モンゴル旅行記

2004.6.19 〜 27



1日目 6月19日(土)
ソウル経由でウランバートルへ
  
 
 
午前11時過ぎ、成田空港第1ターミナル到着。ウランバートルまでモンゴル航空の直行便もあるが、今回は14:20発コリアン・エアで先ずはソウルを目指す。メンバーは同窓生9名。16:20、インチョン空港到着。新しくて立派な空港。


3時間半の時間つぶしの後、19:30、再び搭乗。今度は少し小型の飛行機。23時、いよいよモンゴルの首都ウランバートル着。荷物がなかなか出てこず、やっとマイクロバスに乗ったのが24時半。旅行会社(ジュルチン社)の女性の説明を聞くうちにウランバートルホテル着、午前1時。部屋は思いのほか立派でスウィートのような応接間付きの部屋。入浴後、午前2時半やっと就寝。


2日目 6月20日(日)
テレルジ国立公園へ
 
 
 

7:30起床。
朝食の後、ホテルの目の前の公園に立っているレーニン像を見に行く。
市場経済に移行してからしばらく経つというのにまだこんなものが残っているとは・・・。
徴兵制度があるそうで兵隊さんの姿も見える。











マイクロバスでテレルジ国立公園ヘ向けて出発。まずは両替屋で5000円を48500トゥグルグに替える。すごくお金持ちになった気分。次にザッハーなるスーパーマーケットで水を入手。生鮮食品の量が少ない。街は東欧の街のように四角い大きな建物がドンと建ち、殺風景な印象。




街路樹のマロニエの綿毛が桜吹雪のように舞っている。道路にはボロ車が走り、舗装してあっても穴だらけ。マイクロバスの揺れること!テレルジに近づくにつれ、おしりが10センチぐらい飛び上がる悪路。







 
昨年から土地の私有も認められたそうだが、遊牧民は土地ではなく草の税金を納めるそうだ。
雨が降ると草が生えるので雨は喜ばれるとのこと。


ところどころに石を積んだ上に青い布を巻きつけた杭が立っている。オボーというもので、石を持ってその周りを3回まわってからその山に石を投げて祈ると願いがかなうという。広大な草原の中で道標にもなっているらしい。








やがて亀石に到着。これまでにもラクダに見える石などあったが、これはひときわ大きい。モンゴル人は亀を尊重しているとのこと。



昼食は、ヒロタ ツーリストキャンプという日本人経営の観光ゲルで。メニューはポテトサラダ、魚のスープ、牛肉とピーマンの料理、パン、デザートで、少し薄味だったが違和感のない味だった。続いてゲルに招待され、ヨーグルトや揚げ菓子、バターなどをご馳走になった。ゲルの中は家畜のようなにおいがした。家具が少ないという印象。






 夕食はロシア料理の店へ。なかなかかわいい雰囲気のお店で、メニューは、紫キャベツのサラダ、鶏肉のソテーに温野菜、アイスクリーム、紅茶。全部は食べ切れなくて、お腹いっぱい。



レストランを出たのが20時半。22時になっても、やっと薄暗くなってきたかなというくらいまだ明るい。ナイトスポットはこれから賑やかになるそうだ。



3日目 6月21日(月)
フブスグル湖へ
 
 
 
午前2時、雷鳴で目が覚める。窓の外を覗くと男の人たちが急ぎ足で帰宅している。6時起床。朝食後7時半出発で雨が降りしきる中を空港へ。私たちが来てから何度雨が降ったことだろう。しかも行程に支障はない。草も生き生きしている。

 8時空港着。雨でしばらく待たされ心配したが、50人乗りのプロペラ機にロシア人男性のグループと共に搭乗。満席だという理由で、荷物をひどく制限される。
9時離陸。きれいに区分けされたウランバートル市の上空からの眺め、そして、川の蛇行する草原の上へ、と思ったらあっという間に雲の上へ。時折上下に揺れる。やがて雲が切れると景色は以前に見たシベリアの眺めのよう。




