◇-なぜ山に登るのか-前川整洋(12/18-16:02)No.224
224 | なぜ山に登るのか | 前川整洋 | 12/18-16:02 |
正月番組で井上靖原作の『氷壁』がNHKで放映予定です。山岳小説の傑作 は難しいとされています。山が舞台となっていると、ドロドロした人間の争 いを描きにくいからのようです。人間社会と山とが対峙した現代社会におい ての、事故か自殺か他殺かのミステリーに男と女の関係が絡み合ったドラマ です。 『氷壁』が新聞に連載されたのは昭和31年です。モデルとなったナイロ ンザイル切断事件は、昭和30年1月2日、前穂高岳東壁Aフェースで起っ た三重岩稜会の石原国利たち三人の遭難でした。若山五郎(三重大1年19 歳)が転落死しています。当時の新聞はおおむね、「ナイロンザイルは切れ るわけがない。石原らに何らかの過失があったのだろう」と報じられまし た。著名な大学教授が公開実験をして、切れないという結果になります。こ の実験装置はナイロンザイルを製造した、某建築資材トップメーカが作った ものでした。この実験装置での岩角は、ヤスリですこし丸くしてあったこと が、後年判明します。偽装というのはいつの時代もあると考えたほうがよさ そうです。 井上靖は昭和31年9月に穂高岳登り、初めて穂高連峰の雄大な景観に接 します。その下山のときナイロンザイル事件のことを聞き、同年10月に岩 稜会メンバーに面会し、翌月から連載がはじまっています。 原作の舞台は穂高岳東壁ですが、NHKの『氷壁』は予告で見たところK 2になっていたようです。K2はエレベストより登頂が難しいとされている 世界第二位の高峰です。場所はヒマラヤではなくカラコルムだったはずで す。こういった海外遠征隊では、登頂できるのは数十人中の数人だけです。 人間同志の争いは一般社会以上のものである、としばしば聞きます。 現代は大衆登山が全盛の時代です。ここ5年ほどの私は、深田久弥の百名山 を年間6〜8座登っています。今年は7座登りました。 登山をする理由は個々人で異なり、それぞれがユニークな理由をもってい ると思われます。冒険的な登山ではなく、大衆的なもの対してですが、一般 論として次のように考えられます。 歩くという人間にとって根源的な運動が、自然景観の中で行える。登るとい う行為には上昇志向が湧いてくる働きがある。高い所から見渡す爽快感、精 神がリフレッシュされることは言うまでもない。山でなければ見られない景 観は、雄大であるだけでなく、芸術的であり、宗教的である。反対に街での 景観は、機能によりつり出されたものであり、無機質な感じは否めない。自 然景観は生命感にも通じている。野生の動植物にも会える。それらには、社 会といういがみ合いや助け合いの中に生きているのではなく、自然の脅威と 恵みのフィールドで生きているたくましさと愛らしさが認識でき、そのこと にも感動できる。 都会の便利さに満足しきっている人、足腰のひ弱な人(足腰の軟弱な人ほ ど山に登って頂きたい)、他に熱中しているスポーツや趣味のある人は、山 に登らないともいえます。 |