芸術への取り組みと登山 へのコメント
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前川整洋さんは No.278「芸術への取り組みと登山」で書きました。 >受講している横浜文学学校は自主運営であることか、受講生の運営委員が運 >営を行っていますが、運営委員から横浜文学学校HP掲示板に次の書き込みが >ありましたが、運営委員は事務方であった作品の内容に立ち入る立場ではな >いと思っています。芸術とはそういうものです。 >>今後、横浜文学学校で取り扱う作品分野の内容(小説、詩、随筆、評論等) >について話し合います > > 結局は自己責任です。合評・講評での意見・批評もそれを取りいれるかど >うかは作者の判断しだいです。作品の評価は後世に委ねられている、といえ >ます。学校ではなく、同人会であれば、主宰の先生の作風に会わないと、退 >場を迫られることもあるようです。 > 今週は永年勤続休暇を利用して東北山行をしました。4座登る予定が残雪 >と天候で2座しか登れませんでした。鳥海山が最も厳しい状況と考え、地元 >の遊佐(ゆざ)役場に縦走は危険かどうか問い合わせたところ、登ることじ >たいが危険だから登らないようにと警告されました。しかし自然界の危険に >挑むことは、法律などでやめさせることはできないようです。 > 11日に鳥海山山頂の新山(しんざん)2236mまで登ってきました >が、登山というより雪渓からの登山道入口を捜す危険なゲームのようでし >た。雪渓には赤布付きの細竹が雪面に立ってありますが、重要な箇所ほど倒 >れていました。次ぎの登山者のために、倒れている細竹を立てようとしまし >たが、1センチくらいしか雪面にめり込まず止めました。それが下山時の厳 >しい状況を起こしてしまいました。縦走はとてもできそうもなく、泊まった >大平山荘に戻ることにしました。大きな雪渓が6箇所あり、忘れてしまった >箇所では途方にくれることになりました。しかしながら、晴れていて、慌て >ずに体力の消耗を恐れず同じ辺を行ったり来たり、地図も見ながら遠くまで >見通したりしていると、自ずからなんとかなるようでした。登山者は山頂近 >くで一人とすれ違っただけでした。 > 雪渓が尽きてまたもや道捜す
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