木造船のふるさと(2)

-マンダール地方のサンデック (Sandeq)-

マジェネの海岸にて

 マジェネ( Majene ) はマンダール地方の中心地でマカッサルの北方約300キロ、マカッサル海峡に面した人口15万人の静かな町である。地元の人の話では、17世紀にアラブ人が最初に上陸し、回教を普及させた地点で、町の西側の丘の上には政府が管理するスラウェシ島の各王族の墓もある。その後アラブ人に続いてオランダ人や日本人がやってきたという。マジェネはマカッサル海峡の中、マンダール湾に面しているので昔の航海者にとって適当な上陸地点であったのだろう。現在のマカッサルートラジャ方面の観光ルートから外れていてローカルの小さな宿が1軒とワルンが2軒あるだけである。ここには伝統的な木造船の技術が継承されている。そのひとつがダブル・アウトリガーのサンデ(Sandeq)である。サンデの定義は曖昧であり、帆走レース用に建造された船長10m前後のもののみを指すこともあるが、本稿では便宜的に、小型のもの、漁船用も含め、マンダール地域に独特の丸太材(丸木舟)を船体基部に使った建造法に着目してみた。



 写真1




写真2




 写真3



 写真4

 写真1は比較的小型のサンデでマジェネの海岸に並べられていた。港を見渡したが鋼船や、FRP船は全く見られず、無数の係留船舶は総て木造船である。どれもきれいに塗装してある。この町にカラー・コディネーターが居るのではないかと思うほど、白やパステル調で海の青さとマッチしている。どこかの国で見られる黒い船など1隻もない。木なら一番環境にもやさしいので理想的な漁業にも思えた。

 サンデは長さ数メートルから10メートル程度、船体は1本の丸太材をくりぬいて造る丸木舟である。丸木舟と言うと原始的なイメージがあるが、写真1で見るように、なかなかスマートな舟形で、かなりの高速で走ることが出来る。両舷にアウトリガー、先端の浮材に舟長と同じ程度の長さの竹を使って船の安定性を保っている。走行状態をよく観察してみると柔軟な竹の浮き材は水面を滑走していて抵抗は以外に少ないようだ。多くが帆走であるが船外機をつけたものもある。毎年8月中旬にマジェネ( Majene )などマンダール地方の港を出発し、Polewali, Parepare を経由してマカッサルまでをサンデによる帆走レースが行われる。 インドネシアの独立記念日の8月17日頃にマカッサルに入港して盛大なイベントが行われる。
  岬を廻ってマカッサル海峡に面したところに木造船をつくっている所がある。写真2は丸太の削り出しの作業。材木は地元でとれる Tippulu と言う木を使う。材木の太さは限界があるから大きな丸木船はつくれない。そこで船底部分に丸太のくり貫き材を使って、船側部上部分には別の木材を継ぎ足した形になる。強度を保つために木製のフレームで補強する。写真3で建造中の大型のサンディの内部が見える。一定間隔で船の横方向の骨材が見える。さらに部分的にデッキを配置して左右の外板を固定している。縦の補強材はない。 その他の木造船が長尺の木板によって組み立てられているのに対し、サンデは船底部に丸太材を削り出して使われている。

  船首尾部分の上へ高く跳ね上がった部分は一本の丸太材では出来ないので別の材料を持ってきて継ぎ足す。  (写真4)
 最近この優雅なサンディをアウトリガー部分を分解して、友好親善のために飛行機でフランスへ送ったという。  

北マムジュ県バンバンロカ(Bambangloka)にて

 サンデは一本の丸太材をくりぬいて造る丸木舟である。当然のことであるが、丸太材の長さ以上の舟は造れない。比較的に小型の舟の丸太材はマジェネの近くでも入手可能である。しかし現在船長10mを超える舟の材料は、現在、北方400kmの北マムジュ県のバンバンロカで伐採し、一次加工したのち、マジェネなどのサンデ建造の造船所に運んでくる。一見原始的な舟のようにも思われるが、実際には、沢山の知恵が隠されたハイテク製品であることが分かる。以下はマンダール地方の海洋文化研究家リドワン氏(Muhammad Ridwan Alimuddin)の了解を得て、同氏の調査レポートから要点をご紹介させて頂く。

写真5
木の伐採の前には一連の儀式がある
(c) Muhammad Ridwan Alimuddin, used with permission
写真6
船の幸運と船足の速いことを願い、伐採は満月の日、日が昇り、風が吹いているときに行われる。
(c) Muhammad Ridwan Alimuddin, used with permission

 サンデは一見原始的な舟のようにも思われるが、実際には、一本の丸太から削り出して建造する丸木舟であるがための難しさがある。使われる丸太材の真直度(曲がり具合)、形状、木目など丸太一本毎の特性が直ちに船の性能、安全性に影響する。リドワン(M. Ridwan)氏によると、サンデの建造は大きく分けて二つの工程に分けられるという。第一の工程は森林に入り、建造する船に見合った木材を探し、伐採し、荒仕上げ加工を行って、森林から搬出するまで。第二の工程は海岸の近くの作業場所で船を完成させることである。

