◇-詩集『海賊海域』より-前川整洋(7/10-15:57)No.143
143 | 詩集『海賊海域』より | 前川整洋 | 7/10-15:57 |
私と同じ現代詩創作集団「地球」同人である柳原省三氏より詩集『海賊海 域』(土曜美術社出版、2004年)をお送り頂きました。柳原さんは村上 水軍で知られる愛媛県在住ですが、昨年の「地球」の研究会でお会いできま した。海の男らしくがっちりした体格で素朴な雰囲気が、印象的でした。 題名の『海賊海域』には、海ならではのさまざまな危険が象徴されていま す。自然の脅威とテロや強盗の危険が渾然と待ち構えている。そのような危 険や乗船スタッフの厳しい労働と生活をユーモアも交えながら、詩ならでは の臨場感で伝えています。また、家族愛についの詩では、海の男の、また、詩人の純粋な精神が表現されています。 『海賊海域』より2編を紹介します。 海域 めずらしく 波を忘れた海 黒潮の紺青もうららかに霞み あの目の奥を射る 光のぞめきも今はない 沖縄には 台風十六号がいて 暴風が吹き荒れているはずなのに ほんの少し離れてしまうと まるでこんな具合なのだ 嵐の前の静けさという言葉は ここから生まれたのに違いないが ぼくらの船は遠ざかる 嵐の傍の静けさというべきか だがはるかにはるかに遠く 朝も夜も 陽炎の立ちのぼるあの海域には 今もなお深い静かな嵐が ぼくらを待ち受けているのだろう 砂の海 熱砂の海は重い大気に押さえつけられ 波打つこともできずに 苦しげな陽炎を放っている そこには真っ赤な 気球のような朝日が昇り 中途半端な生命の存在を許さない 砂の海を彷徨い 陽炎と共に消滅する無念さを思う 人間の闘争心と利益追求の欲望は どんな場所にも可能性を求めるのだが 命がじりじり乾燥してゆく悲哀を思う 妻よこの地は暑くて辛い ビールも飲めず週刊誌さえままならぬ お金は欲しいが 長くいると梯子を外され 経済戦士の剥製にされてしまう ぼくは執拗な砂漠の蝿にたかられながら 心を瑞々しく保つ術がない 乾いた動物のふんの近く 甲虫が一匹干からびている たった一つの小さな命を 砂の海のなんに焦がれて果てるやら 簡単に詩評を述べておきます。 航海での一連の詩おいて、一般的な労働や生活にはない、さまざまな厳しい 体験が語られている中で、ユーモラスな表現を忘れていない。それは、現実 を客観的に直視していることによる、と考えられる。 「海域」では静かな海の情景から入いっている。そこには、ギラギラした陽 射の照り返しもない。近海には台風十六号が、日本列島へと進んでいる。 「嵐の前の静けさ」が言葉上の冗談ではなく、現実として詩人を囲み込んで いる。 最終連での「今なお深い静かな嵐が/ぼくらを待ち受けているのだろう」の 句により、嵐をはじめ、テロ、海賊など、さまざまの危険がそれぞれの海域 に潜んでいることが、読者へと投げかけられている。 「砂の海」は、アラビアで上陸したときの体験であろう。詩人の感性で砂漠 という「砂の海」を表現している。海においてと同様の自然と生命の戦いが 描き出されている。干からびた一匹の甲虫、それは力つきた残骸ではなく、 全力を出し切った姿なのであろう。 |