途中、10:40にムルンに着陸して給油。外に出てみると、空は真っ青で良いお天気。少し風が寒いが空気はさわやか。




11:15、再び離陸。木々の多い山を過ぎると川が見える。そしてブルーの美しい湖! 11:40、草原のままの飛行場に着陸。ハトガルだ! はるか周囲が山で囲まれている。山の色は緑でもいろいろな色。


 汚い汚いマイクロバスとジープに分乗。車の前でハンドルを回してエンジンをかけている! 想像をはるか上回る悪路に、右手は座席の前のビニール紐を、左手は車の天井に突っ張ってどうにか身体を支える。


フブスグル湖畔まで来ると小雨が降ってきて慌ててヤッケを取り出して着る。小型の船に乗る。絵のような風景。寒いが船室に入ると、窓が小さくてせっかくの景色が見えない。




やがて対岸のモンゴル・ダライというキャンプ地に到着。船着場の水は澄んでいて底の石がきれいに見える。出航した所の水底の石は丸かったが、着いた所の石は角ばっている。この水底の石が美しく写っている写真を見て、フブスグル湖に行ってみたいと思ったのだった・・・。




岸に上がって湖を見ると、どこを見ても絵のような風景。湖の碧さは忘れられない色。小高い山の上なので反対側の湖の景色もすばらしい。ツーリストゲルに3名ずつ分かれて荷物をおろす。



 2時から別棟のログハウスのようなレストランで昼食。メニューは、サラダ、たまねぎのスープ、牛肉のソテー、コロッケ。薄味でおいしかった。

ひどい悪路をマイクロバスでポリゴンを見に行く。永久凍土に霜柱ができたり解けたりを繰り返しているうちに石がだんだん地表に押し出されたものとのこと。小さいお花がたくさん咲いている草原に大小の角ばった石がごろごろしていた。



 6時半ごろゲルに戻り、7時から夕食。メニューはポテトサラダ、焼きうどん、ヨーグルト。焼きうどんはさすがに味が薄くて、メンバー持参のお醤油が人気だった。

 ゲルで休んでいると、馬の準備ができたと通訳さんが呼びに来た。外は20時半過ぎ、でも昼間のように明るい。乗り方、服装、馬の扱い方などの注意を受け、キャンプの中でぐるぐる回って練習してから外へ出て湖畔を歩く。お父さん、お母さんと子供たちがついてきて、一人ずつ手綱を引いてくれるとは言え、最初は不安定で必死に鞍につかまっていた。だんだんあぶみを踏ん張る要領がわかって落ち着いてくると、周りを見回す余裕もできて楽しくなった。湖畔はかなりデコボコしていたし、ぬかるんでいるところもあって、馬が滑らないかと心配。でも、かなり遠くまで行き、Uターンして、帰りは思いつく歌を次々と大きな声で歌いながらキャンプに戻った。鉄道唱歌がモンゴルでは女性解放の歌だとか。エーデルワイスの歌やジングルベルはモンゴルの人たちと歌詞は違っても一緒に歌うことができ、小一時間の乗馬だったが、とても楽しかった。




 ゲルに用意してあったバスタオルを持ってシャワーを浴びに行ったが、お湯の出が悪く、時々水になったりして困った。夜中に満天の星を見るのを楽しみに23時ごろ就寝。ゲルのベッドは清潔なシーツとカバーが掛けてあって、思いのほか快適。






4日目 6月22日(火)
フブスグル湖とツァ―タン族のキャンプ
 
 
 夜中に目が覚めて「星は?」と聞くと、もう外で見ている人がいるというので、ジャンパーの下にセーターを着込んでマフラーをし、手袋と厚い靴下といういでたちでゲルの外へ出た。そのとたん、そこはまるでプラネタリウム! 北斗七星やカシオペアのWが見えて感激! 星って本当はこんなにたくさん見えるのね・・・。
風は無かったが気温の低さに耐えられず、すぐにゲルの中へ。後で聞くと、その時間だけ雲がなくきれいに見えたとのこと。
 その後、薪ストーブの火が消えてしまって寒い・・・。キャンプの人が3時間ごとに薪をくべに来てくれるが、結局火がつかない。薪ストーブを恨めしく見ながら寒い朝を迎えた。

