ですよ」

あ、弁当のおかずを聞いてるのか

「ええ、魚介類は大好きですよ」

俺は笑顔で答える

「じゃあ、平気ですね。
久瀬さんも一人じゃ寂しそうですし

「え、久瀬・・・ですか?」

そういえば最近、佐祐理さんにしつこく迫る久瀬の姿を見ないような・・・

日本海側の海底って冷たいみたいですから」

「佐祐理さんが来てくれて祐一、超感激っス!!」

俺はぶんぶんと佐祐理さんの手をにぎった

「あははーっ。わかればいいんですよ」

そういい、
懐から出した携帯電話をしまう佐祐理さん

・・・もし・・・あのまま電話掛けられたら・・・俺は・・・

日本海の海底でマグロや久瀬と世間話している未来の自分を想像し

「あははーっ。冗談ですよ、祐一さん」

「・・・あははー・・・」

引きつった笑いをするしかなかった



しばらく、舞と佐祐理さんの三人で他愛の無い話をしていると

「祐一さん、お加減は大丈夫ですか?」

栞が部屋に入ってきた

香里や名雪も一緒だ

「聞いたわよ、相沢クン・・・大変な目にあった様ね」

「全くだ・・・」

「祐一、体はどう?」

名雪が心配そうに聞いてきた

「ああ、だいぶ楽になったぞ」

どちらかっていうと
心労で倒れたようなもんだしな

「そうなんだ。で、祐一・・・」

名雪が何か聞きたそうな視線で舞と佐祐理さんを見た

そうか、名雪は直接は二人のこと知らないんだっけ・・・

「えっと、こちらは3年生の」

「はじめまして、倉田佐祐理です」

「・・・川澄舞・・・」

二人は自己紹介を名雪たちにした

「あ、わたしは水瀬名雪です。
いつも祐一がお世話になっています

マテ・・・なんだその
『うちの主人がお世話になっています』みたいな言い回しは・・・

「お二人が例の舞さんと倉田先輩ですね。祐一から聞いています」

「ふぇ?佐祐理たちの事、なんて聞いてたんですか?」

名雪が笑顔で言葉を続ける

「えっと、ゴリラっぽい方が舞さんですよね。
それと
頭が悪そうな方が倉田先輩って聞いてます。」

「・・・あははーっ。」

「・・・・・・・」

佐祐理さんと舞の二人はゆっくりと俺の方を見た

舞に至っては無表情のまま既に剣を構えていた

ブンブンッ!!

俺は首を超高速で反復運動させる

再び、佐祐理さんは名雪の方に目をやる

「あははーっ。名雪さん。それは
宣戦布告と受け取っても構わないんですかー?」

「構わないんだおー」


誰か助けて下さい・・・本気で・・・(泣)


「待って下さい!!」

すると、以外にも栞が割って入ってきた

ああ、まともなのは栞、お前だけだよ・・・

「二人とも、祐一さんが困ってるじゃないですか」

そうそう、もっといってやれ

「一号さんや二号さんは、せめて半歩後ろを歩いてくれないと

・・・はい?・・・・・

「あ、祐一さん、私は気にしてませんよ」

「・・気にしないって、何がだ?」

もう、正直しゃべって欲しくなかった

「愛人の一人や二人、男の甲斐性みたいなものです・・・それに・・・」

ふっと視線を宙に泳がす

「愛人がいると知りつつも最愛の人を想い続ける妻
・・・なんかドラマみた

「それが言いたかっただけかあぁぁあああぁっ!!」

っていうか、栞の脳内じゃ俺はもう概婚なんすか!?

「わたしが祐一の正妻なんだおーーー」

「はえぇ、佐祐理は二号さんなんですか?」

「・・・3号さん?・・・」

三人がなにやら戯言を言ってるが俺は無視した

「それはそうと祐一さん」

突然、佐祐理さんが話題を切り替えてきた

この際、この話題が終わりさえすれば何でもいい

「なんですか、佐祐理さん」

俺はこの話題を打ち切ってくれた救いの女神の言葉を待った


「三人で暮らす計画は進んでますか?」

今その話題は駄目えぇぇぇぇええッッ!!!



