大正時代の名古屋のマンドリン界並びに
ラッファエーレ カラーチェの名古屋リサイタル

南谷 博一


 慶応義塾大学マンドリンクラブOBの林(おそらく大正5年〈1916年〉卒業の林広純と思われる)によって作られた名古屋マンドリンクラブが第一回の演奏会を開いたのが大正8年(1919年)10月30日と記録にあるところからみれば、クラブが組織されたのはもう少し前の事と思われる。恐らくこれが名古屋に於ける最初のマンドリンクラブであり、演奏会であろう。

 当時愛知県立工業学校には機械、紡織、色染、図案の4科があり、計60名の生徒が各々に専門教育を受けたが、中野二郎は図案科に籍を置き、5年の課程を終了、同校を卒業した。時は大正9年(1920年)の事である。図案科の科長であった小室先生(中野の父の蔵前工業時代の同窓)は高等工業学校建築科の講師も兼ねていたので、中野はこの先生の計らいで建築科の助手に入れてもらった。4月15日付で辞令を受く。月末のこの月の半月分の給料20円を貰ったが、中野はこれでかねてより欲しいと思っていた鈴木製のマンドリンを19円で買って了った。これより中野二郎のマンドリン人生が始まる。大正10年(1921年)11月17日建築科の学生の田中八郎、画が上手であった楢原、そして中野の3人が中心となり、計8人による演奏会が愛知県商品陳列館講堂(鈴木禎二教授の設計による)に於いて開かれた。このクラブの名は楢原によって「マンドリンを愛する」意味で「高工フィロドリンクラブ」と命名された。勿論初舞台である。そして大正11年(1922年)5月、開校記念祭が開かれ、フィロドリンクラブも音楽会に出演したが、この時助手であった中野は仕事よりもクラブの方の調絃や、譜面台を整えたりしていたので、建築科の科長にお叱りを受けた。中野の音楽への道はこの時決まったと云ってよい。かくして中野は一年半で同校を退職、以後独学でマンドリン、ギターを修得する。関東大震災のあった大正12年(1923年)11月29日、中野は伊藤健(たけし)弁護士夫妻(慶応OBの林から夫妻共々指導を受け名古屋マンドリンクラブのメンバーであった。)や高工フィロドリンクラブの骨折りで名古屋で最初のマンドリンリサイタル(独奏会)を名古屋商業会議所にて開催した。名古屋に於ける最初のマンドリンリサイタルである。ピアノの伴奏は当時高等商業学校の先生をしていたA. P. Mckenzie(マッケンジー)。
記念すべきリサイタルのプログラムは、

第一前奏曲    R. カラーチェ
第一コンチェルト G. ペッティネ
ジプシー綺想曲  E. マルチェルリ
ワルソーの想い出 S. ラニエーリ
矮人の踊     R. カラーチェ
ナポリ狂詩曲   R. カラーチェ
であった。その頃名古屋には専門学校の高工、高商、医大、八高にマンドリンのクラブがあり、熱心な者を中心にお互いに技を競っていた。中野は大正11年(1922年)以来、名古屋マンドリンクラブ(主宰伊藤健弁護士)にも所属していたので丁度この年大正11年(1922年)4月8日に開かれた第5回演奏会から数回出演したが、中野はマンドリンをはじめた1年程後よりギターも独習で修得していたので、その時のメンバーの都合によりマンドリンを弾いたり、ギターを弾いたりした。

R. カラーチェ
R. カラーチェ
 大正14年(1925年)から名古屋では毎年恒例の様にYMCA主催の内外人音楽大演奏会が、瓦町基督教青年会館で開かれ、中野はレギュラーメンバーとして毎回マンドリンかギター独奏を受持った。ピアニストのマッケンジー、テナー歌手のP. W. Buchanan(ブカナン)等とも知り合い、ブカナンは後に中野の作曲した歌曲をマンドリン五重奏の伴奏で歌ったり、アメリカに帰ってからもあちこちで大いに歌ってくれたらしい。

 大正14年(1925年)1月18日、R. カラーチェの演奏会が名古屋絃楽会主催・新愛知新聞社後援によって末広座に於て、午後5時半より催された。ピアノ伴奏は近藤柏次郎(後に自殺して了った。)、その時の譜めくりを中野が行った。中野は「各地の公演続きでカラーチェの指先は無惨にもひび割れていて、血が滲み出ていた。リュートでひどく指が荒れるのであろう。……」と当時の事を述べている。
プログラムは、

〔1〕マンドリンとピアノ
    アダジオ        R. カラーチェ OP.51
    矮人の踊        R. カラーチェ OP.44
〔2〕マンドリンとピアノ
    第一司伴楽       R. カラーチェ
〔3〕マンドリン独奏
    第十前奏曲       R. カラーチェ OP.112
    コーラル        R. カラーチェ OP.125
    ガヴォッタカリヨン   R. カラーチェ
〔4〕リウートとピアノ
    ニーナの死       ペルゴレージ作
    ダンツァとカンタービレ R. カラーチェ OP.30
〔5〕リウート独奏
    マリア         R. カラーチェ OP.118
    ガヴォッタジョセフィン R. カラーチェ OP.121
    ミヌエット       R. カラーチェ OP.103
    第九前奏曲       R. カラーチェ OP.110

(文中敬称略)


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