 8時朝食、10時集合で乗船。フブスグル湖の北端にあるツァータン族のキャンプへ。船の後尾にいて美しい景色とグリーンブルーの水面を見ながら歌を歌いつつ・・・。



 12時前に上陸。右側に湖を見ながら、落葉松林の中の道を行く。左右は高原植物の黄色や青や紫の小花の咲き乱れる草原。道の方向が変わると、目の前にまた別のすばらしい風景が広がる。




やがてツァータン族のキャンプに到着。トナカイをたくさん飼っている。実際の居住地はもっと奥だそうだが、ゲルの元祖という三角錐のテントが二つ。中は先日のゲルよりも質素。地面の上に直接敷いた敷物の上に座るようにすすめられ、パンとミルクティーをふるまわれる。ミルクティーは、ゲルの裾の方から出してきた食器も、それを拭いた布も心配・・・と思っている中、各自の器にたっぷり注いで下さろうとするので、先輩の「日本の茶道では回し飲みをするので」という一言で、ほんの一口ずつ頂くことに。薄い塩味だった。思い切って食べてみた焼きたてのパンはおいしかった。家族は夫婦と男の子と女の子とおばあちゃん。27歳という奥さんはかわいかった。写真は3ドル払った人のみ許可され、おばあちゃんの監視付き。





 もと来た道を戻り、13時半ごろに落葉松林の下でお弁当。キャンプのレストランで作ったチーズバーガーとおにぎりと巻き寿司とミートボールのお弁当を運んでくれていた。涼しい風の下でひと休みして15時にまた乗船。17時にキャンプ帰着。



 夕食の
メニューはビーフンのサラダ、うどん入りスープ、フブスグル湖の魚のフライ、デザート。今日も乗馬ができるとのこと。21時から遠乗りに。今日のコースは湖畔ではなくて、草原の真ん中へ。昨日と違って最初のビクビクが無く、余裕を持って楽しめた。22時過ぎに、沈む夕日を真正面に見ながら帰ってきた。すばらしい風景だったが、手綱から手を離せないので写真を撮れなかったのが残念。エーデルワイスが見られた。




シャワーを浴びて今日はシャンプーもしたが、湖から汲み上げたお水をボイラーで沸かしたてだったのでお湯の出もよく、気持ちがよかった。今日は夏至。23時半になり外は暗くなってきても、まだ景色は見える。三日月と一番星が出ている。これが白夜というものか。今日はやっと「ありがとう」のモンゴル語「バヤルラー」を覚えた。“ル”の巻き舌が上手にできないが・・・。



5日目 6月23日(水)
ウランバートル経由でカラコルムへ向かう
 
 
 午前2時、星が昨日と同じぐらいきれいに見えるというので温かくして外に出る。昨晩は凍えるように寒かったが、今晩は寒さを感じずゆっくり見られた。光が邪魔になるかと思われた三日月も見えない。昨晩寒かったと言っておいたので、今晩は夜中もよく薪をくべに来てくれたが、度が過ぎて暑すぎる。

6時過ぎ、朝焼けがきれいですよと声がかかり、カメラを持って飛び出す。湖の向こうの山の上がオレンジ色になっている。金色の大きな光がだんだん上ってきて、真ん丸くなった。赤い光を全身に浴びて感激!



 8時、朝食のあとすぐ船へ。ハトガルに着くと、例のマイクロバスとジープで村役場へ、村長さんを表敬訪問。日本の草の根支援により建て替え予定の学校の寮を見せていただく。今は3ヶ月の夏休み中だが、普段はツァータン族など遊牧民の子供60〜70人が生活しているとのこと。識字率は高いそうだ。

