養沢川は奥多摩の自然の恵みによって
もたらされた<アメリカ>のような川である。

 秋川にそそぐ静かで清らかな流れ養沢川。ここは、東京はもちろんのこと、関東一帯の毛ばり釣り愛好家にとって〈聖地〉とも言える渓流である。「養沢毛ばり専用釣場」。おそらく日本で初めてであっただろうフライフィッシングの専用エリアがこの養沢川に設けられたのは1955年のこと。いまから42年も前である。
 岩魚、山女魚の日本の代表的トラウト(鱒)に混じってレインボー、ブラウン、ブルックなど外国産のトラウトが生息している。自然のままの河川が生かされ、数多くのトラウトたちが水の恵みによって発生する多数の水生昆虫を捕食する。その光景はあたかも海外の清流(スプリングクリーク)を思わせる。実際、養沢川は奥多摩の大自然の恵みによってもたらされた〈アメリカのような〉川である。

 養沢毛ばり専用区開設に尽力したのは、アメリカ人法律家でGHQ(連合国軍総指令部)のリーガル・セクション(法務部)に所属していたトーマス・レスター・ブレークモア(1915〜1994)。私財を投じて毛ばり専用釣場開設に懸命になった。現在、養沢毛ばり専用釣場は彼の功績を賛え、「トーマス・ブレークモア記念社団」が管理運営を行っている。 養沢毛ばり専用釣場のオープン、解禁日は1955年6月1日のことだった。
 当時の日本は、4年前の51年にサンフランシスコ講和条約締結によって連合国軍の占領から解かれ独立を回復したとはいえ、まだ多くの問題と混乱を抱えていた。なにより太平洋戦争の敗戦からまだ〈たったの十年目〉だった。日本国民の誰もがついこの間の戦争の痛手から完全に立ち直ってはいなかった。
 マッカーサーによってもたらされた〈民主主義〉をなんとなく模索し始め、戦争によって崩壊した国情を回復させようとようやく真剣に取り組み出した時代だったと思う。
A LIFE WAY OF TOMAS L . BLAKEMORE Series 1
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