 第一の工程を行う理由としては、伐採した木材は重いので、不要な部分を切り落とし、かなり舟に近い形、現地ではバラカン( balakang )と呼ぶ半製品まで仕上げる事により運搬を容易にすることでもある。第一、第二の工程は、それぞれ専門の世襲の職人が担当する。第一の工程を担当するのがプア・リア(Pua' Lia)、第二の工程はパラ・パンリタ・ロピ(para panrita lopi)と呼ばれる船大工である。

 リドワン氏が調査した北マムジュ県のバンバンロカ (Bambanglika)では建造に使われる木は地元では Kanduruang mamea と言い、伐採は満月の日、またはヘジラ歴( kalender Hijriah )で縁起の良い日とされる第15日目に行われるという。満月の日は月の引力が大きく、海面の水位も上昇する。同じように、樹木の中の水分も根元から梢に移動する。それによって木材の乾燥が早く出来ると言う。現地ではこの日をポティカ(potika)という。そして伐採は早朝、日が昇り、風が吹いているときに行われる。建造される船の幸運と舟足の速いことを願ってのことである。伐採の前日、プア・リアは息子を伴って山に入る。伐採する木の近くで加工を行うので、木の周辺の清掃を行う。また伐採を予定している樹木の根元にドリアンのお供え物を置いた。
 伐採の当日は3人のチェンソー職人(tukang senso)とバラカン納入先、即ち第二工程の代表を伴って森に入る。現地に到着すると、プア・リアはこれから切り倒す樹木の前に立つ。前日ドリアンをお供えした場所に鉈と山刀を置く。そして木を南の方向に見て祈りを捧げる。続いて木を抱きしめ、さらに木の上方に視線を移し、手で樹皮を優しく撫でる。次にプア・リアは納入先の代表者と一緒に”今この森からこの一本の樹木を使わせて頂きます”と森の主に許しを請う。こうした一連の儀式のあと、プア・リアは樹の根元に向けて軽く手斧を3回だけ振るう。樹木の表面から欠けた小さな木片を取り、その木片を樹木が切り倒される方向に向かって投げる。こうした伐採前の儀式を終えて、プア・リアはチェンソー職人に伐採の合図をする。チェンソーの轟音とともに木は予想された方向へゆっくりと倒れていく。その間約10分である。このときプア・リアはその木の倒れていく状態をじっと観察する。倒れていく木の跳ね具合で完成後の船の性能が分かると言う。木が倒れた後、プア・リアは切断された木の根元に僅かにとり残された小さな木片で、木の切断面付近から先端まで優しく撫でていく。

写真7
 かっては丸太材の長さを調整し、樹皮をそぎ落とした程度であったが、最近はかなり完成寸法に近い形にまで仕上げている
(c) Muhammad Ridwan Alimuddin, used with permission
写真8
森の中での第一工程が終わり海岸まで運ばれる。
(c) Muhammad Ridwan Alimuddin, used with permission

 加工の工程は最初に切り倒された木材の長さの測定である。丸太材の使い方は、強度が大きい幹の根元の部分がバラカンの船首となるように採寸し、舟の長さを超える頂部は切り落とされる。こうして森の中での一次加工が始まる。道具は斧、鋤、山刀を使い、プア・リアとその息子と二人だけの作業である。作業は約5日で終わる。因みに海岸での二次加工(仕上げ加工)では鉋、鋸、ドリルなど多種の工具を駆使しての作業となる。写真8を見るとかなり船の形に仕上がってきているが、図面は一切無いという。プア・リアはかって船乗りであり、どのような船が速く走り、安定性が高いかを理解している。その技術はそのまま子孫に受け継がれるという。過去に経験した成功・失敗のデータが彼の頭の中にインプットされているのであろう。丸木舟でありながら10ノット以上のスピードが出せる。
 
 バラカンが完成すると森との別れの儀式の後、村人の応援を得て、プア・リアとその息子はバラカンを森から引き出し、一旦自宅の前に置き、乾燥させ、そのあと船で曳航して気象海象状況を見ながら何日も掛けてマジェネ方面へ運搬する。曳航の際はプア・リアの息子がバラカンに乗って、転覆しないよう細心の注意を払う。波が荒くなれば近くの海岸に避難し、天候の回復を待つ。プア・リアの息子はどのような状態で船が転覆するか、体を張って船を理解し、将来、親の後を次いで船大工に育って行くと言う。因みに、バラカンの値段は400−500万ルピア、サンデとして完成させると25−30百万ルピア程度であるという。(2007年1月時点)

参考資料

  • Perahu Sandeq Dibuat dari Kayu yang Dibelai  ( Muhammad Ridwan Alimuddin) Panyingku, Rabu, 24-01-2007
  • THE PRAHU Traditional Sailing Boat of Indonesia, Adrian Horridge, Oxford University Press, Oxford New York, 1985
  • Orang Mandar Orang Laut ( Muhammad Ridwan Alimuddin) Kepustakaan Populer Gramedia, 2005

追記・再編集:2008-12-14