木造船のふるさと(1)

 

南スラウェシ州タナベルのピニシ

 


  写真(上)

 長さ24M、幅5.6M、深さ2.7Mの豪華木造のヨット。 スラウェシ島で生産されるTEAK材を使ってチョウナで削りだし、椰子油で磨きだした木甲板や室壁は工業製品にない手造りの味がある。建造期間は約10カ月。  





  写真(中)

  タナベル(Tanaberu)の造船風景。椰子の林のなかに、このような木造船風景が延々と続く。

 南スラウェシ州南端のタナベル(Tanaberu)ほかスラウェシ各地には、今もなお、伝統的な木造船の建造技術が先祖代々引き継がれている。船長30Mを越える大型の木造船”ピニシ(Pinisi, Phinisi, Pinisiq)”はタナベルで建造される代表的な木造船である。このほか、普通の砂浜にも係留することが出来る”ランブ(Lambo, Lambu)”、さらに小型のカヌー型”サンディ(sandeq, Sandi)”などと呼ばれる木造船が現役で活躍している。主に島嶼間の米など貨物の輸送、旅客船、漁船などに使われてる。

 約 300 年前、 マカッサルが香料貿易の中継基地として栄えたころ、マカッサルからマルク諸島へ向かう船の航路に面するタナベル(Tanaberu)は船舶新造・修繕の基地として重要な役割を果たしていた。当時、欧州の船員とマカッサル人との接触の過程で艦載艇”ピンネース”(pinnace)が”ピニシ”に訛ったのではないかと言われている。ピニシはスラウェシの伝統的な木構造の船体に19世紀のヨーロッパのスクーナー(Schooner)の帆の配置を取り込んだいわゆるハイブリッド型の木造船である。100トンから200トンの貨物を積んで、風が吹けばマカッサルからスラバヤまで3日で帆走航海したという。航海術に長けたブギス人はこのピニシを使って、東南アジア全域、オーストラリア北端、遠くはインド洋を越えてマダガスカル島や喜望峰まで進出していたという。

  

サウェリガディン伝説とピニシ建造

 タナベル(Tanaberu)の海岸には椰子の林の中に木造船の工場が延々と続く。木造船の産業はブルクンバ(Bulukumba) 県の ボント・バハリ(Bonto Bahari )郡 タナベル(Tanaberu)、アラ (Ara)、レモレモ (Lemo-lemo)、ビラ (Bira) の4つの地域で盛んで、この地域の人口1万1千人の90%が木造船産業に係わって生活している。
 何故この地方に木造船産業が集中しているのか。この地域はマカッサルからマルク諸島へ向かう船の航路に面していることもあるが、この地域にはサウェリガディン(Sawerigading)伝説が伝えられている。ゴワの王子サウェリガディンは彼の実の妹であるウェ・テンリ( We Tenri )を愛してしまう。当然のことながら結婚は反対され、代わりに顔がウェ・テンリに瓜二つのボネの王の妹ウェ・チュダイ(We Cudai)との結婚することになる。サウェリガディンの祖父ラ・トゲ・ランギ( La Toge Langi )は南スラウェシ西海岸の伝統的なパジャラ型の船を念力で建造し彼に与える。彼はこの船でもう二度とゴワには帰らぬと誓い、ボネに向かい、そしてウェチュダイと結婚した。しかし数年後、郷愁の思いから、その誓いを破り、故郷ゴワへう。ところが途中スラヤー島の近くで船は難破する。この水域は潮の流れが速い。難破した船はボントバハリに打ち上げられた。船体の破片ははアラの海岸に打ち上げられ、アラの村人は必死で復元を試みる。そしてアラの職人に船体建造のノウハウが蓄積されていく。しかし先祖代々の建造技術と言う認識ではなく、むしろ神懸かった魔力として捉え、これをサウェリガディンの秘伝の文化として継承することを責務と考えてきた。現在においても、船の起工から進水までの過程で、様々な神事が行われている。一方、マストや帆はビラの海岸に流れ着いた。ビラの人は帆装の技術や操船の技術が継承されてきた。この地域で一種の完全分業体制が出来上がっている。このような神話的背景の他、このような造船と言う神事は他言してはならず、自分の子孫にのみ独占的に伝承させることに対して地域社会の了解があった。その後、この地域の造船職人はジャワ島、カリマンタン島、その他各地で木造船の建造を行っている。
 木造船の技術は森林に入って木材選びから始まる。真っ直ぐに伸びた木、曲がった木、枝、これらを上手く組み合わせて建造する。適度に曲がった木材を選び出し、これを縦に二つに割って、外板として左右対称に組み立てて行く技は実に見事である。適度に曲がった枝は骨材として使う。造船所の近くに豊富な森林があって成り立つ造船技術である。しかしかって豊富にあったスラウェシ島の木材資源も最近枯渇してきたため現在では木材の大半をカリマンタンから運んでいる。そのため、森林の再生産への取り組みも始まっているようだ。

