ビトン慰霊碑除幕式における渡邉総領事の式辞

 本日、このビトンのプンチャク・カナーンの地において、ビトン日本人墓地・慰霊碑の除幕式が挙行されるにあたり、当地を管轄する日本国総領事として、ここに謹んでご挨拶と慰霊の言葉を申し上げます。

 本日、ここに、過去2年間にわたる北スラウェシの日本人社会の皆様方の並々ならぬ熱意と物心両面にわたる献身的なご努力がついに実を結び、ビトン日本人墓地完成の運びとなったことに心よりお喜び申し上げます。本官は、この墓地建設の話が出たごく初期の頃の関係者の強い決意と深い思い入れをよく知っております。今日このような立派な清々しい日本人墓地が建立されれたに至ったのを目の前にして、感慨無量の感を深くするとともに関係者のこれなまでの一方ならぬご尽力にあらためて敬意を表したいと思います。
 
 この墓地建設は、北スラウェシ日本人会の関係者の自主的な建設運動の賜であり、海外の日本人社会においても近年まれに見る偉業として長く歴史に残るべきものといっても過言ではありません。また、この地に眠る沖縄の同胞の墓地建設に、沖縄官民が支援したことも銘記されるべきであります。

 そもそも船舶の交通手段しかなかった半世紀前、ミナハサ半島の港は蘭印の東玄関でありました。昭和十一年九月の時点で、邦人数は、三二〇名、そのうちビトンに一四〇名、マナドに七十一名の邦人が在留していたという記録があります。更に明治の昔に遡れば、この地には沖縄等から水産関係者が大勢移り住んでおりました。

 そのような人の中には望郷の念を感じながらも、この地に身を埋める覚悟で働かれ、土地の発展に大きな貢献をされた方々も数多くいました。また、先の大戦の関係でも、心ならずも戦渦に巻き込まれ、この地が非業の最後となった方も少なくありません。
 
 このように過去において、このミナハサ半島とはわが国は、深い関係にあり、特別な親近感を持つ間柄にあるありましたが、それは同時に、このような先人達の尊い努力と犠牲があったことを我々は決して忘れてはなりません。

 顧みれば、建設を巡る諸困難や数々のご苦労を乗り越えて、この日本人墓地を建立しようという強い決意とひたむきな使命感に、日本人会関係者を駆り立てたものは一体何であったのでしょうか。
 
 もとより外部の者にはその心の深いところにある「ひだ」まではのぞき見ることはできませんが、それは、日本人としてのこころの座標軸、真心の拠り所を探し求められたからに他なりません。この地をこころの故郷として亡くなった御霊を偲び、思いをいたすことは、とりもなをさず、今日のこの地で生を頂く日本人の方々自身のアイデンティティーを見つけることに結び付くものと思います。

 本日、この除幕式に地元関係者のご臨席を得て、心を込めた追悼慰霊の式を挙行するに当たり、天で守り、地で眠る御霊達に、この日本人の御霊達を思う真心が通じ、清々しく穏やかにこの地に鎮まられますようお祈り申し上げます。また、願わくば、御霊達がこの地で生きる日本人の行く末をお守り頂き、お導き下さいますように衷心よりお願い申し上げまして、ご挨拶の言葉と致します。

平成十六年六月十九日
 
在マカッサル総領事 渡邉 奉勝