○ マカッサル訪問(2017-9)

2017年9月21日から30日の10日間、インドネシアのマカッサルを訪問しました。小生が最初に訪問したのは1997年ですから、今年で丁度20年になります。今回は4名で出掛けました。訪問の目的はメンバー各自異なりますが、日本では入手困難なインドネシアでの出版物などの資料収集や、日頃メールなどで交流している方々と直接お会いして意見交換を行うことでした。 メンバーの一人がマカッサルの料理やお菓子の研究が目的であったため、マカッサルで各種料理、お菓子の食べ歩きに同行する幸運にも恵まれました。(脇田)

○ 本場のアンクルン・オーケストラが逗子にやってくる

KPA3 アンクルン楽団は 1980年に設立されたインドネシアのトップ・アンクルン楽団です。この楽団はアンクルンを文化遺産および国家アイデンティティとして推進し豊かな世界の文化に貢献するミッションを持っています。今回、逗子のなぎさホールで公演を行います。交響曲から日本の歌、インドネシア民謡まで 皆さまこの機会にぜひお楽しみください。(アンクルンとは

日時:2017年8月27日(日)開演 14時 
場所:逗子文化プラザホール なぎさホール
前売:1000円

○ Facebook で国際交流 

このところ Facebook を使っての意見交換が盛んになってきた。すでにインドネシアの方々と、写真や文章での意見交換を行っていますが、今後はビデオ通話も活用して行きたいと思います。

https://www.facebook.com/groups/sejarahsulawesi/ https://www.facebook.com/groups/250933781970482/ https://www.facebook.com/groups/1073191499382311/ (2017年3月22日)

○ 太平洋戦争中占領地で発行されていた新聞を読む 

太平洋戦争中、インドネシア・マカッサルでは毎日新聞社が現地向けの新聞 Pewarta Selebes を発行していた。当時どのような情報を現地住民に向けて発信していたのか。国会図書館にマイクロフイルムで保管されている新聞を調べた。戦争末期には用紙が不足していて頁数、紙面が次第に小さくなっていた。昭和20年に入ってからは戦況悪化で輸送手段は絶たれ、新聞は日本へは届いていなかった。昭和19年9月7日に小磯内閣が将来インドネシア独立を容認する発表をしましたが、その2日後には現地向けにこのことを報道していた。そしてその後のインドネシア独立運動も新聞社の編集関係者から多数輩出していることは非常に興味深い。当時 実質の編集責任者は Manai Sophiaan であった。彼は後年インドネシアの国連大使やロシア国大使等を歴任した。(2017年2月14日)

○ 第48回東京ラグラグ会(10月15日) 

2016年10月15日(土)東京・有楽町の日本外国特派員協会ホールにて、インドネシアの歌を通じて両国の交流を図る「第48回 東京ラグラグ会」が開催され、約100名が参加されました。今年は東京外国語大学のインドネシア舞踊部の学生さんがインドネシア各地の舞踊を披露しました。部長の高橋由佳さんから「私たちはインドネシア語を学習学生のみならず、様々語科の生徒で集まって一緒にインドネシアの踊りを日々練習しています。本日は2曲のみの披露ですが、ジャワ島、バリ島、アチェ、スラウェシ島など様々な地域の踊りを披露することでより多くの人にインドネシアの多様性、魅力を知っていただけたらと思っています。本日は、本当に皆様の前で発表させていただけるということでとても嬉しいです。どうぞお楽しみ下さいませ。」とのご挨拶がありました。プロ級です。

○ 太平洋戦争時代のバリ島についての話を聴く会

国際的な観光地として知られるバリ島であるが、太平洋戦争の頃、またその後の独立戦争で1300人以上の尊い人命が失われたことは、あまり知られていない。 平成28年(2016年)6月6日(月)、日本バリ会幹事長の稲川義郎様(今年で90歳、写真左から2人目)から、太平洋戦争時代のバリ島について話をお聴きした。場所は東京・目黒駅近く、旧セデルハナを新装開店したインドネシア料理店チャベ。稲川様と同期生でセレベス赴任の2名も参加されました。皆さま大変お元気です。