ピニシの船体構造の特徴

 ピニシの船体構造の特徴はキール構造を中心にして左右対称に切り出した外板を組み立てる。外板構造が出来たあとから木の枝など曲がった木材をフレームとして張り付ける。従って船体の縦強度は骨材ではなく外板で保持されている。ここが欧州の木造船との大きな違いであると言われている。100トンの船なら長さ15M、150トンの船なら17M、200トンの船なら19Mと言ったデータが先祖代々から語り継がれ、図面なしで建造する。しかし、本当に図面なしで安全性が確保出来るのだろうか。ピニシの安全性を確認するために、地元ハサヌディン大学 (UNHAS)、南スラウェシ州政府、地元国営のイキ造船所( PT.Industri Kapal Indoesia 略称 PT.IKI )、インドネシア船級協会( Biro Klasifikasi Indonesia )の4者が協力して調査研究が行われた。また、実証航海として、1986年 ピニシ・ヌサンタラ号(Pinisi Nusantara 全長 37.5m、幅 8.5m、200DWT) が69日間でマカッサルからジャカルタ、ハワイ経由で太平洋を横断しバンクーバーまでの航海に成功、 さらに1991年、アマナ・ガッパ号( Amanna Gappa )はバリ島の Benoa 港からインド洋を横断しマダガスカル島まで航海している。(残念ながらこの船はインド洋横断航海のあと、座礁し、漏水のため沈没してしまった。)こうした実証試験航海を経て、ピニシの船体強度は現在の設計基準で検証しても全く問題ないことが報告されている。現在ではインドネシア船級協会によって木造船の建造基準が整備されている。
 
 1970年代になってから、エンジンを搭載した船形に 変わってきた。重いエンジンを搭載し燃料タンクも必要になることから、船尾形状が肥大化し、かっての優雅な線型を見ることは少なくなった。またエンジンの振動による外板の継ぎ目からの漏水などに問題が出たが、鋼製のボルトや外板の充填材などを使って改良が加えられている。



しかしヨットなど貨物運搬以外の目的での建造需要も少なくない。スラウェシ島で生産されるTEAK材をチョウナで削りだし、椰子油で磨きだした木甲板や室壁はもはや芸術品である。工業製品にない手造りの味がある。ピニシの建造期間は約10カ月程度と言われている。

 木造船の魅力は、鉄木(Ulin材)やチーク(Teak)材など造船に適した堅い木材が豊富な事(特にキール材などに使う曲がった木材の入手が容易)、人件費が安い事、伝統的な木造船の技術が残っていること、政府や大学が技術的なサポートを行っていること、などが上げられます。国営のIKI(PT. Industri Kapal Indonesia)造船所は東部インドネシア最大の国立大学、Hasanudin大学 と連携し、地場産業振興のため、設計、技術面での支援をしている。

 ピニシの建造費は35m x 8m でエンジンなど艤装品含めない船体のみで1億2千500万ルピア(約125万円)から1億5千万ルピア(約150万円)程度である。(2006年2月時点調査)

 

加筆修正:2006-2-15
加筆修正:2006-3- 6