10時、草原の飛行場に到着。今度は機内はガラガラなので自由席。やはり途中でムルンにて給油。




12時半ウランバートル着。「お客様」という意味だというジュルチン社の白いマイクロバスに私たちのスーツケースを積んで、運転手さんが迎えに来てくれていた。彼の顔を見ると、もう懐かしいような気がするから不思議。ウランバートルの街は日曜日だった三日前とは違って平日で賑やか。車は渋滞。まだマロニエの綿毛が舞っている 昼食はギリシャ料理。なかなかすてきなお店。メニューはサラダ、お肉の串焼き、温野菜。ここのご飯はおいしかった。




これからカラコルムへ向け出発。行程が長くなるからと、16時頃スーパーでお菓子などを買い込む。一袋、500トゥグルグ程度かと準備していたら、1500と言われてビックリ! でも考えてみればたったの150円。

遠くに山の連なりの見える広い広い草原の真ん中の道を行く。一応舗装はしてある。しばらく走ると草原とは言え緑が減り、砂漠に近いところに生える枯れ草のようなものが多くなる。5時間走って21時。まだ日差しがきついので草原の中に車を止めて陰を作り、スーパーで買ってきたスイカやお菓子を分け合って食べる。ハーブの香りがあたり一面に香り、小さな虫がたくさん飛んでいる。

 22時、夕焼けに山々が映える。20kmほど工事中のガタガタ道を行き、また新しい舗装道路に戻る。次々と歌を歌いながら来たが、カラコルムまであと2時間とのこと。小さな町を通過する。時折、大きな荷物を積んだトラックと行き違う。ナーダム(お祭り)に向かう車か?22時半、日没と共に薄暗くなってくる。新しい舗装道路が終り、古い舗装に。

 23時、カラコルムまであとまだ100kmあるとのことで相談の末、明日泊まる予定だったホヨロザクのゲルキャンプに行くことにする。舗装道路をはずれて真っ暗な草原の中を遠くに見える明かりに向かう。何とも心細い・・・。
着いてみると煌々と明かりをつけ、大きくて立派なキャンプ。予約も無いのに宿泊をOKしてくれて、すぐに遅い夕食。キューリとトマトのサラダがおいしかった。それに、ひき肉のオムレツ。ゲルの中もきれい。午前1時就寝。




6日目 6月24日(木)
カラコルムへ
 

 8時朝食。卵料理など、どんどん出てきて食べられないほど。ウランバートルホテルの朝食よりも豪華な朝食だった。キャンプの中のショップでお土産にモンゴルの帽子を8ドルで買う。


歩いて5分のところにある遊牧民のゲル訪問。老夫婦のゲルに若い男性が子供を連れて来ていた。乾燥チーズとミルクティーなどをご馳走になる。ヨーグルトがおいしかった。立派な家具があり、今まで訪れたゲルの中では一番お金持ちそう。外に出るとカシミア山羊の子供をたくさん飼って生計を立てていることがわかり、納得。



キャンプに戻ってから、モンゴル音楽のCDを2枚買った。1枚22ドル(25,500トゥグルグ)。11時、お湯が出ないので冷たいシャワーを浴びてさっぱりし、12時に昼食。

13:15,カラコルムに向けて出発。空は青く、乾燥した暑さ。マイクロバスの窓にカーテンが無いので、陽ざしがつらく、バスタオルなどを安全ピンでカーテンレールに取り付けて何とかしのぐ。1時間ほど走ったところでラクダの群れを見つけて休憩。



100kmの距離を2時間以上かかってカラコルムに到着。モンゴルで一番初めのお寺というエルデニ・ゾー寺院へ。敷地内のお堂の仏像や曼荼羅を次々と説明を受けながら見てまわる。曼荼羅に描かれている絵はカラフルで、中にはずいぶん奇妙なものもある。
敷地の外に出て石の彫刻の亀石や、遺跡の発掘跡の説明を聞く。陽ざしがきつく、暑くて喉が渇く。5時に出発。





17時半にカラコルムのゲルキャンプに到着。大きいけれども殺風景な感じのするキャンプ。トイレやシャワーの棟への移動に時間がかかり、ゲルの見分けもつきにくくて迷って
しまう。でも、ゲルの中は広くてきれい。三面鏡もついている。18時、シャワー。お湯がよく出るので、シャンプーもしてさっぱり。19時、夕食。メニューはサラダ、魚のピカタ、クッキー、コーヒー。




