ニュー将軍物語

Personality Story of the New SHOGUN

 
 

 マカッサル(ウジュンパンダン)には唯一の日本料理の店「ニュー将軍」がある。マカッサルの中心に位置し、美しい海岸通り、Penghibur通りに面している。1階は日本食品店、2階がレストラン、3階には日本座敷が並んでいる。さらに4階には事務所になっている。2階のレストランには日本人やアメリカ人その他各国の客が健康食として脚光を浴びている日本料理を求めてやってくる。値段もジャカルタや他の観光地の日本レストランと較べたら非常に良心的な値段がついていて、これなら現地の人でも利用できそうだ。レストランのほかに食材店(Aska)、旅行代理店(PT.Cathay EXpress)、ダイビング・センターも経営している。一体どんな経営者なのか興味が湧く。

 一見ただのレストランに見えるが日本語や英語の新聞、週刊誌が並んでいる。インドネシア語に不慣れのままジャカルタから1500キロ離れ、東部インドネシアの開発拠点であるマカッサルにやってきたビジネスマンは皆この店の世話になっている。ホテルの斡旋から家探し、女中さんや運転手を探して貰ったり、皆助けられている。

 このマカッサルの情報交流の拠点「ニュー将軍」は西川清澄氏と美しい奥さんであるジュリアさん(Ny Julia Pupella)が経営されている。ジュリアさんは訪れてくる人達に気さくに面倒をみる。彼女はマカッサルの新聞でもしばしば取り上げられるハードワーカーで知られる才女である。彼女は流暢にインドネシア語、英語、日本語の3カ国語をこなす。父上(故人)のTheo Pupella さんは中国系、母上 Mansye さんはマナドの出身とのこと。

 彼女は6歳で小学校入学、その後中学校、カトリック系の高校へ進学、Hasanuddin 大学の経済学部へ進学。幼い頃からビジネスに関心があったと言う。Hasanuddin 大学はこの東部インドネシア地域では最大の大学である。大学のオリエンテーションでは上級生から手荒い扱いを受けたことも覚えている。当時は上級生は絶対的であった。大学時代には多くの友人をつくることができた。同級生、上級生とも、また他の民族系の人たちとも仲間の輪が広がった。

 書物にしがみつくのではなく、様々な問題についてのディスカッションも積極的に参加した。決められた期間内に卒業するよう両親から言われていた。だから彼女は非常に忙しい大学生活を送った。休暇を利用して香港へも旅行している。今もスケジュールの遵守が彼女の一番大事なプライオリティになっている。1984年に同級生とともに大学を卒業した。

 清澄氏と知り合ったたのは大学を出て間もなくのことである。西川氏はPinrangのBAKARU水力発電のプロジェクトで来ていた。彼は日本人で地元の情報を欲しがっていた。何事にも積極的な彼女は友人として前向きに対応した。国際結婚について彼女の両親は両親は決して自分の意見の押しつけはせず、彼女の意志を尊重した。彼女は結婚前に一つの条件をつけた。インドネシアに住むこと。マカッサルに住むこと。彼女は自分の国でそして自分の両親のいるある愛するインドネシアを捨てることは出来なかった。西川氏はその条件を理解した。

 1985年3月31日、二人はDaeng市で式を挙げた。日本からは西川氏の家族も駆けつけた。彼女は日本料理店「将軍」を兄から買い取った。西川氏と経営を始めた。初めのうちは彼女美容院も経営していたので、日本料理店の経営に戸惑いを感じていた。両方の経営をこなすのは困難であり、美容院は手放した。その後、日本食材の店、旅行代理店のビジネスにも乗り出した。日本食については地元インドネシア人、また日本人などの旅行者の双方から受け入れられた。日本食は健康に良くマカッサルの地元からも受け入れられている。

 彼女の経営方針は店は単なる食事の場所ではなく、多くの人が集まる情報交換の場としていることである。旅行者もいろいろの地元の情報を求めて将軍にやってくる。アメリカ人など西欧人も数多くやってくる。そうした世界の人との交流は彼女自身にも刺激となる。日本からの旅行者が南スラベシの情報を求めてやってくる。彼女は親切に島の観光情報や安全情報を提供する。このところのインドネシアの社会不安により日本人客が急激に減少しているが、彼女はへこたれない。将来的な視点で楽観的な展望を持っている。なぜならこの店はマカッサルの市民のためにも開かれているから。社会の要望に見合うサービス、よそのレストランが出来ないサービスが出来れば必ず展望が開けると考えている。

 西川氏と結婚してからしばしば日本を訪れている。そしていろいろな観光スポットも訪れる。東京、大阪、名古屋、京都、奈良など。観光地がよく整備されている事に驚く。例えば京都ではお寺が観光客に楽しんでもらうよう運営されている。インドネシアの観光地でも同じようなマネージメントが出来るのではないかと彼女は考える。これはビジネスマインドの有無の問題ではないかとも考える。インドネシアの観光地ももっと観光客に楽しんでもらうことが出来るはずだと言う。

 「ニュー将軍」はインドネシアの経済混乱で当分厳しい経営を強いられることになるが、風光明媚なスラウェシ島をはじめとする東部インドネシアの観光の拠点として一層の発展を期待したい。マカッサルを訪れるときには是非立ち寄ってほしい。

  (本文はマカッサルの現地新聞 Pedoman Rakyat の特集記事をもとに編集したものです)

追記

 2001年6月25日付けの地元新聞 Fajar によると、西川ご夫妻は結婚後15年を経過、ビジネスも順調、また一人っ子で長女の Yumi さんは芳紀まさに16 才、12 才のときにSingapore に渡り、ただ今留学中。

 

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