今朝は嫌な夢を見ました。


誰かを殺して、誰かに殺される夢です。


相沢さんを殺して、水瀬先輩に殺されました。


真琴を殺して、あの子に殺されました。


私を殺して、ワタシに殺されました。


本当に嫌な夢です。


でも……




こんなにも気分がいいのはなぜでしょう。





The moon of betrayal≪裏切りの月≫ 第二話





「今日のケーキは何がいい?」

朝ご飯を食べていると急に母が私に聞いてきました。

「今日……何かありましたか?」

「何言ってるの。今日は美汐の誕生日じゃない」

カレンダーで確認すると、たしかに今日は12月6日で私の誕生日です。

「そういえばそうでしたね」

「もう。自分の誕生日も忘れちゃったの?」

「忘れた訳ではありませんよ。興味が無かっただけで」

毎年母とショートケーキを食べるだけの日です。興味も何もありません。

「まぁ、いいわ。で、どんなのがいい?」

「あの……いつもと同じでいいので、一人分だけ多く用意してくれませんか?」

いつも通りでいいと言おうと思いましたが、何故か口ではこう言ってました。

「え。いいけど……あ、そっか。うん、わかった」

なにか母は自己完結してしまったようです。思い付きですから説明しろといわれるよりはマシですが。

「じゃあ、行ってきます」

「今日の夜は吹雪だそうよ。早く帰るのよ」

「そこまで遅くなりません」

時計を見るといつも出かける時間を少しだけ過ぎていたので、そう言って学校へと向かいました。



「ふぅ……ほら、走れ名雪」

「走ってるよー」

「もう少し早く起きてくれよ」

「努力はしてるよー」

その努力がかなう事はないんだろうな。

「祐一、酷い事言ってるよー」

「……………………」

いいかげん、この癖治れ。頼むから。

「多分、無理だよー」

………………(泣)


「祐一、放課後だよ」

「わかってるって」

「…………」

祐一が机の横にかけてある鞄を取って帰ろうとすると、名雪が祐一をじっと見てる。

「おい、どうしたんだ?」

「今日、部活ないんだ。だから一緒に商店街に」

名雪は三年生だがすでに推薦で大学を決めているので、今も部活に顔を出している。

「悪いな。今日もものみの丘に行くんだ」

名雪は無表情なまま

「また、あの二年生と?」

「…………ああ」

祐一が窓から中庭を見ると、雪がちらつく中、一人の少女がベンチに座ってるのが見える。

「あの子は……駄目だよ」

「駄目ってなんだよ」

「上手く言えないけど駄目なんだよ。あの子は祐一を駄目にする気がするよ」

名雪の物言いに祐一の声が明らかに不機嫌になる。

「なんだよそれ。天野は俺以上に苦しんでるんだぞ」

祐一は鞄を持って、教室を出ようとする。

名雪はこれ以上は何も言えず、ただ祐一の後ろ姿を見つめていた。




「よう、待ったか?」

「いえ。それほどでも」

『あの子は祐一を駄目にする気がするよ』

祐一の頭の中にさきほどの名雪の言葉が蘇る。

名雪は何が言いたかったのだろうか。あいつが人を傷付けるような冗談を言うようなやつじゃない事はよく知ってる。

「どうしました、相沢さん。体調が優れないようなら……」

祐一が険しい顔をしていたのを美汐が指摘する。

「いや、体調はバッチシだぞ」

そういって両腕で力こぶを作るようなポーズを取る。

「そうですか」

それじゃあ行きましょうと美汐は立ち上がり、歩を進める。祐一もその後に続く。

名雪の言葉の事は考えない事にした。



ものみの丘にきては祐一はいつも色々な事を考える。

初めの数ヶ月はそれこそ真琴の事しか頭に無かったが、いまではそうでもなくなった。

名雪の事。水瀬家の事。大学の事。そして……

祐一は隣に座ってる美汐の横顔を見つめる。

こちらには気が付いてないらしく、じっと夕暮れの街並みを見ている。

最近では真琴の事よりも天野の事を考える時間が確実に多くなってきている。

真琴がいなくなったから天野にするつもりかと自分を責めるも、どうしても気になって仕方が無かった。

分からなかった。

自分が本当に真琴が好きだったのか。

この気持ちは天野が好きだからなのか。

それとも天野を真琴の代わりとしか見て無いのか。

そろそろ夕日が半分沈みかけてる。これ以上ここにいるのは天野にとっても迷惑だろうと祐一は思った。

「じゃあ、そろそろ……」

そういって祐一が立ち上がる。しかし美汐は街並みを見つめたまま動かない。

「天野?」

「あの……」

すこしうつむき加減で美汐が言う。

「今日、私の誕生日なんですよ」

「え、あ……おめでとう……」

祐一は美汐のふいな言葉に戸惑ってしまった。

「ごめん。俺知らなかったからプレゼントとか何も」

「いえ、それはいいんです。それでですね」

美汐は手にぎゅっと力を込めて言う。

「今日、うちでケーキを食べますので来てくれませんか?」

それはパーティーの誘いだろうか。

祐一は考える。今帰っても名雪と気まずい雰囲気で食事するだけだ。

「じゃあ、お邪魔しようかな……」

「ありがとうございます」

美汐が祐一に笑いかける。

祐一はあまり笑う事の無い美汐が笑ってる顔をみて嬉しかった。

嬉しかったが……

あんまりその笑みが妖艶だったので祐一は冷や汗らしいものをかいていた。




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