詳細報告:日本軍政時代のバリ

○ 地球研未来設計イニシアティブ国際シンポジウム2016に参加

2016年3月5日、東京国際フォーラムで開催された、地球研 未来設計イニシアティブ国際シンポジウム2016に参加しました。

テーマは 多様な自然・文化複合をふまえた「未来可能な社会への転換」-地球環境学における新たな挑戦ー。基調講演は「未来可能な社会に向けた知の共創」。また「未来可能な社会に向けた超学際研究」としてスラウェシでお世話になっているA先生の研究成果の発表「統合的水資源管理のための『水土の知』を設える」や、「東南アジア沿岸域におけるエリアケイパビリティーの向上」などがあり、まさに超学際的な研究成果の発表でした。日本の他のNPO法人も参加して活動の報告があり、今後 ICP の活動にもつながる、たいへん有意義な会議でした。

主催:人間文化研究機構 総合地球環境学研究所

○ インドネシア・バタックの会クリスマスパーティ

2015年12月13日(土)横浜山下町のメルパルクにてインドネシアのバタック族の方々のクリスマスパーティが開催され、お招きを受けました。インドネシアの一地域の方々が横浜に100人以上も集まり、両国の交流が深まっていることを実感。皆さんキリスト教徒です。

○ 伊東深水「南方風俗スケッチ」展示会訪問(10月29日) レポートを纏めました。

 http://www5d.biglobe.ne.jp/~makassar/mks/itoshinsui.html

○ 第47回東京ラグラグ会(10月3日) 

2015年10月3日(土)有楽町の日本外国特派員協会ホールにて、インドネシアの歌を通じて両国の交流を図る「第47回 東京ラグラグ会」が開催された。マカッサルのハサヌディン大学から大使館に出向しているイクバル先生はこれが最後のパーティ。会から花束が贈呈されました。

○ 戦後70年特別企画:伊東深水と永井荷風―「南方風俗スケッチ」ほか― を市川市芳澤ガーデンギャラリー で開催中

鎌倉市とも縁の深い伊東深水が 1943年(昭和18)に、海軍報道班員として派遣されたインドネシアやシンガポールで、4ヶ月に亘り描かれたスケッチ 90点を市川市で公開します。当時の現地の風俗を知る上でたいへん貴重な資料です。
開催日:2015年9月12日(土)~2015年11月8日(日)月曜休館
時間: 9:30~16:30(入館は16時まで)
施設: 芳澤ガーデンギャラリー
主催:お問合せ:市川市 文化スポーツ部 文化振興課
TEL 047-300-8020

○ インドネシア独立70周年記念関連諸行事(その2)

2015年8月28日 インドネシア独立70周年記念パーティが東京の帝国ホテル富士の間で開催された。ユスロン特命全権大使は ご挨拶のなかで、独立に貢献した日本人の一人として前田精少将の名前もあげられた。多くの日本人が忘れてしまったことを覚えていて頂き有難いことです。今後も インドネシアと民間レベルの交流を一層深めていきたいと思う。

○ インドネシア独立70周年記念関連諸行事

2015年8月17日 インドネシア大使館における国旗掲揚式典が行われた。また同日、東京市ヶ谷の防衛省敷地内にあるインドネシアの英雄、スディルマン将軍像の前では献花式が行われている。当方は残念ながら参加出来なかった。この銅像は2011年にインドネシア国防省より日本の防衛省に寄贈されたもので、70年前、一部の日本人が、インドネシアの独立に貢献していたことの証でもある。当時を知る世代も少なくなってきたなかで、日本ーインドネシアの友好の貴重なシンボルである。(写真は在東京インドネシア大使館ウェブサイトから)

○ 鎌倉の街並、 45年前は美しかった

2014年12月、鎌倉風致保存会創立50周年記念の展示会が開催され、その行事の一つに、鎌倉の風景写真展がありました。

 鎌倉の社寺仏閣、江ノ電や海岸風景の写真の中に、僅かですが、鎌倉の街並みを写した写真がありました。左上の写真は1970年に、鎌倉八幡宮の近く、大学前バス停(横浜国大付属小、中学校前)を撮ったものです。展示会を見たあと、写真の現場に行って撮影したのが、下の写真です。建物は変わっていますが、和菓子の旭屋本店は今も営業しています。一番の違いは道路上の電線網ではないでしょうか。この地域は大きな工場はないので、45年で家庭の電化が進んだため、住宅戸数の増大などが考えられます。また近年は光ケーブルも増加しています。垂れ下がった電線網の下をすれすれに2階建ての観光バスが通ります。今後さらに電線が増えていったらどうなるのか心配です。 下の写真は南側からバス停方向を見た風景

