競走馬育成牧場記
4.離厩

>乗ってみるか?

牧場長に呼ばれて、ヘルメットとプロテクターを身につけて調教用トラックへ向かいました。
待っていたのは、サラブレットの3歳牡馬、栗毛。ニックネームはゴールド。担当スタッフとは落ち着いたコミュニケーションがとれています。
でも、彼は私を凝視し、鼻孔をふくらませています。いつもと違う調教パターンに動揺し、ドキドキ高鳴る彼の心臓の音が聞こえそう(^_^;)
イヤな予感…私までドキドキしてきた(-_-;)肩の力を抜き、声をかけながら近づく。

>落ち着け、落ち着け
>目を見ちゃダメ、緊張を高めてしまう…

手のひら全体を使って首筋を愛撫する。彼はあちこちの筋肉をピクピクさせてはいましたが、健気にもじっと我慢しています。

>よし、いける

飛び乗った瞬間に目眩がして、右半身に痛みを感じました。飛び乗りがヘタクソな私の右足がゴールドのお尻に触り、
彼はビックリして腰を跳ね上げ、私は半回転して、彼の反対側に落とされちゃったのです(T_T)

>ここで辞めたらコイツの為にならない、もう一回だ!

と、牧場長。長い時間をかけてこの段階まで慣れてきた仔馬ですから、悪い印象を残したままで今日の調教を終える訳にはいきません。

捨て身になって再度近づきますが、彼は勇気を失っていて、お尻が外へ外へと逃げ、少しもジッとしていません。
話しかけながら彼の肩口へ飛び込み、そのまま両手で彼の首を軽く抱きました。

>ゴメンネ、怖かったね、よしよし…

しばらくしてゴールドが動きを止めたので、再度飛び乗った…でも、私は完全に彼の信用を失っていました。
また反対側に落とされ、地団駄を踏んで逃げようとする彼に全身を踏まれました(T_T)
全身に青痣、右足の脛は蹄の形に肉が破れていて、左手の人差し指は膨れあがって曲がりませんでした。
牧場長がゴールドを制してくれていたのと、育成中の仔馬はまだ蹄鉄をつけていないのが幸いでした。

>負傷、退場〜(T_T)

調教用トラックを出て振り返ると、ゴールドが何食わぬ顔をして、担当スタッフを乗せて歩いていました。



ケガが癒えるまで、簡単な作業しかできませんでした。
ただでさえ手伝える作業が少なかったのに、余計に暇になっちゃうし(T_T)、ゴールドを怖がらせた上に落とされてちゃうし(T_T)

>私は何もできていないのかも知れない

申し訳ないやら、情けないやら、悲しいやら、悔しいやらで、元気をなくした日々が続きました。

そんなある日の午後、調教用トラックで騒ぎが起こりました。
何かに驚いたカガジョウが、担当スタッフを振り落として、調教用トラックを疾走しています(*_*)
まだ体が出来ていないのに、あんなスピードで走って…足を痛めるかも知れない、牧柵に突っ込んで大ケガをするかも知れない。
けれど、彼女は制止する担当スタッフの脇を駆け抜けていきます。気が付いたら私は調教用トラックの脇で彼女を呼んでいました。

>お嬢〜('o')、おジョ〜〜ウ('O')

…彼女はピタッと動きを止め、調教用トラックの向こうから私を見つめて、小走りに駆け寄ってきたのです(*^_^*)
うれしかった♪怖くてパニックになっている時に、私を頼りにしてくれた♪
担当スタッフが、笑った様な、困った様な、変な顔をして飛び乗り、調教を続けました。



カガジョウとの一件で元気を取り戻した私は、今まで以上に積極的に仔馬達との関係を深めていきました。
肉体労働にも慣れ、そんな力強さが仔馬達を安心させもしました。仔馬達と一緒に少しずつ成長しているのがわかる。
そして、とうとう雪国を離れる時がやってきました。

>仔馬の育成は危ない仕事でしょ?
>こんな仕事はやりたくないよな
>でも辞められないんだよ、これが(^O^)(^O^)(^O^)

と、牧場長。

>育成中毒だ(*^_^*)

と、思いました。私にもその気持ちはわかる気がする。
来て良かった。
さらば仔馬達、また会う事はないだろう。君達の事は忘れない。
さようならカガジョウ、幸運を祈る。

雪国から都会に戻った日、頭に円形脱毛症を発見しました…