俺はとっさに佐祐理さんの口を塞ごうとするが間に合わなかった

「何してる?・・・祐一」

無表情の舞

「・・・・祐一?」

笑顔の名雪

「・・・祐一さん?」

同じく笑顔の栞

「はえぇ、祐一さん大胆ですねー」

そして頬を染める佐祐理さん

「あははははは」

佐祐理さんを押し倒し、笑うしかできない泣き顔の俺


「うううーーー。祐一から離れるんだおーーー!!」

「祐一さん!!私というものがありながら不潔です!!」

栞、お前
さっきと言ってることが違わないか?


「あははーっ。口で言っても分かってもらえない方達は・・・舞!!」

パチンッ

佐祐理さんは指を鳴らす

「佐祐理を悲しませる者は容赦しない・・・」

スラッと剣を構える

「ふっ、面白いじゃないですか。勝者が祐一さんとの愛を育める、ですね。・・・お姉ちゃん!!」

スカッ

栞の指は不発だった

「しょうがないわね・・・可愛い栞の為、遠慮はしませんよ。川澄先輩。」

出番をずっと待ってた香里いそいそとメリケンサックを装備する

香里・・・優等生のお前まで・・・
ギャグSSって怖いな・・・

「うーーー。わたしもまけないんだお。」

名雪も立ち上がる

まさに一色触発の空気

ビリビリと肌に伝わってくる

五人は間合いを計る

佐祐理さんの後ろには自他共に認める百戦錬磨の舞


栞の後ろには
ギャグSSでは最強候補の香里

名雪の後ろには
何故かけろぴーが揺らいで見えた気がした


なんか
スタンド使いのような戦いに俺は心底震えた



前略

父さん・・・母さん・・・俺、北の町に一人で来て
大人になったけれど・・・

なんかイタイ人たちと知り合いになっちゃったよ・・・



未だに五人は動かない

ただ、時間だけが過ぎていく

そして、ついにその空気に耐え切れずに動いた人物


それは


俺だった

「もう嫌だああああ。帰るっ、家に帰るんだあああああ」


俺は横にあった窓を乗り越え外に逃げ出そうとするが

ガシッ!!!

襟首を五人に掴まれた

『逃がさない』

声が見事にハモる

俺は余りの恐怖に絶叫した・・・・・




目を開けると俺はベッドの上だった

俺は汗で体をぐっしょりと濡らしゆっくりと起き上がる

・・・あれ?・・・・

時計を見るともうすぐ夕食時だ

横を見るとあゆが寄り添うように寝ていた

どうやら看病に疲れて眠ってしまったようだ

ふと、窓に映る自分の顔を見ると額には『内』と書かれていた

確か・・・真琴に落書きされて、そのままウトウトとして・・・

俺は息を吐いた

「た、助かった・・・」
それにしても今時、夢オチなんて・・・
俺、全然OK!!


コンコンっ

ふいにドアがノックされた

「あ、はい」

「祐一さん、お加減はどうですか?」

秋子さんが入ってきた

「汗をかいたらなんだか良くなったみたいです」

「そうですか、それはなによりですね」

「あゆのおかげです」

「あゆちゃんは水瀬家の看護婦さんね」

以前のことを思い出してか、秋子さんはあゆの髪を優しく撫でる

「はは、全くです・・・・ところで・・・秋子さん?」

「はい、なんですか」

「その、
後ろに見え隠れするオレンジ色のは?」

「あら、ふふふ」

「いや・・・笑ってないで・・・」

「祐一さんに早く良くなってもらいたくて」

「いえ、もう大丈夫ですから、
ホントに

「そうですか?残念です」

さすがに病み上がりの俺には酷だと思ったのか秋子さんは引き下ってくれた

心底ほっとした俺は思わず

「いや、確かに
毒は毒をもって制すとも言います・・・が・・・」

俺は自分が口を滑らしたと気が付いた

一度は引いた汗が再び俺の全身を濡らす

「あら、祐一さんは博学なんですね」

秋子さんは相変わらずだった

もしかして・・・セーフ・・・?

「いや、そんな事無いですよ。今のは軽い冗談でして」

「そんな謙遜なさらないで下さい」

「いやほんとに冗談なんで」

「それじゃあ、博学な祐一さんに聞いてもいいですか?」

「あの・・・冗談・・・なんですよ?」


「口は災いの元ってご存知ですか?」


結局、俺はあと三日、ベッドから出ることは出来なかった


END



                                        
あとがき


                        ・・・・すまなんだ・・・・

                        ※この作品は宮野想良氏に捧げた物を再度加筆修正したものです

涼秋さんのHP『空色の砂時計』はこちらです

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