21時半からひとつのゲルに集まって皆でおしゃべり。日中はあんなに暑いのに、もう気温が下がり、ストーブに火を入れに来てくれる。夕焼けの色が薄くなっている。月は三日月より膨らんだが、まだ半月ではない。



7日目 6月25日(金)
一路ウランバートルへ
 
 
 今日はできるだけ涼しいうちに走ろうと、朝食はお弁当にしてもらって6時5分出発。朝焼けがきれい。10分ほどして日の出! 車を止めて皆でしばらく見入る。



8時、砂丘のところで車を止める。ゴビ砂漠の砂が移動してきているとのこと。本当に細かい砂。触ってみると手触りがよく、まだ朝なので冷たい。大小の虫の足跡が交差している。ここでお弁当を食べる。





9時出発。10時ごろ草原の真ん中でマイクロバスの右前輪がパンク。運転手さんが車の下にもぐりこんで砂だらけになりながら孤軍奮闘。通り過ぎる車がすごい土煙を巻き上げながら行く。野生馬の群れを見かける。11時前修理を終えて出発。お菓子を食べたり歌を歌ったりしつつ行く。12時半休憩。ドライブインで冷たいものを飲みたかったが冷えていなかった。14時、ガソリンスタンドで給油。西部劇に出てきそうな小さな町だ。ウランバートルまであと2時間とのこと。3時半、やっと遠くにウランバートルの市街が見えてきた。昼食が遅くなるので夕食のレストランはキャンセルすることに。




16時半、オゴデというモンゴルレストランに到着。中国服の上着にモンゴル帽の女性が迎えてくれる。馬乳酒にチーズのお通し。馬乳酒を一口含むと、ゲルのにおいが広がり、もうダメ。メニューはキャベツのサラダ、木のお椀で薄い塩味のミルクティー、ジンギスビールの生ビール、うどん入りスープ、牛肉と温野菜、アイスクリーム。壁に馬頭琴が掛けてある。



若い通訳の女性が「働くのは、お客様のため、会社のため、モンゴルのため」と語るのを聞き、一同感激。18時、大きなスーパー“Sky Center” で夕食用の買い物をしてホテルへ。前と同じウランバートルホテル。シャワーを浴びるとバスタブの底に砂がたまっている。ゴビ砂漠の砂だ。21時半ごろから応接間の方で宴会。24時就寝。




8日目 6月26日(土)
ウランバートル市内観光
 
 
 午前起床7時。冷たいお茶を冷蔵庫から出して飲む。冷たいものがなかなか飲めないのでおいしい。
8時半、市内観光へ出発。まずはホテルの隣のスフバートル広場へ。広い広場の周りに大きな建物がいくつも建ち並んでいる。オペラ劇場、文化宮殿、政府宮殿、中央郵便局など。絵やカードを売るおじさんにつかまってカードを買う。



次にザイサンの丘へ。285段の石段を登る。階段の途中にいたお土産売りの男の人がホーミーという喉歌を歌っていた。不思議な声。頂上からはウランバートル市街が一望できてとてもきれい。




次にボグドハーン宮殿博物館へ。一番古い博物館とのことで、カラコルムで見たような仏像と曼荼羅、そして楽器などがあったが、写真は一切ダメとのことで残念。冬の宮殿で最後の皇帝の衣装、家具なども見たあと、“GOBI”というカシミア工場へ。1,200人が働いている工場で日本の資金と機械で建てられたとのこと。各行程を見学させてもらい、そのあとはお目当てのお土産。55,000トゥグルグ(48ドル)の赤いカシミアマフラーを自分用に買った。
1時に中華レストランへ。唐龍飯店という店だったが、料理の数が多く、すごいご馳走で、とても食べ切れず、残りは包んでもらって運転手さんへのお土産に。



14時半に店を出て今度は自然博物館へ。魚、植物、そしてラクダなど様々な動物の剥製、恐竜の骨などが展示されていた。

次にガンダン寺へ。ここにも仏像と曼荼羅。観音堂には目の大きな開眼観音像。表情が日本の仏像とはかなり異なる。願いをかけて回す金色の「マニ車」というものが珍しかった。





