マカッサルへようこそ

 2004年9月23日追記

 マカッサル(ウジュン・パンダン)はインドネシア共和国のほぼ中央のスラウェシ(Sulawesi) 島の南端に位置し、東部インドネシア諸島の拠点になってる。またタナ・トラジャをはじめとする観光資源の豊富な南スラウェシ州の州都であり観光拠点でもある。

 マカッサル (ウジュン・パンダン) 市の人口は126万人、南スラウェシ州で770万人(1996年時点)、古くから香料の集積港として栄え、その後オランダの植民地となり、オランダ植民地時代から日本軍政時代を通じてマカッサルと呼ばれていた。1971年スハルトの政権下、ウジュン・パンダンと改称されたが、1999年10月13日付けのハビビ大統領の決定にもとづいて、マカッサルの名称に戻された。
  マカッサルはオランダ人がマングローブの沼地を干拓して建設した街だけあって市内の住宅地は道幅も広く、大きな街路樹が茂りオランダの街並みの雰囲気によく似ている。(写真右)

 マカッサル(ウジュン・パンダン)市の北方にある、ハサヌディン空港は首都ジャカルタの他、シンガポール、クアラルンプールからも便が乗り入れている国際空港である。「ハサヌディン」は、かってのマカッサル(ゴア王国)の第16代の王様の名前である。ジャカルタから飛行機で約2時間、マカッサル(ウジュン・パンダン)郊外を空から眺めると、一見、大洪水のあとのような光景に出くわすが、ここは海老の一大養殖地である。かってのマングローブ林、サゴヤシ林はインドネシア有数の海老の養殖地に変わって、ここから日本へも出荷されている。空港から市内までは田舎道を車で約30分。

 空の玄関、ハサヌディン空港の他に、海の玄関、マカッサル港には数多くの客船が入って来ます。客船の場合、ジャカルタまで丸2日の航海です。

 日本との関連では、日本国総領事館のほか、国際協力事業団の青年海外協力隊の事務所、日系合弁企業が多数ある。南スラウェシ州内在留邦人数は約140名で日本人会も様々の活動をしています。

追記 (2003年10月)
 2003年9月20日現在の南スラウェシ日本人会の会員名簿によると会員数は総計93名。

追記 (2004年9月23日) マカッサル市章のこと

マカッサルの市章は白地の盾の中に5枚の帆を張った舟を中心に稲穂と椰子の葉が配置されている。白地は神聖を意味する。舟はマカッサルが古くから海洋貿易の中心であったことを象徴している。稲穂と椰子の葉は繁栄のシンボル。盾の後はマカッサルの城砦(Rotterdam Fort)。盾の周囲を赤、白、茜色の線で縁取っている。これはインドネシア民族の統一を意味する。盾の下に下記の文字が見える。

Sekali Layar Terkembang
Pantang Biduk Surut Ke Pantai
(ひとたび出航を決断したら前進あるのみ)


 

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