宮下誠教授のお別れの会 へのコメント
注:タグは使えません。改行は反映されます
タイトル(必須)
お名前(必須:全角文字のみでお願いします)
E-mail:(出来るだけ)
Home page URL:(あれば)
ここまでの内容をブラウザに記憶させる(タイトル以外)
コメント:(必須)
前川整洋さんは No.414「宮下誠教授のお別れの会」で書きました。 >朝日カルチャーセンター(新宿)で「芸術と思想」という講座を受講してい >るところでした。芸術論は私のようなエンジニアの仕事とは関係ないようで >すが、芸術を深く理解できるだけでなく、世界認識にも役立つようです。と >ころが、講師の宮下誠教授が5月23日、出張先の京都のホテルにおいて心 >不全で急逝される事態になってしまいました。まだ47歳という若さでし >た。お別れの会が、7月2日に総武線市ヶ谷駅近くの私学会館で開催されま >したので、出席してきました。 > 出席者は230名ほどで、知っている人は皆無であろうと思っていました >が、お別れの言葉を宮下誠教授と同じ国学院大学の傳馬義澄教授が述べられ >たのには、驚きました。というのは、昨年、現代詩創作集団「地球」・秋谷 >豊代表が亡くなられた直後にあった「地球の詩祭」で、秋谷先生を偲ぶ講演 >的な談話も傳馬教授がされたからです。宮下教授への親しみも深まった気が >しました。 > 宮下先生の芸術論は、政治、哲学、民族、伝統を絡ませていることが多 >く、斬新な解釈を展開されていました。ピカソやマチスといった抽象絵画の >画家の出現から、哲学や知の表現となってきて、専門家の解説がないと良さ >がわからなくなってきたようです。ピカソは自らの作品を解説されたり、批 >評されるのをすごく嫌っていました。言葉で表わせないことを、絵にかいて >いるのだからという論理でした。他方、ピカソ作品があれだけ世界的になっ >たのは、評論や解説の力が加わったからともされています。 > 産業経済だけではなく文化・軍事大国が陸つづきで連なっているヨーロッ >パという、世界的にはむしろ特殊ともいえる地域に精通されていた宮下先生 >にこのようなことが起こったことは、いまだに信じられないでいます。型破 >といえる芸術研究者であるだけでなく、哲学家思想家である宮下先生が忽然 >といなくなったことは、社会にとっても大変な損失と思っています。 > 登山をしながら現代詩、俳句を作っている私としては、日本人は諸行無常 >とわび・さびの世界観に浸っていればよいといえないこともないのですが、 >グローバル化のなかでの貿易立国日本としてそうは言っていられないようで >す。 > ご冥福をお祈り申しあげます。
[
記事表示にもどる
]