永遠の中に閉じ込められた想像の空間

大塩英生・大塩桃丘
彫刻と日本画の二人展 (延長)
03年26(土)22(日)
[月・火・水曜 休廊] 11:00〜17:00

大人 300円  高大生・小中生 100円

大塩桃丘 Oshio Tokyu
■人は抽象化し暗示するものを楽しむ。■透明な気持ちで、私の根から出るものを探りたい。■深い呼吸をしながら、何か厳粛なものに打たれるような世界に触れたい。
大塩英生 Oshio Hideo
■形が無意識の中で生まれ、育ち、意識の世界へあらわれた時、人の心のかけがえのない支えとなる。■“よりそう”は“共生”程意識的ではない結びつき。やわらかな結びつきは本能的な真の強い結びつきを生む。■本能的で原初的な関係を探る時、美しい形や関係が見え始めるのではないか。
 概要
 何かを見て描くということと、自分の言葉で色彩や形態を発する、というのは、同じ“絵を描く”といわれているけれども、違う仕事のように思われる。何か自然そのものを見て描くことにも、ほっとする救いがあり、一方自分の内から、描かずにはいられない何か、このような形態、運動、呼吸、色彩がうまれるというようなものにも、より深い救いがある。見えるものだけでなく、その奥にある時間や生命を感じ取る。
 感じ取られたものがことばとして何かを語る。
 ぼけた線、明確な線、強いとか弱いとか、書とは異なる線、しかし葉や茎とも違う意志の線。
 抽象化はいろいろなものを捨てるためでもある。自分を一度捨てて、(簡単なことではないが、ひたすら集中し、耳を傾けることによって...)そのことによって浮上するものがある。
 自分の余分を捨ててなお、自分の中を通って表現されてきたものが“本当のもの”であればと只それを願うのだ。線、円、あらゆる色彩、自然の中のあらゆる姿...
どんな対象であれ、それは誰のものでもなく誰にも属さないが、一人の人間の意識が、それらにうつるのだ。意識がそれを映し出すのだ。
 眼―心の鏡―意識―自覚 という過程で、一瞬に。
■JOINT LIVE
/(FRI.)「色と形と音の饗鳴」
― 存在の祝福 無伴奏チェロ組曲 ―
■田中友子によるチェロの独奏会。展覧会とのコラボレーションライブ。
会場:SAKURA FACTORY
JR青梅駅または東青梅駅下車徒歩8分
問合せ:
〒198-0044東京都青梅市西分3-127繭蔵内
water-path編集室 TEL 0428-20-4555

<< MAYU-GURA CONTENTS   << SAKURA FACTORY   << GALLERY MAYU-GURA