マカッサルの歴史散歩 - マッパンユッキの家

Rumah Andi Mappanyukki di Jongaya, Makassar

Nur Kasim, K.Wakita (脇田清之)

Rumah Andi Mappanyukki, Raja Bone ke-32 di Jln. Kumala No. 160 Makassar adalah rumah tempat tinggal Andi Mappanyukki bersama isteri dan anak-anaknya beserta keluarga lainnya yang dibangun tahun 1931 setelah Andi Mappanyukki menjadi Raja Bone (bukan kantor). Rumah ini dalam bahasa Bugis Bone disebut "Saoraja" atau rumah raja, dalam bahasa Makassar disebut "Ballalompoa Jongaya".

インドネシア国家の英雄 マッパンユッキ (Andi Mappanyukki)(1885 - 1967)がマカッサルで家族と一緒に住んだ家(Jl. Kumala no. 160, Makassar)は彼がボネの王に就任したあとの 1931年に建てられた。これとは別にボネ県の Watampone に宮殿がある。

1905年にオランダが南スラウェシに侵攻して以来、彼の人生はオランダとの闘いに明け暮れた。マッパンユッキは、日本のような、あんな小さな国なのに、大国ロシア、中国との戦争に勝った。だからボネもオランダに打ち勝つことが出来る、と確信していたという。ボネの宮殿には明治天皇の御真影が飾ってあった。

Pada tanggal 15 October 1945, bertempat dirumah Raja Bone diadakan pertemuan antara raja raja di Sulawesi Selatan yang berhasil mengeluarkan deklarasi Jongaya, yaitu mendukung kekuasaan Pemerintah Republik Indonesia di Sulawesi Selatan dengan Gubernurnya Dr.G.G.G.J.Ratulangi, sebagaimana yang pernah di sampaikan kepada Bung Karno sewaktu berada di Makassar pada awal bulan Mei 1945.

このマカッサルの家もインドネシア独立のための闘争の舞台になっている。日本の敗戦後の 1945年月9月22日、オランダ(NICA)は、マカッサルで戦前の統治を復活させた。約1か月後、1945年10月15日、マカッサルのこの家にラトランギ州知事のほか、ルウ王国の Andi Jemma ほか南スラウェシ各地の王族など40名が集まり、この年の5月初め、スカルノがマカッサルに来たとき開催された際話し合われた、インドネシア共和国の「スラウェシ州」としての結束が再確認され、Jongaya 宣言が出されている。

前庭には砲車が飾られている。この砲車の前に立つと、インドネシア独立の苦難の歴史を感じることが出来るかもしれない。

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