著書コーナー

「秘境の縦走路」
発行所:株式会社 白山書房 214ページ  カラー写真 5ページ四六判
初版 1998年3月20日 定価 2000円

1.概要
 30年ほど日本アルプスを登ってきて、最後に残った縦走路が、針ノ木岳〜船窪岳〜烏帽子岳縦走と
奥穂高岳〜ジャンダルム〜西穂高岳縦走であった。前者は一般縦走路があることがあまり知られていないこと
からも、北アルプスで最も登山 者が少ないコースとなっている。後者については急峻な岩稜であることから、一般
縦走路としては最難関といわれている。この2つのコースを「秘境の縦走路」として、なぜ秘境なのかを体験できる
ように書いた。  針ノ木岳〜船窪岳〜烏帽子岳縦走路では、間近の立山と剣岳、駒草の大群落、山間から
覗く黒部湖、北アルプスらしからぬ樹林に覆われた主稜線、山肌を剥き出した崩落地帯。奥穂高岳
〜ジャンダルム〜西穂高岳縦走路では、絶壁をなすジャンダルム、岩の殿堂・奥穂高岳、日本のマッターホルン
・槍ヶ岳、岩稜に沿っての岩桔 梗、西穂高岳への岩峰の連なり。これらが次々に展開して行く。
 岩石や地形についての知識不足のために、山に登っても貴重な自然の造形やその形成の歴史の痕跡を見逃
してしまうことが多い。高山に特有な岩石や地形などについてまとめてある。
 山における自然の秘めた美しさやオリジナリティー、さらに神秘性といったこと、また登山の意義などを語ったことが
自然からの読者へのメッセージとなってい ると考えている。

2.目次
 1部 針ノ木岳〜船窪岳〜烏帽子岳縦走
   第1章 新宿駅
   第2章 大雪渓から針ノ木小屋
   第3章 針ノ木岳から蓮華岳
   第4章 北岳、七倉岳から船窪小屋
   第5章 船窪岳を越え不動岳
   第6章 南沢岳から烏帽子岳
   第7章 烏帽子小屋
   第8章 高瀬ダムへの下山
   第9章 北アルプスの危険地帯・船窪岳周辺
 2部 縦走にあたって
   第1章 山と岩石
   第2章 氷河・周氷河作用と日本アルプスの地形
   第3章 小説『氷壁』と穂高岳
   第4章 槍ヶ岳と穂高岳をめぐる登山家
   第5章 第五章 落雷による遭難
 3部 奥穂高岳〜ジャンダルム〜西穂高岳縦走
   第1章 上高地
   第2章 徳沢園
   第3章 横尾から涸沢
   第4章 ザイテングラート
   第6章 穂高岳山荘
   第7章 第六章 奥穂高岳から馬ノ背、ロバの耳を越えジャンダルム
   第8章 天狗のコルから天狗岳、間ノ岳を越え西穂高岳
   第9章 西穂山荘
   第10章 上高地への下山
   第11章 岩稜の登山

3.本の一節
山頂直下の急斜面を下り切ると、ジャンダルムとゴブ尾根の頭との鞍部となる。断崖が迫っていることはなく、少し展けた
場所だ。ここからはこれまでジャンダルムとロバの耳に遮られていた西穂高岳方面の展望が一挙に開ける。正面のほぼ
同じ位置に、横ずれしながらピークが重なっている。手前から天狗ノ頭、間ノ岳、西穂高岳と連なっているのであろう。
後方の鋭角三角形のピークが、西穂高岳であるはずだ。西穂高岳まではかなり時間の掛かる行程と聞いていたので
この近さには驚く 。峰々は山頂近くまで、這松などによる緑に覆われている。そのことに安心感に誘われる。西穂高岳
への視線は、水平よりわずか下の方にあることも、気分的に楽になる。西穂高方面の展望はジャンダルム山頂でも開け
ていたはずであるが、ほっとしたためか、そちら方面は眺めずに下りて来てしまい、ここで意外な光景に出会ったのである。
 稜線伝いに歩きだし、こんもりした丘状の所を登ると崖で行き止る。振り返って来た方を見下ろしたが、稜線を巻く踏跡
は見当らない。二人連れがやって来たので 声を掛ける。「こちらではないので、その辺りに道がないか捜して下さい」彼ら
が見回すと、少し下がった所にコースを示す〇印が付けられた岩が見つかった。一旦少し下ってから、稜線を巻くコースと
なっていた。ゴブ尾根の頭の飛騨側 を巻いた後は、岩塊地帯をどんどん下る。ガスが出ていれば迷い易い所であろうが
正面に西穂高岳が見えているので方向を間違えることはない。
 この辺りから崖に沿って岩桔梗が咲いている。途切れては、また咲いている。これは岩桔梗ではなく、千島桔梗かもしれ
ない。岩桔梗は明るいコバルトブルーで、花冠には毛は生えず、やや上向きに花をつける。千島桔梗は濃い青紫色の花冠
に毛が生え、やや下向きに花をつける。金鳳花も所々に咲いている。北アルプスには高嶺金鳳花と深山金鳳花が自生して
いる。どちらか見分けるはっきりとした特徴はない。高山植物により岩稜の厳しさは和らげられているようだ。

夏空を切り抜きならぶ穂高岳
岩あれば岩桔梗咲く縦走路
縦走路日当たり続き金凰花

 ルンゼ状の岩場の下りとなる。傾斜はきついが谷へ落ちこんでいる所ではないので、転落の危険はほとんどないといえる。
また岩塊地帯となる。正面には西穂高へ の岩峰の連なりが見えている。広々とした所なので、コースから逸れないように注意
しながら下る。三ヶ所の鎖場を下り、午前7時22分、天狗のコルに着く。

4.著者からの一言
秘境とは『広辞苑』によると「人跡まれな、様子がよく知られていない」となっています。テレビ番組で毎週のように秘境が紹介
されている現在、地球上に秘境は なくなったともいわれています。一方、秘境と呼ばれるべき自然は、簡単には知り尽くすこと
はできません。比較的身近な北アルプスの縦走路について、克明に描写することにより、自然の不気味さや危険性、可憐さや多様性
などが体験的に分かるように書き表わしました。出会った未知の登山者との交流も、何気ないことではありますが、そこには人生的
なドラマがあることが、感じられるように書いています。
日本アルプスの縦走路は、いつ頃どのような登山家たちにより、きり拓かれたものなのかについても載せてあります。この縦走路が
より身近なものになると思います。
日数的には短い縦走路ではありますが、その中に自然との、また人とのさまざまな出会いとドラマを盛り込んでいます。そしてノン
フィクションであることが紀行文の味わいといえます。



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