○ 第46回 東京ラグラグ会

2014年10月4日(土)有楽町の日本外国特派員協会ホールにて、インドネシアの歌を通じて両国の交流を図る「第46回 東京ラグラグ会」が開催された。インドネシア大使館からはユスロン特命全権大使ほか大勢が参加された。音楽に造詣の深い大使は美声で、インドネシアの名曲 " Rindu Lukisan" を披露した。”唄の力”によってインドネシアと日本の心が一つになることをあらためて実感した。参加者数は会場いっぱいの約120名。(写真はバティックを着て挨拶するユスロン大使) 

○ インドネシア大使公邸で独立記念式典

8月17日(日)五反田にあるイ国大使公邸において、第69回インドネシア独立記念日恒例の国旗掲揚式典が行われた。同日午後6時からは国旗の降下式も。防衛大のインドネシア人留学生が式典で活躍していた。どこの国も国旗を敬う気持ちは同じようだ。来年は独立後70周年の節目の年となる。

○ インドネシアの人達は覚えているが日本人は忘れてしまった?

 8月13日の日経夕刊の1面記事、「あすへの話題」に国際交流基金の安藤理事長が、インドネシアでの体験を書いています。現地インドネシアの高校生から前田精少将について質問があったが、安藤さんは前田少将をご存知なかった。日本人が忘れていて、現地の人が覚えている人物。Haji Umar Feisal 小林哲夫もその一人である。当時を知る世代は少なくなった。可能な限りこうした資料の収集に努めたい。日経新聞記事(2014-8-19)

○ 「Haji Umar Feisal 小林哲夫のこと」

 太平洋戦争の初期、南スラウェシで活躍した一人の日本人がいた。彼の死後70年以上を経過したが、Haji Umar Feisal Kobayashi の名は、いまも南スラウェシの人達の心に刻まれている。ところが、このことは日本ではほとんど知られていない。インドネシア人が知っていて日本人が知らない日本人、小林哲夫について、インドネシア側パートナーの協力を得て、両国に残る断片的な情報を一体化することができた。本文は日本語で書いたが、要約部分はインドネシア語で掲載してある。(2014年4月10日)

「Haji Umar Feisal 小林哲夫のこと」

○ 朝日新聞の「南スラウェシ慰安婦」報道への疑問

「従軍慰安婦」を捏造した朝日新聞が、今度はインドネシアにおける慰安婦問題に火をつけようとしているのでしょうか? 表記記事を公開しました。(2014年3月7日) 詳細

○ 南スラウェシ州マカッサル市を訪問

2014年2月14日から22日(9日間)インドネシア共和国、南スラウェシ州の首都マカッサル市を訪問しました。メンバーは太平洋戦争中、セレベス民生部に勤務したAさん(88歳)、戦前マカッサルに店(トコ・ジャパン)を開いていた方のご家族、戦時中マカッサル病院の院長だった方のご家族、元マカッサル総領事の方など計7名。現地では日本軍政時代の歴史を研究している歴史研究者との交流、情報交換、また太平洋戦争を体験された現地の長老との面会、昨年日本文学全集を寄贈したハサヌディン大学の日本学科への訪問、戦後BC級戦犯として処刑された34名の方々の慰霊碑参拝などを行いました。写真はStella Maris 病院院長との記念写真

○ インドネシア大使館主催クリスマスイベント

2013年12月7日(土)詳細未定 お台場

○ 在日インドネシア大使館訪問

2013年11月6日(水)在日インドネシア大使館教育文化部訪問

○ 北スラウェシ日本人会会長長崎氏が鎌倉へ

2013年10月7日(月)北スラウェシ日本人会会長長崎氏が視察のため来訪。

○ 第45回 東京ラグラグ会

2013年10月5日(土)13:00~ 場所有楽町 (社)日本外国特派員協会ホールにて

○ Festival Indonesia

9月21-22日、六本木においてインドネシア大使館主催で開催予定
関連サイト 2013年度 「インドネシア・フェティバール」 http://kbritokyo.jp/festival-indonesia/?lang=ja

○ インドネシア独立記念式典

8月17日(土)08:00 在京インドネシア共和国大使公邸において国旗掲揚式典

○ インドネシア・フェスティバル

2013年7月13日 代々木公園野外音楽堂にて開催された

○ スラウェシ研究会

 2013年7月3日 目黒のインドネシア・レストラン セデルハナにて、議題は「オバマ大統領が少年時代を送った当時のインドネシアとイスラム理解」 講師 加藤裕氏

○ 日本インドネシア協会主催文化交流会

2013年6月23日 場所 御成門 東京アセアン・センターにて

○ インドネシア研究セミナー

2013年5月18日 慶応大学三田東館8階ホールにて
Seminar for Indonesian Studies
Changing Indonesian Society in the Eyes of the Japanese Researchers