続いて中央デパートへ。私は皮細工の小物入れを買ったが、大きな絨毯を買った人もあり、手荷物にして帰るとのこと。岩塩もお土産にしたいと思っていたが、空港では売り切れている可能性が高いとのことで、通訳さんに買いに行ってもらった。1kgで5,000トゥグルグ。大きな塊なので、細かくするのが大変そう。

18時から民族舞踊と音楽を鑑賞するために国立ドラマ・アカデミック劇場へ。男女の大勢の踊り手の賑やかな踊りに、馬頭琴のオーケストラ(馬頭琴だけでなく、馬頭琴のコントラバス、二胡、お琴、箱の上の弦をバチで叩くヨーチン、木管・金管楽器など様々な楽器の合奏)、喉歌のホーミー、4人の女の子の曲芸、モンゴルの歌など盛りだくさんの内容だった。



19時半にホテルに戻り、20時過ぎから夕食。メニューはキューリとトマトのサラダ、牛肉と温野菜、アイスクリーム。
23時にはとうとうホテルを出発、帰国の途に着く。空港ではセキュリティ・チェックに時間をとられ、午前1時過ぎ搭乗。



9日目 6月27日(日)
無事帰国
 
 
 機内で午前2時半ごろ、夜食が出る。結構揺れて、祈るような気持ちになることもあったが、無事午前4時10分ソウルのインチョン空港着。眠い。乗り継ぎの手続きに時間がかかり、その後約5時間の待ち時間を過ごすため、休憩所へ。椅子を2つくっつけて横になり、7時半まで眠った。免税店ももう開いている。8時50分搭乗。滑走路が混んでいたのか、10時前にやっと離陸。インチョン空港付近は工場地帯らしく、上空からの眺めはあまりきれいではない。遠く市街地にはアパート群が見える。11時45分無事成田着。例によって、スーツケースが出てくるまでにずいぶん待たされ、この旅最後の記念写真を撮り、名残を惜しみつつそれぞれの家路へ。

それにしてもよく実現したと思えるこのモンゴル旅行。しかも改めて、同窓生というのはいいものだという思いを強くした。同行者に恵まれ、行程もよく、お天気にも恵まれ、色々な初体験ができて本当によい旅だった。

そしてモンゴルは思っていたよりもずっと文明国だった。地方に行っても、ツーリストキャンプでは旅行者が気持ちよく過ごせるよう気を配ってくれていた。シャワールームの1回使用ごとのお掃除、夜中のストーブの薪くべ。船での遠出にまで付いて来て世話を焼いてくれた。夜、馬を引いて遠出に付き合ってくれた人が朝にはもう船にいた。穏やかで本当によく働くこと。ロシアとの国境近くでトナカイを飼いつつ、必要最小限のものしか持たずに生活している人達。手近なところにトイレがあり、蛇口をひねれば適温のお湯がいつも出ることなど、普段当たり前と思っていることに改めて感謝。
モンゴル料理は全く期待していなかったが、旅行社が吟味しているということもあるのかもしれないが、なかなかおいしかった。ただし極端に薄味のこともあり、メンバー持参のお醤油とレモンが大人気だったが・・・。

あの青い空、湖の碧さ、湖畔の景色、満天の星、地平線の日の出、日没、どこまでも広がる360度の草原、落葉松林、羊、カシミア山羊、牛、馬、トナカイ、ヤク、ラクダの群れ、ゴビ砂漠の砂、ゲルでの寝起き、あのひどい悪路、そしてあの汚い車、トゥグルグという通貨などなど懐かしい思い出はたくさん・・・。日中と朝晩の気温差にも驚いた。予備知識が少なかった分、感激も大きかったように思う。遺跡も良かったが、やっぱり自然はいい。日常をすっかり忘れてモンゴルの自然に浸り、元気をたくさんもらうことのできた日々だった。この旅で関わった全ての方に感謝・・・。